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04.満塁回避

夏の高校野球、千葉県大会決勝戦は今年も千葉マリンスタジアムで行われている。試合は投手戦となったが、四球、犠打、相手のエラーを活かした賢静学園けんせいがくえんがわずか3安打で3得点と効率的に点を入れたのに対し、相手はせっかくのランナーがダブルプレーや走塁ミスで倒れ未だ無得点。3−0で最終回を迎えた。


「このまま終わってくれたら良かったんだけどな」

「さすがにそんな簡単じゃないですよね」


9回表、相手の4番5番の2連打でノーアウト1塁2塁、この試合初めてのピンチに内野陣がマウンドに集まる。


「3点差あるしこっから下位に回るからバントはないやろな」

「代打攻勢なんじゃないっすかね。でもまっ、バントはないっしよっ」

「まあ打たせていこうぜ。せっかくクラスの女子も来てるからいいとこ見せたいし」


マウンドで仲間たちと話し合うがこの場でできることは限られている。今回のタイムは2番手ピッチャーの赤倉あかくらを落ち着かせるのが目的だからバカ話でもいいだろう。この試合、これが最初のタイムだし。


「あれ?特進科の2、3年って来ないんじゃないですか?」

「さすがに決勝は補講も休みになったんだよね」


端の方とは言え一応船橋市にあるから、学校から千葉マリンはそう遠くない。


「とにかく一つ一つアウト取る以外にない。確実にアウトとってくぞ」


幸矩ゆきのりの言葉に皆が、オウ、と答えて内野に散る。相手の6番はプルヒッターの右打者、つまり打球は3塁側に飛ぶことが多いので、守備は左寄り、2塁ベースカバーはセカンドの幸矩の仕事だ。1塁と2塁にランナーがいるのでファーストもセカンドもそれなりにベース寄りで、12塁間は開いている。かと言ってショートを2塁ベース寄りにしたら今度は三遊間が開く。どこかを手厚くしたら別のどこかが薄くなる。


2-2、並行カウントからの4球目、快音が響き三遊間に痛烈なゴロが飛ぶ。左寄りのシフトでも普通なら外野に抜けていただろうが、それを獣のような瞬発力を持つショートの桜井さくらいが飛びついて止める。強烈な打球がグラブからコボれたのは仕方がない。


「みっつ!」


2塁ランナーのスタートの悪さ、そしてこぼれたボールの位置。自らは2塁ベースに入りながら幸矩はよく通る声で指示を出す。桜井はボールを掴んで体を起こし3塁送球、余裕でアウト。幸矩にはそう見えた。でも1塁は間に合わないので、サードのハジメに手をバッテンして指示。これでワンアウト12塁。まずは上々の結果だ。


7番はそのままだと相手のエースの打順だが代打の切り札が出てきた。8回まで自責点1とはいえ疲れも見えてきてたし、打席ではここまで3タコ、変える判断は妥当だろう。


この代打は左バッターだが流し打ちもうまい選手だ。つまり左右どちらに飛ぶかはわからない。微妙だが今回は2塁ベースにはショートの桜井が入るように指示する。


初球、ここで今大会初めてのバッテリーエラーが発生してしまう。ボールはキャッチャーの後ろに転がりランナーがそれぞれ進塁。せっかくいい流れで赤倉を落ち着かせたのにな、その気持ちを押し殺してドンマイドンマイと声をかけ再びタイムを要求する。既に9回だから、タイムを余らせても仕方がない。


「俺らさっきから集まってばっかりっすね」

「ファインプレーの後やし、帳尻ついていいんちゃう?」

「桜井、あの当たりよく止めたよな」


とにかくピッチャーの赤倉を落ち着かせることが大切なので雑談でいい。内野陣はよくわかっている。


「3塁は間に合わないと思ったんですけどね。ギリギリでしたし」


先程、外野に抜ける打球を止めた桜井が軽く頭をかく。


「ホント、花村サン、投げ先の見極め、ウマイっすよね」


多少息が切れているが、赤倉も会話に入ってきたので幸矩は安心した。落ち着けたようなので本題に入る。


「いつも言うけどあれは余裕でアウトだったろ。で、ここからどうする?」


1塁を埋めて満塁にした方が守りやすいし、代打が出てきてもバッターの質は切り札的なコイツより落ちるはず。とはいえ歩かせたらそれが同点のランナーになってしまう。


「監督は動かないっすね」


監督がこちらを見てるがサインはない。


「じゃあ隠し球とかやってみーへん? 今やと結構上手く行くて思うんねん」 


ハジメが冗談混じりで提案する。


「隠し球はやったことないなあ」

「俺もないっすね。でも牽制球受けてセーフの後、ランナーが勝手にリード取り始めたことはあるっすね。偽投も何もしてないのに。俺ボール持ったまま、一瞬見とれちゃいました」


話がまた横道に逸れ始める。


「マジメな話、向こうのコーチャー、結構ちゃんと見てるから無理だろな。んー、正攻法でこのバッターと勝負すんぞ。とにかくアウト重ねるからな」


幸矩の指示に内野陣が、オウ、と応えてそれぞれのポジションに戻る。もしこの時満塁策を選んでいたら、どんなことが起きていたのだろう?


1球目のパスボールを吹っ切れたのだろう、2球目、3球目といいボールかキャッチャーミットに収まる。そして追い込んだ後の3球目、バッターがレフト方向に打ち上げた。レフトのヒロシが定位置から少しバックして止まる。桜井が中継のために外野に走る。幸矩はレフトとセカンドランナー、サードランナーが同時に見える位置にポジションを変える。ランナーの離塁が早くないかを確認するためだ。


ヒロシがフライを捕球した瞬間に二人のランナーがスタートをきる。フライングがあれば後で審判にアピールしなければならないが、今回は正規のスタートだ。サードランナーがそのままホームに突っ込むのとは対象的に、セカンドランナーはすぐにストップし2塁に戻ってきた。ボールがレフトからサードに返されるのを見た3塁コーチャーが指示したからだ。1点返されたがこれで2アウト2塁、点差はまだ2点ある。まあ上々の結果だ。


さてあとワンアウト、とは言えもちろん気を抜けない。脳裏にちらついた甲子園を頭の中から追い出す。今度もまた代打が出てきた。ブンブン振り回して一発を狙ってくるタイプなので、下手したら同点になってしまう。


バッテリーが丁寧に攻めフルカウントまでいったあと最後はまたショートゴロ。幸矩はベースを空けてショートのバックアップに走る。もちろん桜井は逸したりせず1塁送球。ランナーはヘッドスライディングするがアウトとなり試合終了。幸矩は笑いながら整列に向かう。だってこれで甲子園へ行けるんだぜ。一年前には想像もできなかったことだ。その時幸矩の視界に、まだ1塁ベースに滑り込んだ体勢のまま動けないラストバッターが見えた。

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