ロングハースト家⑤
そしてやっと十二時になった。十二時になるまでカウントダウンして、十二時になったらすぐに口を開く。
「レイ。誕生日おめでとう」
「うん。ありがとう。ふふ、18歳になって目の前にクラリスがいるなんて夢みたいだ。独身の僕の誕生日は後一回だけ。20歳の誕生日の時クラリスは僕の妻。幸せだなあ」
ぎゅうぎゅうと強く抱きしめられ、力が緩んだと思ったら唇が重なる。長い長いキスだった。
持って来た荷物の中からプレゼントを出してレイに渡した。
「はい、これ」
約束のマフラーだ。レイが首を差し出してきたので包装を解いて巻き付ける。縄編みで瑠璃色と、それから黒を使ったことを告げた。
「ありがとう。もし茶色だったら会った人間全員に自慢してしまいそう」
からかわれる前に自慢するの?! 茶色にしなくてよかったー! レイのことを甘く見てたわ。レイはご機嫌にマフラーを触っている。
「ああ、冬まで待てないかも。別に一年中していてもいいよね?」
「やめて。レイの首が見えないなんてもったいないわ」
首に腕を巻きつけて抱きつく。すり、と甘えてみた。
「……はい、待ちます」
ん? 何故敬語? レイの片腕が私の腰に回される。
「ああ、可愛い。大好き。僕の。でも後二年あるんだから、お願いだから誘惑しないでね」
…………? 誘惑?
それ、レイは何回か言うけど私はいつしたのかしら。
子作りは結婚後よね?
結婚したら頑張るって言ったつもりなんだけど。
「クラリスの中の誘惑ってどうなっているの?」
レイに呆れた視線を向けられてしまった。と、とりあえずもう子作りしたいとは言わないでおこう。
ああ、でも、なんだか今までの不思議が分かったかも。
私は本能でキスの先を考えていたのね。体が熱くなったのも、服を脱ぎたいってことか。
裸、かあ。私の裸ってどうなんだろう。
レイは私に魅力があると言ってくれたが、具体的にどういうところがいいのかな。レイの好みになりたい。そういえばもっと太ってほしいとはよく言われる。今はガリではないと思うんだけど、腰が細すぎて不安になるとは屋敷のメイド達にも言われる。何をすればいいんだろう。
「ねえ、レイ。レイの好みってどんな人?」
「……? 何今更? クラリスに決まっているでしょう?」
「うんと、具体的には? 私、もっとレイの好みになれるようがんばろうと思うの」
「はい? 昔からずっとど真ん中にいますけど?」
レイは訳が分からないとばかりに頭をひねっている。
「えっと、もっと色気が必要とか……」
「むしろそれは減らしてほしい」
??? え? 魅力を減らすの?
レイは私の全身を眺めながら言葉を発する。
「痩せると心配になるからどちらかといえば太ってほしいかな。僕以外誰も見向きしないくらい太ってくれれば万々歳だよ。太るくらいで僕の愛は減らないから。むしろ増す」
……レイの好みって変わってるわね。太る……もっと胸が必要?
「違うそこじゃない」
視線を少し下に向けただけで間髪入れずに発言された。私何も言ってないわ。
「でも私、もっとレイに魅力的に思ってもらうために自分を磨きたいの」
「これ以上魅力的になるの? もう、誘惑しないでって言ってるのに。クラリスは存在自体が僕を誘惑するんだから」
…………存、在、が? その場合、私は誘惑しないために何をすればいいの?
レイに会わないのはいやよ?
