失恋してもらう(レイ視点)
なるほど。もし二人のことにイシャーウッド公爵が関与していたならばあの人のことだ、卒業する前に今の段階からそれとなくシーウェル伯爵を含めた貴族にあの二人のことを示唆し反対意見が出ない方向へ進められていただろう。殿下とて彼が後ろにいると分かれば諦めるはず。
殿下は冷めているが恋愛に関してはどうか。やっと興味の出た女性。遠くないうちにそれが恋愛感情に変わっても不思議ではない。その想いを実らせられないのは臣下としても男としても同情するが、僕の愛するクラリスが応援しない時点で未来は一つだ。何をしてでも潰す。
それに、リリー・シーウェルがハミルトン先生を選ぶのは僕にとっても都合がいい。もし彼女が先生と結婚することになったら将来はワイズ領へ移ることになる。王都からは遠い、クラリスとは滅多に会えなくなるだろう。クラリスが僕を置いて旅行することはない。一緒に行くなら僕も許可できる。万が一王子妃となったら会うためにはクラリスが王城へ行くしかないし、その時僕が傍にいるわけにもいかない。そんなことあり得ない。
そういう意味ではリリー・シーウェルにはぜひハミルトン先生と共になってほしい。王族なんて最も忌避すべき相手だ。
他の友人もさっさと結婚してクラリスと物理的に離れればいい。認めているからといって嫉妬しないわけではない。
それと一年時クラリスに自身の婚約者になっていたかもしれないと言った恨みはまだ晴らせていない。執念深いと言いたければ言え。クラリスに教えたことは許していない。
クラリスが平民になりたいと言うなら喜んで爵位など返上するが王妃になりたいと言われても僕にはどうすることもできないんだ。
殿下め。クラリスが僕以外の男を頭の中に入れるのはいい気分がしないというのに、よりにもよって僕の誕生日にクラリスの顔を曇らせた。重罪だ。報いは受けてもらう。
しかし恋愛感情が厄介なことはよく知っている。他に似合いの女をあてがっても意味はないし、言葉での説得が効く程度の想いなら苦労はしない。
自分だったら諦めるなど不可能だ。僕が好きになった時彼女はわずか3歳だったから想像するしかないが、好きになった相手にすでに好きな人がいた。
…………あ、ダメだ。
平常心を保てる自信がない。そいつだけが知っているクラリスがいるなんて。そいつをすぐにでも消しに行く。
いやいやそれは犯罪だ。罠を仕掛けて浮気させたり失脚させたりいろいろやり方はある。
……それでも無理だな、彼女の心が向かった先が僕ではないという時点で僕は壊れる。そいつが息をしていることすら耐えられないし彼女の記憶の中にいるのも我慢ならない。犯罪が何だ、彼女が僕の腕の中にいることに比べれば些末なことだ。
今の僕にクラリスから嫌われることは耐えられないが殿下の立場なら構わない。一度も想われることがなくても、虚しいだけだと知っていても無理矢理でも永遠に僕の傍にいさせる。他人の傍で笑うくらいなら恨まれても憎まれても構うものか。イシャーウッド公爵よりも怖いものが僕にはある。
…………落ち着け。殿下に同情したあげくあり得ない妄想で暴走してどうする。
クラリスは僕が好きなんだから、ずっと笑顔でいてほしい。僕が今からするのは彼女の笑顔のためだ。
うん、やる気がみなぎってきた。
僕が富も名声も欲しいのはクラリスのため。国のためじゃない。
彼女の笑顔のためならば国を裏切ることすら容易い。まして殿下の恋心未満の想いなど知ったことか。失恋してもらう。
今夜も女神様へのお祈りを行う。毎夜念入りにお祈りをしている。
クラリスがずっと、永遠に、僕の傍にいてくれますように。本当によろしくお願いいたします女神様。他は努力で手に入れます、彼女だけはどうかこの先も来世も僕のものに。心も体も全部欲しい。誰にも渡さない、生涯大切にします。彼女がいてくれるならこれからも国の、世界のために尽くします。
