03.夏がまた来るまで
キャプテンに指名された幸矩は、部員や関係者に積極的に話しかけた。監督、コーチ、レギュラー陣はもちろん2軍の選手達、普通科や特進科の部員、マネージャー、教師たち。人間関係のメンテはキャプテンの大事な仕事だ。
スポーツ科中心の練習についていけない。成績が落ちて親に部活を辞めろと言われている、これらは普通科、特進科の生徒のよくある悩みで、幸矩はうってつけの相談相手だ。
スポーツ科の部員だってケガが治ってないのにムリして練習しようとしたり、スランプで自暴自棄になったりするが、幸矩はそれらを見つけて選手を諭していく。
アイツが俺の練習の邪魔をする、1年のカワイイマネージャーに二人の部員が告白した、前触れなく金髪に染めて教師に呼び出される、他校のギャルに二股をかけられて練習が上の空、部室に置いてたはずの金がない。
とりあえず話を聞く、勉強会開催、マネージャー陣と井戸端(洗濯機横)会議、教師にかけ合う、励ます、叱る、一緒にメシを食う、合宿で馬鹿な企画をする、やっぱり先送り。上手く捌けたものも、ダメだったものもある。何もしてないのに解決したものもある。
走攻守三拍子揃った高品さんでも、賢静の絶対的なエースである島さんでもなく、なぜ監督はいつも練習に遅れてくる特進科のお客さんをキャプテンにしたのか?
新体制になった直後、特にスポーツ科の1年生の間で囁かれていた声は次第に小さくなり、幸矩の部内での立場が確立されていった。
練習で部員たちに課題を出す。
「ゲッツーの練習だろ、そこにランナーいるはずだろ。それわかっててあのプレーなのか?」
練習試合ではこれまで出番のなかった選手を監督に推薦する、ベンチから外れた選手にはどういう技術を伸ばしてほしいかを伝える。
「お前の足にはオレも期待してるんだよ。打球の見極めをもうちょい磨いたら、レフトいけるぜ」
公式戦で緊張している選手には笑いかけ、チームが緊張感を失ったらカツを入れる。
「ベーランで横着すんな。試合でもベース踏まずに微妙なショートカットするか?」
新しい練習方法を見つけてきて伸び悩んでいる選手に紹介する。
「これ、メジャーリーガーが実際に使っているピッチングフォームの分析アプリだから使ってみて感想ちょうだい。ユーキがいい感じだったらみんなにも使ってもらうし」
花村はいい指導者になれるな、監督もコーチも太鼓判を押してくれる。でもね、今僕がなりたいのはいい指導者じゃなくていい選手なんですけどね。
秋の大会は惜しくも敗れ、センバツには出れなくなった。それでも夏大を目指して練習に明け暮れる日々が続く。
3年になり特進科はさらに授業が増える。スポーツ科の部員は昼過ぎに練習を始めるが、キャプテンの幸矩が参加するのは夕方になってからだ。副キャプのハジメがリーダーになる時間が長くなったが、それでも幸矩がキャプテンだと部員たちは認めていた。
幸矩が参加できる時間は守備を中心に練習する。ゴロ、フライ、ライナー。考えるよりも体が先に動くように練習を重ねる。
毎日の6限と7限の短い休み時間、制服のままグランドのベンチにやってきて、一声ニ声かけただけでまた教室に戻る幸矩の姿に新1年生が慣れ、そしてまた夏がやってきた。
もちろん部活ばかりやっているわけではない。幸矩は効率的な勉強方法を編み出していた。それは北風さんの優しさにつけ込むこと。まず、幸矩は北風さんにノートを借りるようになった。ノートを借りることが常態化すると、幸矩はさらに図々しく、たまの練習休みの日に談話室で勉強を教えてもらっていた。北風さんは教え上手なので、幸矩もなんとか特進科の授業に追いつけていた。
「大丈夫、花村くんに教えることで、私の中でも定着するの。だから私のためにもなってるの」
そんな天使のような北風さんのために、一応幸矩もできることはした。優等生で人がいい北風さんは、よく雑用を任されたり自分から引き受けたりするので、それを率先して手伝うことにしている。
もちろん本当の目的は北風さんとの仲を深めることである。1年前と比べると仲良くなれたと思うが、結局のところは幸矩が一方的にお世話になりっぱなし。幸矩は部活で、北風さんは塾で放課後も休日も時間がないので、そこから先はなかなか距離を縮めることができない。なんていっても受験生だからね、やっぱり迷惑だよね。
そうこうするうちに県大会の組み合わせの抽選会があり、寮生以外も合宿所に入る。ここまできたらもう野球に集中するしかない。北風さんとは大会が終わったらまた一緒に勉強しようね、という約束ができたから、それで満足しないといけない。
そうして長い夏の県予選が始まる。1回戦はシードで不戦勝だが、甲子園に行くにはその後7連勝もしなければならない。2回戦、3回戦はコールド勝ちした。それまで試合のない日は授業があるが、ここからは夏休みに入る。4、5回戦も特に問題なく勝利、試合のない日部員は朝から練習しているが幸矩は補講。休み時間はいつもグランドに行って戻ってだ。
今年の組み合わせでは準々決勝から千葉マリンスタジアムだ。ここまで来ると相手も強豪となる。準々決勝は一進一退の試合展開となったが、終盤で相手が自滅し勝利。準決勝は互いのエースが踏ん張る投手戦となったがそれを制し、賢静学園は決勝戦まで来た。相手は昨年、準決勝で破れた因縁の高校だ。