「それは僕も絶対にいや。クラリスはいつも通りでいいんだよ。二年後が楽しみになるだけなんだから」
よしよしと頭を撫でられる。うーん、こういう子ども扱いから脱するために魅力的になりたいのに。
「これはね、昔はクラリスに少しでも触りたかったから。今は自分を自制するためにしていること。クラリスを子ども扱いしたことなんてないよ。君はずっと僕にとって唯一の女性だ」
顔を上げればレイが優しい瞳で私を見つめている。
「クラリスはずっと魅力的だよ。今のままで成長してね」
声色も柔らかくて温かい。自然と頷いてしまった。レイが穏やかな笑みを浮かべる。
「さて。残念だけど、眠いでしょう? そろそろ失礼するよ。明日の朝会おうね。一緒に朝ご飯食べよう」
ちゅ、と頬にキスされ、レイからもねだられたので頬にし返す。
ケーキを食べるのは明日、夕飯後にレイが作って持って来てくれると言っていた。楽しみにしよう。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
レイと一緒にヴォルクさん達も扉から出て行く。
…………あ。
な、何も反応されなかったけどすごいことを聞かせてしまった。ううっ、ごめんなさい。
シャロンさんだけはいて、私をベッドの中に寝かせたら電気を消して出て行った。
……ベッド。
きゃあっ! 思わずびくついてしまう。
け、結婚したら夜にレイと。私考えなしだったわ。少しは子作りがどんなものか、レイに聞く前に他の人に聞くべきだった。ああ、いろいろレイに謝りたい。レイは望まないだろうけど。
レイがしたいことリストの中には当然あるわよね。他には何があるのかしら。レイは結婚するまで教えてくれなさそうだ。
私にできることかな。……うん。でも、大丈夫。レイがしたいって言うなら私はそれを叶えるだけ。今のままでいいって言ってくれた。
リリーとハミルトン先生のことも大丈夫だし、後は二年後を待つだけよね。
そう思い目を閉じた。
* * *
レイとレイの両親と朝ご飯を食べて、少し眠いけど学園へ行く。
今日は魔具の授業がある。
魔具の授業は人数が少ないからかリリーと一緒のクラスになれた。レイにそれを告げたら面白くなさそうだったもののリリーも喜んでくれた。リリーのこと以上に、担当の教師が男性だったことに大層へそを曲げていた。リムレスの眼鏡をかけた、いかにも真面目そうなローランド先生。くいっと眼鏡を上げる姿が様になっている。童顔で、実年齢は今年で35歳なのだとか。20も違うようには思えない。ハミルトン先生と同期くらいに感じる。既婚者で子どももいたため最終的にレイの怒りも消えた。
何気に王子とブラッドリーもこの授業を取っている。
ゲームで二年時が描写されるのは王子ルートのみ。うーん、魔具の授業は多分なかったと思う。まあ今更ゲームなんてどうでもいいわよね。
今日は魔力を溜める魔具の紹介。魔力の低い人でもこれを使えば大量に魔力が必要な魔法が使える。
形はシンプルな立方体で、透明な箱の中に白い球体が入っており中の球は魔力を入れるとだんだん黒くなる。入れ方は簡単、立方体の一面を触るだけ。出し方はこの立方体を魔法で壊すらしい。
魔具は本当に使いやすくて便利な物ばかりだ。この授業、取って正解だったわね。
その時、ぼんっと何かが爆発するような音がした。音のしたほうを見ればリリーの前にあった魔具が壊れている。リリーも突然のことに呆然としていた。彼女の近くに行く。
「リリー、大丈夫?」
「う、うん。私は何もないよ」
先生も近くに来て壊れた魔具を見た。
「これは魔力の入れすぎだ。球体が耐えられなかったんだろう。リリーさんにはもう少し大きい物が必要だった。貴女は魔力があり余っているようだ」
うわあ。すごいわリリー。壊れた場合魔力がどうなるかと聞いたら、本人のところに戻るということで安心した。しかしリリーはともかく、魔力がいっぱいまで戻ると入らない魔力はそのままなくなってしまうそうだ。立方体で覆っていないと球体はすぐ消えてしまうので溜める前に使い道を決めるのが本来の使い方らしい。
ん? あれ、王子? 何故かブラッドリーも連れてこちらに近付いてきている。
「これが壊れたのは初めて見たな」
え、そうなの? 魔具を見つめ、それからリリーの見つめる。
「確かお前はテストで一位を取っていた奴か。だがお前は平民だろう、何故そこまで魔力がある。何かズルをしたのか?」
…………あ、れ?
待って。確か、それ……王子の個別ルートへ入る台詞。ヒロインの返事は喧嘩を買う合図の「失礼な人ですね」だ。断りの返事はない。ただ無言で王子が「つまらない奴だな」と興味を失うのを待つだけ。
リ、リリー?
私が何か言う前にリリーの口が開いてしまった。
「失礼な人ですね。私は何もしていません」
それを言ったらダメー!
王子は静かに目を瞬いた。私みたいな公爵令嬢はともかく、元平民のリリーが自分に対しこんなに強気で来るとは思っていなかったのだろう。実際、会ったばかりのリリーだったら言わなかったと思う。
「ふーん。……面白い女だな」
にやり、と少しだけ。少しだけだが、口の端が上がった。周りがざわりとする。それはそうだ、王子の笑顔なんて学園に入って初めて見た。隣のブラッドリーまでもが分かりやすく目を見開いている。
これ……どう考えても、リリーに興味を持ったわよね?
嘘、でしょ? 今更王子が出てくるの?
女神様。確かに隠しルートはいやだと祈ったことがあります。ですがそれはレイのルートであって、リリーとハミルトン先生への試練はいらないんです。