……申し訳ありませんが、今回はどうかお許しください。殿下がリリー・シーウェルを手に入れると、僕のクラリスが悲しむのです。
女神様は平等に見ているとは言うがどうか、殿下の願いよりこちらを叶えてほしい。
昨日は月から視線を外せばクラリスが僕を見ていた。いつでも視界の中に彼女がいることの幸せを噛みしめる。
両親は邪魔だった。早く領に戻って好きなだけラブラブしていればいい。
昔は本当に見ていることが苦痛だった。僕がクラリスに会いたくても会えなかった時期だからなおさらだ。両親のいちゃいちゃを見ながら将来クラリスと必ずするリストにメモすることで何とか耐えていた。
クラリスに伝えてしまったのはまずかったなあ。彼女は本当に嫌がらないから。結婚した後じゃないと僕の理性的にできないようなことばかりなんだけど。
子作りについても教えてしまった。思った通り頑張ると言われた。ははは、イメージトレーニングって大事だよね、寸分違わず同じ言葉だったおかげで我慢することができた。
大家族、ね。
クラリスの言うことなら何でも叶えよう。……覚えておいてよマジで。嫌がっても放してあげないんだから。僕の欲望を甘く見ないでね。
彼女に嫌がられたことは少ないがあるにはある。ゲームがそれだ。
昔、カードゲームで彼女が負ける度悲しそうな顔をすることに耐えられなくてわざと負けようとした時があった。わざと負けても彼女は喜ばない、だから彼女に見つからないように上手に負けないと、と思っていたにも関わらず気付かれてしまった。僕の気持ちには全然気付かなかったのにクラリスは変なところで鋭い。
純粋に勝負した上でまた負けてしまったクラリスは僕に謝った。
「ごめんなさいね。私じゃレイの相手は務まらないみたい。私はいいから他の人として」
他の人? 僕が一緒にいたいのはクラリスだけなのに暗に離れてということかと目の前が真っ暗になり、クラリスが庭園を見に行こうと持ちかけてくれなかったら彼女に何をしていたか分からない。
だから今回もカードゲームはしないつもりだったが、クラリスはクラリスでそれを気にしていたらしく自ら提案してくれた。
初めは四人対戦だったものの、僕がクラリスに味方して三人対戦、母上が父上に味方して二人対戦になり、チェスに移行していった。二回戦目は僕が勝てたし、クラリスも喜んでくれてよかった。素直ですぐ顔に出るのが可愛い。苦手だからと避けずにいつか勝つために努力する、と前向きに捉えられるところも好きだ。
昔の綱渡りだった僕に教えたい、クラリスのおかげでこんなに幸せな現実があるのだと。二年後にはさらに幸せになれる。
僕に関係がないから気持ちに余裕がある、今回のこと。クラリスが嫌がるのだ、殿下のルートは潰す。
* * *
まずは、と王城で計画を立てた。父上とお義父様にも協力を頼もう。クラリスの不安はできるだけ早くなくさせたい。僕のプライドなど関係ない、力のある彼らに頼ることは悪いことではない。
「ああ、構わない。遠慮なく頼れ」
父上はそう言ってくれた。全てを頼るつもりはない。僕ではまだ力が足りないところのサポートだ。
「いいよ。面白そうだね」
お義父様が嬉々として笑う。
元々は逆のことがしたかったのだが、今となっては仕方がない。
こちらは時間がかかる。
その前に、と魔術師団にアポを取って会いに行った。
そしてハミルトン先生にも会いに行く。
殿下の笑顔のことは学園内で噂になっていた。先生はゲームのことを知らないし、さすがにこれだけではまだ危機感はないだろう。ただ、確認を一つだけ。
「僕がする方法では、貴方には教師を辞めてもらう必要がある。リリー・シーウェルと教師、どちらを取りますか」
ぱちぱちと不思議そうに瞬きされる。何を当たり前のことを質問しているのか、といったところか。
「それはもちろん――」
先生が笑顔で放った答えに満足して頷いた。