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決着

 俺の働き——輸送隊の殲滅——が、かなり響いていたのかもしれない。


 頃合いを見計らって、荷台から飛び降りる。素早く裏路地に入り、立ち止まらずに奥へ。薄暗く狭い道を、どんどんと進んでいく。


 追手は——きていないか。足は動かしたまま、ひとまず息をつく。そして、次の目標へと思考を切り替えた。


 あの女軍師の居場所——


 教会やら城やらの地下だろうか。うちの国ではそのあたりに牢屋が敷設されていたが、果たして。


 この街の住人に聞いて回る、なんてのは流石に止めておいた方がいいだろう。俺の顔が割れているとは考えにくい——出会った敵兵はみな殺しているから——が、念のため。最終手段として取っておこう。


 やはり、「力」を使い、適当な場所を切り壊しながら探すしかない、か。


「……ん?」


 何やら騒がしいような気がして、辺りを見回す。今はまだ暗がりの中だが、この道の先の方はしっかりと陽に照らされていた。石畳やら家の外壁やらで反射され、少し眩しい。


 そして、この騒々しさの発生源も、どうやらこの先らしい。


 不用意に確認しに行くのはまずい。が、俺の存在に気付き、捜索を始めているようであれば、早めに知っておくに越したことはない。


 少しずつ、少しずつ、道なりに進んでいく。喧噪はどんどんと近づいて来て、そして、一気に光量が増した。


 しきりに左右を確認しながら、今来た道に十字に交差するよう伸びた表通りの様子を窺う。


 右。たくさんの人がひしめき合っていた。それも、俺がいる方とは真逆を向いて。


 通りに足を踏み入れる。人垣の中の誰かが一際大きい声を上げた。だが、何を言っているのかまでは分からない。


 不意に、男が俺の横を通り過ぎた。彼はこちらを一瞥することもなく、一直線に人垣へと混ざっていく。


——なんだ? この街で、一体何が起こっている?


 俺は人垣へ恐る恐る近づいていく。次第に明瞭になる言葉の数々は、憎悪や怒り、そして悲しみに満ちていた。


 とりわけよく聞こえてくるのは、「悪魔」や「魔女」といった単語たち。


 何やら嫌な予感がする。


 意を決し、人垣の中へと突っ込んだ。


 かき分け、かき分け、誰に睨まれようと、誰に押し返されようとかき分け、そうして、ようやく最前に辿り着く。


 一気に開かれた視界の中央に、彼女はいた。人の胴程の太さの丸太に全身を縛り付けられた、あの女軍師が。


 一瞬、誰だか分からなかった。


 薄汚れ、所々破けた衣服と、そこから覗く、痣や裂傷だらけの肌。そして、乱れに乱れた髪。


 どこを見ても、城で会った彼女とはまるで別人だった。


 ふと、伏せられていた顔が持ち上がり、その双眸が露わになる。いつかの迫力が消え失せた瞳が、集まった人々をゆっくりとなぞり、そして——


 目が合った。


 一瞬、目を見開いた彼女は、静かに瞼を閉じると、顔を伏せてしまう。いくら待っても彼女は動かない。


——何もするなと、既に受け入れていると、そういうことなのか?


 俺の役目は彼女の救出。「力」を使えばわけないだろう。


 だがそれを、他でもない彼女自身が望んでいないということなのか。


 そうして迷っているうちに、彼女の傍で火が灯り、次々と増えていく。それらが本格的な炎となって、ついには彼女の足を飲み込んだ。


 彼女の顔に、いくつもの脂汗が滲んでいる。でも、それだけだ。悲鳴も、苦悶の表情も、身じろぎ一つさえない。


 そんな彼女とは対照的に、周囲の人間たちは狂いを加速させる。


 憎悪に塗れた罵声を吐く男。涙と共に怨嗟を垂れ流す女。あらゆる負の感情が、全身にまとわりついてくるみたいだ。


 だが、実際にそれらを受け止めているのは彼女で。


 成程彼らにとっては、彼女もまた悪魔なのだろう。


「はっ、どの口が悪魔などと」


 思わず、そんな言葉が口をつく。


 今もなお焼かれ続ける彼女を尻目に、俺は踵を返して人ごみを抜けた。先程通った裏路地へと入り、そのまま進む。


 あの時のあの感覚は、間違いではなかった。


 自らを人間ではないと評した彼女こそ、正しかったのだ。


 顔を下げ、自分の手や胴や足へ、順番に視線を巡らせていく。


——ああ、この身のなんと醜く、汚らわしいことか。


 懐から短剣を取り出し、鞘から引き抜いた。柄を両手で逆手に持ち、自らの胸の前に構える。


 「力」を纏わせ、そして、何の躊躇もなくその刃を突き立てた。


 忘れていた重みが、全身を駆け巡った。

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