反対派を増やす
王子は教室においては私に話しかけてくるようになった。リリーとは魔具以外の授業が一緒じゃないからだろうけど、レイが怒っているからやめてほしい。
「できるだけ早く殿下のルートを潰すね」
私が学園での出来事を話すと毎回ひくひくと引きつった笑顔で言う。
ゲームでもそうだ。王子はヒロインと親しいクラリスにヒロインのことを聞き、お昼や放課後ヒロインの元へ来る。それなのにわざわざ喧嘩を売ってしまうので本当にダメダメな人間に映ってしまう。うーん、このルート思い出しても本当に喧嘩しかしていない……。
王子ルートのクラリス。あまり覚えていないけど、そういえばヒロインに対する冷たい態度にクラリスは苦言を呈していた。ここでも王子は素直ではないのだが、途中でレイモンドが入ってきて「僕のクラリスに何ですかその態度は」と喧嘩の相手が変わってしまう。さらに「クラリス、僕が仲介になるから殿下と話さないで」と無理矢理中断させられる。王子はそんなラブラブの二人の様子を見て自分の態度を反省することになる。……反省したわりにシナリオの最後まであまり良くないわよね。レイモンドが登場するなら一年時の出来事で、王子視点だったと思うからバレンタインデーかホワイトデーら辺のシナリオなのかしら。
……ダメだ、よく覚えていない。もう時期が過ぎているし、現実には関係ないからいいのかな。ゲームのレイモンドとクラリスに対しては現実の私達のほうがラブラブだけどね! と心の中で対抗してしまった。
この日もレイは引きつった笑顔になった。
学園の出来事を話すと「殿下と話すことが多くなっている」と不満気味だ。
「僕のクラリスに何だその態度は。ああムカつく、話すことすら罪深いのに」
本人がいないとはいえ王子のことをこんな風に言えるなんてすごいわね。って、ちょっとだけシナリオかすってる。王子相手の発言ではないからいい、わよね。
「早くどうにかしよう。殿下が諦めればクラリスと話すこともなくなるに違いない」
ぶつぶつ呟いているのは対策かしら? どんどん雰囲気が暗くなる気がしたのでちゅ、とレイの頬に唇を押し当てるとレイがぱちぱちと瞬きをして私と目を合わせてくれた。今度はふわりとした笑顔になった。キスってすごく効果があるのね。
「そういえば、魔術師団の団長にリリー・シーウェルのことを話したよ」
魔術師団? 王城の一区画にある魔術師団の建物に行ったらしい。そこだけは王城の中でも魔法が使える。今の団長は女王陛下の親戚で、陛下からの信頼も厚い人だ。
「クラリスから教えてもらった彼女の成績と今取っている授業。彼女も乗り気だと伝えたら逸材だと喜んでいたよ。魔術師を目指す人は魔力が大きい人が多いから魔具まで受講している人は少ないんだけど実は意外とよく使うんだよね。特に今の団長は魔具開発を重要視している。他にも音楽や政治経済と令嬢の教育より魔術師としてのほうが合ってる選択でしょ? 最高だよ。彼も反対派になるね」
何やらお父様とお義父様も味方になってくれたらしい。心強いけど、臣下としていいのかしら。リリーのことを別にしたら王子って大丈夫かな。
「クラリスが僕といるのに殿下のことを考えている……許さない」
あわわ、レイが怒っているわ。でも王子ルートになりそうなのだからどうしようもない。
「ご、ごめんなさい。でも私、きちんとお助けキャラクターとしてハッピーエンドにしたいの。私が記憶を思い出したのはリリーを助けるためだと思うから」
「……まあ確かにね。記憶を思い出してないと僕とのことも自覚してくれたかどうか分からないし、リリー・シーウェルとの仲なんて絶対邪魔をしたから」
「レ、レイ」
「大丈夫、邪魔しないよ。今となっては何の意味もないもの。邪魔するのは殿下のこと」
ありがとう、と感謝の言葉を返した。レイは私を抱き寄せて自分の膝の上に乗せてくる。レイって密着好きよね。
「まずは反対派を増やす。後は決定的な打撃を受けさせるさ」
決定的な打撃って何だろう。いよいよ王子の味方がいなくなるわ。あ、ブラッドリーがいるか。でも彼も攻略キャラだ。いえ、彼までリリーを好きになったと言われたら困るんだけど。
