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08.ドーパミン受容体の問題

3回戦は2回戦での好調な打撃結果を理由に、幸矩ゆきのりは打順が1つ上がり、6番セカンドでスターティングメンバーになった。ただし本当の狙いは木沢きざわを気楽に打たせるためだ、と幸矩は監督から聞いている。


この試合も賢静けんせいは後攻で、やはり打線の立ち上がりが悪い。4回までのヒットは桜井さくらいの1本だけ、他の出塁もコーイチローが四球を選んだだけという有様。相手がプロ注目のサウスポーだから仕方がないところではある。


一方味方のエースは今日はよくヒットを許している。幸い相手の攻撃がちぐはぐで、大事な場面でゲッツーや走塁死があったため、失点は1におさえていた。


5回、ソロホームランで1点追加されて0-2。その裏ワンアウトから木沢がヒット。これが賢静の2本目。でも次は真司、ユーキ、だよ。ここで監督が動いて、真司しんじにバントを指示する。成功してもツーアウト2塁で9番のユーキだよ? 危なっかしいところはあったがなんとか成功。ツーアウト2塁にして、ここで代打。


「えっ? 5回2失点でエースを諦めるの?」

「確かにあと2、3点取られていてもおかしくなかったからな」


でも代打も失敗で無得点、まだまだ我慢の時間が続く。


6回の表裏はどっちのチームも好打順だったが3者凡退。


7回裏、そろそろ焦りが出てしまう頃に、ワンアウトからヒロシがヒットで出塁。この試合では3年生の初ヒットである。ここで幸矩の打順。ベンチからのサインはない。3球目を振るが上手く当たらずショートゴロ、ボテボテの転がり具合から2塁に投げてたら1塁は生き残れるかもしれない。必死に1塁を走り抜けて、なんとかゲッツー崩れの情けない出塁となった。


これでツーアウト1塁。さて次は木沢か。ここはもう運任せだな。宝くじ木沢と小技の花村はなむら。迷うけど、俺が監督でも本来なら木沢、花村の順番かなあ。今日の幸矩の打撃はさっぱりだから6番花村はこの試合だけのようだ。


2球目、木沢はいい感じに外野に飛ばす。幸矩は2塁を蹴って3塁に滑り込む。ツーアウト1塁3塁。チャンスだが打順は打てない8番、その後も9番だ。


真司は強肩でキャッチングに秀でており、バッターとの駆け引きも上手い。ディフェンスは完璧な賢静不動のキャッチャーだが、7回裏で2点負けてるし、甲子園に来る前も、そして来てからも全然打てないから代打だろう。幸矩はそう思ったが、真司がそのまま出るようだ。そしてベンチから出たサインはダブルスチール。監督は足で点を稼ぐつもりのようだ。


初球に1塁ランナーの木沢に盗塁させる、キャッチャーが2塁に投げるスキをついて3塁ランナーの幸矩がホームに突っ込む。成功すればなかなか痛快な作戦だが、ツーアウトだから木沢がアウトならそれで終了です。


サウスポーだからピッチャーは1塁の様子は見やすく3塁の様子はわかりにくい。幸矩は少し大きめにリードをとる。ピッチャーの動き、その向こうの1塁ランナー木沢の動きを注視する。ピッチャーが投球モーションに入ると同時に木沢がスタートを切る。幸矩はキャッチャーの動きに集中する。


木沢のスタートに動揺したのかボールが内角に逸れて真司に向かう。真司はボールを避けきれずに妙な動きになり、ボールはおしりのあたりに当たった。デッドボールだ。真司が大丈夫、という仕草をして1塁へ向かう。


ボールデッドのまま相手がタイムをかけて伝令がマウンドに走る。こっちは赤倉に変わって代打ヤマツー。いっこ上の先輩にも山田がいたのでヤマツー。ヤマツーはいいバッターだが、予選からチャンスで打てていない。そして打てないことで、よりプレッシャーを感じやすい性格をしている。


「ヤマツーの役割はチャンスで打つことではないです。彼にはチャンスを作ってもらいましょう」


2回戦の後監督とそんな話をしていたのに、敢えてヤマツーを出してきた。遠目ではヤマツーの顔色はやや固いように思うが、出てきた以上彼に任せるしかない。


相手内野陣がマウンドに集まっている間、真司が1塁でコールドスプレーを受けている。スタートしていた木沢はそのまま2塁へ。幸矩は当然3塁のまま。ツーアウト満塁。幸矩は監督からサインが出るのを待った。


えっ? トリプルスチール?


監督のサインを見て、幸矩は思わず顔に出しそうになった。ダブルスチールは作戦だけどトリプルスチールは完全にギャンブル。それも分の悪すぎる奇策だ。幸矩たちの代になってから、監督の采配はおとなしいな、先輩から聞いてたのと違うな、とか千葉予選の時に3年で話してたんだよ。この大舞台で悪いクセが出てきた。トリプルスチールだと?


えっと、2点負けの7回裏、ツーアウト満塁、打順は無失点の2番手ピッチャーを降ろして送った代打。その次はトップに戻る。なぜトリプルスチール?


いや確かにやりたくなる理由もあるよ。さっきの打席で、1塁ランナーが走ったのを見てコントロールを乱しデッドボール。そのデッドボールのランナーが1塁から走ったら、またコントロール乱すんじゃない? それにツーアウト満塁だとワインドアップに戻すって情報もあった。わかるけどさ。やっぱりウチの監督、アタマ茹だってんじゃない?


審判がプレーをかける。


「バッター集中!」


守備陣の声が飛ぶ。幸矩の感覚では、あまり警戒されている感じはしない。気付かれない程度に、先程よりも大きなリード。ピッチャーがモーションに入るより前に幸矩は駆け出した。もとよりチャンスは1回きり。2塁から木沢が走っているから後戻りは許されない。ただただ一瞬でも早くホームベースに触れるだけ。


前の試合ではスライディングのタイミングが遅かった。ギリギリ手が届くタイミングですべリ、手を伸ばす。ベースに触れた手の上からキャッチャーがタッチしてくる。


「セーフ!」


こんな短い距離に結構な体力と気力を使ったが、これで1点差、十分に報いられたと言ってよいだろう。


「後は頼むぜヤマツー」


貴重な打席でこんな分の悪い奇策をされて、ヤマツーもさぞ面白くないだろうと幸矩は思ったが、そこには笑いをなんとか抑えようとしている彼がいた。むしろこれで余計な力が抜けた? これも監督の狙いなのかかもしれないが荒療治過ぎない?


幸矩がベンチに引き上げてから、ヤマツーの打球が12塁間を割った。前進守備の上ライトは強肩、真司は3塁でストップしたがこれで同点、なおも13塁。その後打順はトップに戻ってりん、さらにその次のコーイチローと連打して試合を決めた。監督のギャンブルは大成功。こうして賢静学園春夏通じて初のベスト8に進出した。


監督がギャンブルに味をしめなければいいな、甘い勝利の中に一抹の苦みを幸矩は感じた。

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