07.北風茜
北風茜は自宅のリビングで夜のニュース番組を見ていた。残念ながら母校、最近は在学中でもそういうらしい、の試合は予備校の休み時間に少し見ただけだった。結果はスマートフォンで見たし、幸矩君からのメッセージも受け取った。もちろん茜も自分が感じたことのうち、素早く言語化できることは返信できた。家に帰ってからは母が録画してくれた試合を飛ばしながら見た。いくつかのシーンは何度も繰り返し再生した。
夜はリビングで一人受験勉強をしながら、スポーツニュースをハシゴした。甲子園専門番組の「GOGO甲子園」の時間には試合のダイジェストを楽しんだ。茜は母校の試合にしか興味がないので、テレビを消して勉強に専念しようとした。その前にコーヒーを入れなおそうとキッチンに向かった時、画面で新しいコーナーが始まった。
「お待たせしました。それでは今日のイチオシプレーのコーナーです。大戸さん、今日のピックアッププレーはなんですか?」
「そうですね、やはり第三試合のランニングホームランでしょう」
「千葉賢静学園高校、キャプテン花村君の満塁ランニングホームランですね。6回裏、1点リード。ツーアウト満塁の場面で打順が回ってきます」
茜はコーヒーを後回しにし、急いでテレビ画面に寄る。
「花村君は千葉県大会では長打が1本しかないんですね。そういうことでやや前目の守備が敷かれました。まだ1点差でしたし結果から言うと定位置でも良かったですね」
「そして初球のストレートをレフトポールの根本に打ち返します」
「バッテリーは前のバッターを上手く三振に取っていたのですが、ここは安易にストライクから入ってしまいましたね」
茜は野球の細かなルールや戦術を知らない。だが幸矩君が褒められていることはもちろんわかる。茜はまだ録画が続いていることを確認した。
「ここでレフトがダイビングキャッチを試みますが、惜しくも届きませんでした。これは大戸さん、どうですか?」
「ボールにやや背中を向けて走らなければならないという、非常に難易度の高いプレーだったと思います。ただし、ツーアウトで3人のランナーがスタートを切っていますからね。慎重にボールをさばいたとしても2点は入るでしょうから、チャレンジの判断は悪くないと思います」
「ダイビングキャッチは惜しくも届きませんでした。レフトはすぐに起き上がるのですが、ここでボールを見失ってしまいます」
今日、何度も繰り返し見た画像がまた流れる。
「ダイビングキャッチのあとにボールから一度目が離れてしまいました。その後不慣れな球場と言うこともあったんでしょうね、ワンバウンドでフェンスに当たった後のクッションボールの行方を見失ってしまいました。他の選手のバックアップや指示が届きにくいポール際というのも不利に働きましたね」
「その後ボールを見つけて内野に返しますが時すでに遅し、夏の甲子園では史上初となる満塁ランニングホームランになりました」
史上初、という言葉に茜は驚いた。幸矩君がすごいことをやってのけたのだと改めて認識し、茜は彼女らしからぬニヤニヤ顔を浮かべた。その次の週間、当の幸矩君がアップで画面に映った。
「はい。4つの塁を順番に全力疾走で触れる。ランニングホームランだけの醍醐味を味わうことができてよかったです」
茜がのぞき込むが、その一言だけで画像はスタジオに戻ってしまう。
「幸運もありましたが、打って、走ってと花村君が見事でしたね」
「明日以降も、また注目のプレーをピックアップしていきたいと思います。CMの後は明日、大会7日目、強豪どうしがぶつかる注目のカードです」
茜は録画を録画したままで良かった、明日からもこの番組を録ろうと思い、改めてコーヒーを入れるためにキッチンに向かった。