05.上場以来最高値更新
甲子園出場が決まっても、当たり前のように補講は続く。特例で幸矩は午前だけの参加で良くなったのがむしろ不思議だ。教師やクラスメイトから祝福と、甲子園には応援に行けなくてゴメンね、の挨拶を受ける。今年の甲子園は、世界的なスポーツイベントが日本で開催されているため、日程が例年より遅い。甲子園が始まるころには補講も終わっているので、佐吉はもちろん初戦から応援行く、と言ってくれた、残念ながら北風さんはお茶の水あたりで応援してる、とのこと。
「えーっ。来てくれないの? でも絶対ベスト4まで行って、甲子園に来てもらうからね」
準決勝まで行けば生徒は全員動員されることが予告されていた。それまでには3回か4回勝たないといけない。
ところで幸矩は、今がものすごいチャンスだと理解していた。受験生というペナルティはあるものの、甲子園に出場決定した野球部のキャプテンだ。花村製菓株は上場以来最高値を更新中だ。特進科は文理1クラスずつしかないから当たり前だけど、去年から引き続き北風さんとはクラスメイトで、交流も多くなっている。実態は幸矩が北風さんから一方的に依存しているわけだが、それはそれだ。補講があるうちにもっと特別な関係になりたい。
補講、練習、補講、練習、の日々が終わり、練習の日々、組み合わせ抽選とか、よくわからない表敬訪問とか、やはりよくわからない地元の決起集会とか壮行会があり、そして甲子園への移動が始まった。盛大に送り出されて西へと向かう。
主催者から出場校に割り当てられる宿泊施設は、都道府県ごとに例年あまり変わらないのだけど、その世界的スポーツ大会の影響で、例年とは変わっているらしい。宿につくと「千葉賢静学園高校野球部御一行様」のボードと「神奈川聖望館高校野球部御一行様」のボードが並んでいた。聖望館はスター選手がそろった優勝候補の筆頭である。ともに関東の強豪だが、幸矩の代になってからは練習試合ですら対戦したことがない。
あらかじめ幸矩が作っておいた部屋割りでいったん自室で荷物を下ろすが、またバスに乗って練習用のグランドの下見をする。
「結構広いですね」
「でも1日2時間しか練習できないってひどくない」
「後の時間もボール使わない練習するからな」
下見が終わって宿に戻り、夕飯を食べ、部屋で皆と馬鹿話をしていると、部屋の電話がなった。電話を取ったコーイチローが幸矩に伝える。
「ユキ、監督が飯食った部屋に来いって」
幸矩はツーペアをドロップして部屋を出た。
食堂に指定されている広間に行くと監督の他に、背の高い高校生と壮年の男性がいた。高校生は聖望館のキャプテン、杉原だ。今年のドラフトの目玉選手である。神奈川大会でホームランを量産した打線の中核で、ポジションはキャッチャーで守備も完璧。
微笑を浮かべた甘い顔立ちと、長身細マッチョな肉体。見た目と実力、さらには人格も兼ね備え、チームメイトからの人望も篤い、そう雑誌や新聞でも大きく取り上げられている。
幸矩は近づいて自分から挨拶をする。
「遅くなって申し訳ありません。賢静学園野球部主将の花村です。聖望館の美樹本監督と杉原選手ですね。お会いできて嬉しいです」
「はい、美樹本です、よろしく」
「杉原です。ひと目見て花村クンとは友達になれそうだという気がしました」
杉原がまた笑う。
そうかな? 幸矩から見た第一印象では、友達になれないと思った。もちろんそんなことは口にせず握手をした。強打者らしく力強い握手だった。