「ん? 今誰のこと考えてるの?」
レイが私の顔を覗き込むようにして見てくる。王子の側近でゲームの攻略キャラクターの一人であるブラッドリーのことだと告げたらレイの眉がぴくりと動いた。
「……クラリス、ブラッドリーとも交流があるの?」
「交流というか、いつも殿下の後ろにいるだけよ」
「ふーん……ブラッドリーと話したことは?」
「ないわ。私彼の声すら聞いたことがないもの」
ゲームで話していたはずだが声の記憶はない。一年間一緒のクラスで今も一緒のクラス、グループワークでも一緒なのにと考えてみれば不思議なものだ。
「私よりリリーよ。ブラッドリーのルートもあるんだもの。彼まで好きになったらもうどうすればいいの」
「……どうかな。殿下が気にしている子を好きにならないと思うよ、彼は。それよりも……」
レイは途中で言葉を止めてしまった。何か引っかかるものがあるのかしら。ブラッドリーを嫌いだとか? ああいえ、レイは誰に対してもやきもちを妬くんだったわ。レイを安心させるように笑みを浮かべる。
「そう、それなら安心ね。邪魔するのは王子だけってことね。レイ、決定的な打撃って何なの?」
「ああうん、反対派がいても言葉だけじゃ説得できるかどうか分からないから。リリー・シーウェルを諦めるしかない状態にさせるつもり。んー、難しくて父上達に協力を頼んでいることだから、期待させて失望させるのは申し訳ないし成功したら言うね。まあ父上とお義父様が味方なんだから頼もしいよ、必ず失恋させるさ」
ふふふ、と笑うレイの顔が黒い。うーん、頼もしいわ。私にはできないことみたいなので楽しみに待っていようと思う。私は引き続き学園内でリリーの傍にいて……と考えているとぐっと引き寄せられて強く抱きしめられる。頭も撫でてきた。
「どうしたの?」
「不謹慎だけど、殿下に気に入られたのが彼女で良かったと思った。殿下に気に入られれば婚約者がいる女性だろうが関係ないからね」
「それはないと思うけど、もしそうなったら戦ってくれないの?」
レイ以外と結婚なんて絶対いや。王子だろうが関係ない。何が何でも逃げ出すし、死んだほうがマシってくらいにはいや。鳥肌が立つわ。レイは私の腕を摩ってくれた。
「まさか。例え殿下でもクラリスを渡すつもりはないよ。王家と結婚できるのは初婚の女性だけだから、さっさと結婚して既成事実を作ってしまえば僕の勝ちさ。クラリスが好きなのは僕なんだから、お義父様も絶対賛成してくれる」
言った後にあれ、と首をひねる。
「もう待たなくていいならもしかしてそっちのほうが僕にとって都合がいい? いやでもクラリスを好きになる男がいること自体ムカつくし、待つと決めたし……」
最初の既成事実という言葉に顔を真っ赤にした私はその後ぶつぶつ語る話の内容は頭に入ってこなかった。き、既成事実……ってつまり子作り、のことよね。いや、結婚すればそうなるんだろうけど。王子の対抗として、なんてものじゃなくてよかった。
結婚、かあ。
リリーには使えないなあ。せめて卒業してからの結婚でないと、ハミルトン先生が領主になった後の立場も悪くなる。ああもう、なんで卒業まで待たないのよ王子ったら。もうルートは消えたはずなんだからお呼びじゃないのに!
「あ、また殿下のこと考えている。ダメだよもう」
レイの声に顔を上げたら口づけされた。その間に髪を耳にかけられ、レイの唇が耳の後ろに移動する。強く吸い付かれる瞬間いつも小さく動いてしまう。
「んっ……」
初めてされた時から会う度に上書きされている。レイは自分しか知らないことだと喜んでいたが、私のお世話をしているメイド達には気付かれてしまった。
「あら、お嬢様こんなところに……ああ、レイモンド様ですね。ああ、ついに……はは」
何故だかもう諦めたような顔をされてしまったけど、何だったのかしら。キスマークって結婚前はダメとか? そしたらレイがするわけないわよね?
レイはいつもその跡をじっと見つめてくる。
「一度つけたら消えなきゃいいのにね。……見えにくい場所だけど、牽制にもなるかな。ま、そんなに近付くことはないか」
何の話をしているの? レイの独り言は説明をしてくれないから分かりづらいわ。