13.杉原健斗
杉原健斗は聖望館高校野球部の主将である。そして聖望館は他の優勝候補と比べても一回り強い。地方大会が始まる前から各メディアで春夏連覇を期待されていた。そしてメディアだけでなく、関係者たちも、そして健斗たち自身もそう思っている。
聖望館の最大の強さは弱点が無いことだ。左右のエースがいる。キャッチャーの健斗はもちろん投手陣を含めても、打線に切れ目が無い。レギュラーだけでなく控えのレベルも高い。
今年は夏も聖望館で決まり。甲子園が開幕してからも、その前評判を裏切らない勝ちっぷりである。もちろん強いだけでは勝てないし、一度強い勝ち方をしても次また勝てるとは限らない。それが高校野球だ。
それに自分たちではわからない弱点もあるのかもしれない。
「やあ花村クン。今日のトリプルスチール、素晴らしかったね」
「いやいや、昨日の杉浦君のスリーランホームランの方が鮮烈だったよ」
同じホテルに泊まっている賢静学園の選手たちとは、何かと顔を合わす機会もある。開幕当初は試合間隔も長いし、練習時間も限られているのでホテルにいることが多い。選手の食堂兼たまり場に指定された広間も両校の共有だ。そして関東の強豪校同士ということで、互いに顔見知りの者もいる。自然に一緒に他校の試合を広間の大型テレビで観戦したり、自由時間にホテルの駐車場で一緒に素振りをする者も現れた。
交流が増えるにしたがって、健斗は広間にいる機会を増やした。そんなバカがいるとは思わないが、もしイザコザが起きでもしたら、健斗が止めなければならない。同じ考えなのかあちらのキャプテンの花村クンの姿も見かける。両校のキャプテンがいると、他の部員達も集まってきてしまうのだが、それは仕方がない。
二人のキャプテンは時には広間で軽い応酬を交わす。
「王者聖望館にスキ無し、春夏連覇はもう目前、だってさ」
「甲子園でミスターフルベースの魔法が炸裂したって聞いたよ。ジョブはマジックナイトかい?」
時にはテレビを見ながら選手や審判を批評する。
「今のをボールに判定するのは辛くない?」
「偏るのは仕方がないけど、一貫性を持ってもらいたいな」
時には議論。
「今の打席、初球はアウトローから入るべきだったよね」
「それは結果論だと思うな。打った方を褒めるべきだよ」
時には二人で選手を褒めちぎった。
「今のはライトがよく取ったなあ」
「左寄りシフトの逆をつかれたけれど、よく追いついたよ」
そして対戦前日にもまた、両校の選手たちはいつもの広間で検証をしていた。
「当然、ファーストとサードがダッシュ、遅れてピッチャーも前、キャッチャーはホームベース」
「セカンドか1塁、ショートはここで3塁に入ったけど、これがまずったのかな」
「外野はライトが1塁のカバー、センターが2塁、レフトが3塁に入る動きは見せてるけどライト以外は反応ヌルいですね」
もう一つの準決勝をバックネット裏から偵察していた聖望館の面々が、自分たちで撮ったビデオを大画面に映しながら、今日のスリーランスクイズについて自分の感じたこと、考えたことを言いあう。
「サードが取って1塁へ投げるのは当たり前、他の塁はもう間に合わないし、1塁でアウトなら即試合終了っすからね」
1年ながら聖望館で3番を任されている高桝が、両校の選手たちの前でも物怖じせずに発言すると、それに健斗が続ける。ここからが本番だ。
「1塁セーフも仕方がないね。花村クンが1塁セーフの時点で、2塁ランナーはもうホームに突っ込む体勢だ。1塁ベースを捨てて、前目でカットしていれば間にあっていただろうけど、その判断は難しいね」
「そして、ユキが1塁ベースを回ったところで止まった。ボールを持ったセカンドの目の前で」
「これって練習してたのですか?」
聖望館の2年生の質問に花村クンが当然、と言いきる。
「敢えてベースの右奥を踏んで内側に切り込む練習はしていた。そこで止まったのはアドリブ」
「花村さんが目の前で止まったのでセカンドはタッグしに行くことしか頭になかったですね」
「この時点で他に野手がいたらもう少し追い詰められたかもな」
その時キャッチャーはホームベースに、ピッチャーがそのバックアップにいた。ファーストは1塁に戻ろうとし、ショートとサードはどちらが2塁に入るか微妙な位置だった。距離的にはショートが2塁に近いが、そうすると一時的に3塁も空になるし、サードが2塁に走ってもバッターランナーに間に合わない。レフトとセンターはまだ走っているところ。つまり2塁はがら空き。
「で、最大の目的は野手の目を集めること。特にサードに入っていたショートのね」
結局ショートが3塁に残り、サードが2塁に急いだが、それまでの混乱とバッターランナーの暴挙のせいで、3塁も蹴った1塁ランナーのケアが遅れた。1塁ランナーをケアするべきなのはその時3塁に入っていたショートだが、当初2塁に入るべきかどうか迷ったこともありポジショニングも悪かった。まさか止まらないとは思わなかったのだろう、12塁間のランダウンプレーの方を視線が向いていて、ベースとランナーに背を向けたままだった。
「なかなか容赦が無いね」
「まあ弱者の悪あがきだよ。たまたま上手くいったけどね」
先ほどまでの和気あいあいとした雰囲気が、軽い応酬で少し剣呑なものが加わった。
「ファイナリストだから弱者じゃないだろう?」
健斗が意識的に芝居がかった言い方をすると、花村クンもそれにのってくる。
「こちらには明らかなウィークポイントがあるからね。でもまあ、聖望館サンにもつけ入るスキがあると思うんだよね」
決戦前の雰囲気としてはなかなか良い盛り上がりだ。両校の選手達が軽く息をのむのがわかった。健斗は静かに言い返す。
「どこにスキがあるのかわからないな。最もスキがなくても負ける時は負けるのが高校野球だけれど」
花村クンは高桝や主力選手たちをちらりと見て、あっさりと、しかしけむを巻くように答えた。
「一言で言うと誠実さが足りないと思うよ」
「誠実さね。期待していたわけではないけれど、花村クンらしくない曖昧な答えだね」
「曖昧なまま終わればいいね」
どちらのメンバーの顔にも緊張の色が見える。前哨戦としてはこれで十分だろう。
「決勝戦だ。どちらにとっても悔いのない、いい試合にしよう」
「いい試合になればいいよね」
二人のキャプテンが芝居がかった握手してその場はお開きとなった。両校の選手たちが自分たちの部屋に戻ろうとする。明日はいい試合になる。健斗は確信した。
残念ながら決勝戦は、多くの人にとって後味の悪いものになった。
健斗は、部屋を出る賢静学園の選手たちに声をかけた。
「ちなみにあの時、花村クンにいくつ打点ついたの?」
「1点じゃないっすか?」
「記録員も迷うでしょうけど、2点ついたんじゃないですかね」
「驚け。あれで3点ついてた」
「記録員、血迷ったんか!!」




