02.留まる者
補講が終り、花村幸矩は急いで部室え着替えミーティングルームに行った。既に全員が揃っていた。前の前方に制服姿の普通科とスポーツ科の3年生全員、そして特進科2年の佐吉。部屋の後ろには佐吉以外の2年生と1年生。
「すいません遅れました」
謝りながらユニフォーム集団に紛れ込む。キャプテンが頷いて後輩たちに力強く話しかける。
「今まで皆ありがとう。残念ながら甲子園には行けなかったし、後悔もいっぱいあるが、それでも俺たちなりの力を出せたと思う。お前らも忘れられない1年間にしてほしい。ホントにあっという間だからな」
そう言って後輩たちの顔を見渡し、全員への感謝と激励の言葉を紡ぐ。
「最後にもう一つだけ言わせてほしい。やって後悔するのは良い。でもやらずに後悔することはダメだ。迷ったらしろ。俺からは以上だ」
そう言い残したキャプテンを先頭に、引退した選手達が部屋を出ていく。すると今まで部屋の脇にいた監督とコーチが前に出た。
賢静学園野球部監督、草刈三郎。守備重視の手堅い選手育成と、時折試合で見せるギャンブル采配で知られる勝負師だ。ありえない作戦のサインも作っていると聞く。それでもこれまでいくつかの高校を甲子園に導いたベテランで、2年前に賢静に乞われて来た。去年は県大会ベスト8、今年はベスト4だから来年こそは決勝に出れるかもしれない。
「これからはこのメンバーでやっていく。たが……その前に花村、石田から聞いたが………お前、本当に続けるのか?」
「ハイ」
間髪入れずに幸矩は答える。その間他の選手は物音もたてない。選手に規律を求める監督は、ミーティング中の雑談を許さない。ちなみに石田は佐吉の名字で、佐吉は本名ではなくあだ名だ。幸矩の返事に監督が頷く。
「そうか、なら次のキャプテンはお前だ。前に出て皆をまとめろ」
さすがにこれにはざわめきが起きる。草刈監督になってから、毎年キャプテンは監督が指名していて、これまではスポーツ科の3年が指名されていた。幸矩自身も動揺しながらなんとか皆の前に出た。
「ええっと、ご指名に預かりました花村です。まったく予想してなかったので驚いてます」
そこで幸矩は一旦言葉を切って、メンバーを見渡した。ここからは敬語なしだ。
「目標は当然甲子園。練習から一つ一つのプレー手を抜かずにやっていくつもりだ。俺が練習に参加する時間は短くなると思うが、勝利のために全力を尽くすので、よろしく」
そこまで話したところで1つ思いついたので、幸矩は監督に声をかけた。
「で、監督、僕がいない時も多いと思うので、今年は副キャプテンを決めたいのですがいいですか?」
監督は頷いて、そうだなお前が指名しろ、と幸矩に指示した。幸矩は自分が指名されるまで、キャプテンになるに違いないと思っていた高品ハジメを見た。今年の夏は2年生で4番を務めていた。
「じやあハジメ、副キャプ頼む」
ハジメの、オウ、という返事を聞いて今度は監督に声をかける。
「では、早速練習を始めようと思いますがいいですか?」
「花村と高品は話があるので残れ。他の皆は用意をしなさい」
「では皆始めるぞ、急げ」
幸矩の声掛けで皆がミーティングルームから出ていく。部屋に残るハジメが幸矩に近づいてきた。
「ユキはすげえな。指名された瞬間にもうキャプテンになってた」
「まずはキャプテン、おっと前キャプテンのモノマネだよ。そのうち俺らっぽくなるんじゃない?」
部屋に監督、コーチ、幸矩、ハジメだけが残る。
「さて、初めに何か聞きたいことや、言っておきたい事はあるか?」
「そうですね」
なぜ僕をキャプテンに?、が無難だろう。監督の目標や新チームのコンセプトのディスカッションしたい、のほうが監督の受けがよいかもしれない。
「センターが二塁ベースに入れ、ってサインがあるって本当ですか?」
幸矩の質問に監督は深く頷いた。やっぱりあるんだ。
ひとしきり監督と話した後、幸矩はハジメと一緒にミーティングルームを出た。この二人で決めなければならないことも多い。
グランド整備の役割分担、連絡用メッセージルームの立て直し、自主練のルール。決めなければいけないことはいっぱいある。練習参加が遅れる幸矩に代わってやってほしいことも多い。
「なあユキ、ちょっと聞いてええかなぁ?」
歩きながらハジメが聞いてくる。幸矩が頷くとハジメが続ける。
「ユキが残ってくれて嬉しいけどな、昨日はそんなこと言ってなかったやん? なんで残る気になったん?」
関西出身のハジメは関西弁を使うことが多い。
「今朝佐吉にも同じこと聞かれたよ。ハジメにはわからないと思うけど、やっぱり公式戦でホームラン打ってみたいんだよね。まだ打ったことないから」
ハジメは昨日までの地方大会で3本のアーチをスタンドに叩き込んでいる。
「あとはトリプルプレーかな。あれも今まで参加したことないし」
ハジメが笑う。
「俺もトリプルプレーはないなぁ。されたことはあるけど」
ハジメがバッターで? そうそう絵に書いたような6−5−4−3やった。
二人で笑いながらグランドに入る。そういえば今頃決勝戦も佳境なんじゃないかな? そうやね、どちらの高校が甲子園行くんかなぁ。
真夏の太陽の下で、二人もグランド整備に加わった。