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09.石田忠雄

佐吉さきちこと石田忠雄いしだただおは、甲子園のアルプススタンドに来ていた。野球部をとっくの昔に辞めてはいるが、部員たちと一緒に応援することを認められている。およそ1年ぶりにユニフォームを着て、千葉県大会の準決勝からスタンドで応援している。もちろん出場する選手達全員を応援したが、それでも友人である幸矩ゆきのりへの応援には力が入った。


受験勉強のために2年生の夏で部活を辞めるのは、賢静学園けんせいがくえんの特進科では当たり前のことだ。それなのに幸矩が野球部を辞めずに続けたことを、さらには監督からキャプテンに指名され、チームを引っ張っていることを素直に応援していた。


だから幸矩が持ち込む相談事にも、忠雄は真面目に対応した。


「コーイチローとユーキの仲が最近ギクシャクしてるんだよね」


どうやら幸矩は監督、ハジメ、そして忠雄。厄介ごとの内容によって相談先を使い分けているらしいことがわかった。監督もハジメも野球部の中心人物だ。彼らには相談しづらいことについて、「元野球部」という立場の自分が相談相手として役に立つことができるのはうれしかった。


また幸矩は新しい練習方法や、役に立つツールの情報を貪欲に集めるので、その手伝いをやらされたこともある。


「シャーロット・ガーディアンズの広報にメールを書くつもりなんだけど、文章がおかしくないか見てくれない?」


あそこは練習に使えるアプリとか、いい情報を発信してくれてるんだよ、と幸矩は言う。


「実際にそのアプリをメジャーのピッチャーがどう使っているのか、聞くだけでも聞いてみたくない?」


忠雄はメジャー球団あての英作文を頑張って手伝ったが、2通目以降、その役目は忠雄ではなく北風きたかぜさんになったのを知った。


北風さんは幸矩の勉強面のアドバイザーなのだという。もちろん幸矩の狙いは学力向上だけではなくて、北風さんそのものも対象であることを忠雄は知っていた。幸矩はどうやらうまくやっているらしい、時間の経過とともに二人の仲がどんどん良い雰囲気になっていることが、悔しいくらいにわかってしまう。


「北風さんのこと、ジャマはしないけど応援もしないからな」


ハッキリそう言ってやったら、幸矩には珍しく呆けた顔を見せたので、それを見て忠雄は留飲が下がった。そう、忠雄もまた北風さんにほのかな想いを寄せる男子生徒の一人。彼女はみんなのアイドルであるべきなのだ。だが数日後、野球部が甲子園に行く準備をしている時期に、幸矩からメッセージが届いた。


「茜さんの件ですがうまくいきました」


わざわざ下の名前で書かれたメッセージが来た時は思わず怒りに駆られた。北風さんもお前も受験生だろ。お前は甲子園にも行くんだろ。それに何がどううまくいったんだよ!


さて、そんな友人幸矩が、今甲子園の3塁ベース上にいる。ツーアウト満塁、ビハインドは2点。もう7回裏だからここで無得点だと厳しい。代打にヤマツーが出てきたので監督は勝負をかけてきたようだ。忠雄が声援を送りながら試合の行方を見つめていると、ヤマツーへの初球で幸矩が本塁にむけて走った。スクイズだっ!


しかしヤマツーはバントの構えをしなかった。幸矩が無事にホームインしてからツーアウトだったこと、監督がさすらいのギャンブラーと呼ばれていたことを思い出した。


「なに? 今のなに?」

「成功したからいいけど、あんなの普通は失敗するだろ?」

「一瞬アウトカウント忘れて、スクイズかと思っちまった」

「キャプテンの独断? サイン? 一斉に走ったからやっぱりサイン?」


喜びに湧くスタンド。高らかになるトランペット。しかしその一角、本来一番熱狂しているはずの野球部員たちの間では、むしろ戸惑いの声が聞かれた。


その後、賢静がタイムリーを重ねることで野球部員たちの戸惑いも消えた。忠雄は部員達と踊り、抱き合い、わめき、吹奏楽部のメロディーにのってメガホンを振り、喜びの謳歌をアルプススタンドに響かせたのだった。


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