ロングハースト家④
デザートを食べ終えたら音楽室に移動する。レイがヴァイオリンを弾いてくれる約束だ。
レイの両親の隣に座ることをレイが嫌がったので少しだけレイに近い位置にイスを持って来た。二人は隣同士で座っている。お母様はお父様の腕に抱きついていた。あれって、私がレイにしたら「待って、当たっている、やめて」と言われたことがある。あれも次にできるのは結婚後なのよね。レイがしたいことリストには入っているかしら。
弾いてくれたのは夜に相応しい静かな曲だ。終わって拍手をする。
「素晴らしかったわ。ありがとう、レイ」
「ふふ。どういたしまして」
「やっぱりクラリスに聴かせるとなると張り切るのね。音が全然違うわ」
「そりゃそうでしょう」
お義母様の言葉にレイは深く頷いているけどえ? そうなの? パーティーでレイが弾いたヴァイオリンを記録してくれたレコードの音はいつも通りだったはず。それを伝えればお義母様が頷いてくれた。
「ええ、貴女に聴かせるという点では一緒だもの。レコードにしないパーティーでは結構なものよ。魔法がダメなパーティーもあるし、それにクラリスも出たらヴァイオリンの評価がまた一段と上がるのでしょうね」
「あまりクラリスをパーティーに出したくありません」
「……出たわ。クラリス、おうちばかりで退屈していない?」
首を横に振る。魔具の授業を受けることにはしたが、家ばかりの生活に退屈しているわけではない。
「うるさいなあ」
レイのぼそりと呟いた言葉にお義母様が少し眉を寄せたもののお義父様に二人とも窘められていた。お強い。さすがだわ。
その後はリビングでゲームをした。ただ、私ゲームとんでもなく弱いのよね。いつも私が負けてしまうからレイは楽しくなかったと思う。レイがわざと負けようとしたこともあるくらいで、それがいやだったからあまりしないようにお願いしたことがある。他の人として、って。
ポーカーやババ抜き等の、私にもできる必勝法ってないのかしら。
「クラリスは素直なのがいいんだよ。顔に出るの可愛い」
と慰めてもらったが、私がよくできたのは神経衰弱くらいだった。
チェスは見ているだけでも楽しい。
レイとお義父様の対戦はとても面白かった。一回戦負けたレイがすごく悔しがる。
「あらあら、かっこつけられなくて残念ね」
あわわ、お義母様。レイが案の定お義母様をぎろりと睨む。それから視線がお義父様へと向かった。
「……父上。もう一回しましょう」
「あなた、がんばって」
お義母様がお義父様の肩に手を置く。
「クラリス、見ててね。今度は絶対勝つから」
「う、うん」
真似して肩に手を置いてみたらレイが手を重ねてきゅっと握ってくる。負けてもレイはかっこいいけど、そういうことじゃないんだろうなあ。
そして女神様にお祈りをする時間になった。指が交互になるように手を組んで月を見ながら行う。祈るものは人それぞれ、言葉に出してもいいがほとんどの人は心の中で行う。神社やお寺のお参りみたいなものだ。
新月の夜は女神様にお祈りをする必要はない。女神様は謙虚な方、いつでも私達を陰ながら見守っていてくださるお方だ。
私が祈るのは毎日同じこと。
――レイが、両親が、リリーが、皆が幸せになりますように。
隣のレイを見つめるとレイは熱心に月を見ていた。そんなに叶えたい事があるのね。女神様じゃなくて私に叶えられるものはないかしら。
そろそろいい時間なのでレイの両親と別れお風呂に入った。お義母様が一緒に、と言ってくれたが
「僕をおいてクラリスの裸を見るなんていくら母上でも許しません」
と高らかに宣言される。
は、裸? 私レイに裸見せるの? いつ? もしかしてしたいことリストに入ってる?
これにはお義母様は怒るんじゃなくて呆れた視線を向けていた。二人におやすみなさいの挨拶をして、着替えなどはロングハースト家のメイドさん達にお願いする。
「未来の奥様ですから。二年後は私達がお世話するんですからね」
メイド長のシャロンさんにそう言われほわん、と頬を赤く染める私を他のメイドさん達が微笑ましい目で見ていた。
それからはいつでも寝られるように夜着に着替え上着をかけて、レイと一緒に私が泊まる部屋で日付が変わるのを待つことになった。
部屋には二人だけじゃなくヴォルクさんやシャロンさんと他の使用人もいる。いいのかな。皆眠くない?
「さすがにこの時間二人きりはやばいからお願いした」
「私達は構いません。いないものとお思いください」
何がやばいんだろう。皆に感謝しつつレイと話すことにする。
しかし、さっきから欠伸ばかりしてしまう。今ぐらいはもう寝てるからなあ、私。マフラーと資料の時は寝落ちもしていた。
「可愛いなあ。眠そうなクラリスも本当に可愛い」
レイが頭を撫でてくる。眠りそうだからやめて、と一回拒否したらすごいショックを受けた顔で見られ
「眠ってもいいから。日付が変わる前に起こすから」
と必死に言い募られて観念した。
私が旅行で寝落ちしたからかキスは軽いものだけ。顔中にしてくるから意味はないような気もする。
あう、撫でられるの気持ちいい。……正直、私に甘いレイが私を起こせるとは思えない。
ヴォルクさんに頼んで渋めの紅茶を淹れてもらい、それを飲む。
後一時間。つ、つらいわ。
何か……起きていられる話題を。
レイの顔を見上げる。レイは目を細めて微笑んでくれた。
「ん? どうしたの?」
声色も優しい。あまりレイは話題にしたくないと分かっているけど。
「ねえレイ、子作りって本当に二年後じゃないとダメ?」
「へっ」
初めて聞くような間の抜けた声が出た。レイがまじまじと私を見つめる。
「……クラリス、あの、何言っているか分かってる?」
「ごめんなさい、詳しく知らないのにこんなこと言うの失礼だと思うんだけど……私一人っ子だから子どもはたくさん欲しいと思ってるわ。だからいっぱいしたいの」
「んんんっ!?」
何か変な声が出ている。そんなに言ったらダメなことなのかなあ。
「っ……めちゃくちゃ恥ずかしいことするんだよ」
恥ずかしいの!? 子どもを作るためなのに? 世の中の人は皆恥ずかしいことをしているってこと? どういうこと?
「子どものためならがんばる。それにレイと一緒にすることでしょ? それなら絶対いやじゃないから」
「…………もう。クラリス、耳貸して」
「なあに?」
レイに抱きしめられながら耳打ちされる。説明されたことを理解し、顔を瞬時に真っ赤にした。眠気も吹っ飛んだわ。
夜に? ベッドの上で? 裸で……?
子どもを作るのってそんなことするの?
わなわなと震える私の頭を撫でる。
「ちなみに一回したらすぐ子どもができるわけじゃないから。一人を産むのにも何回かする必要あるよ」
「な、何回なの?」
「それは人によって違うよ。授かりものと言われるくらいだから」
そ、そうなんだ。子作りって大変なんだ。私が、レイと……あわわわわ。頭が真っ白になりそう。こんなことも知らないで……子ども扱いされるはずだわ。
「クラリスはいっぱいしたいんだよね? 子どものためならがんばれるんだよね? 結婚したら本っ当に覚えておいてね!?」
すごい笑顔だ。私にここまで怒ることはあまりない。レイは結婚まで我慢するつもりなのに、私ひどかった。
は、恥ずかしいけど……。レイの顔を見つめる。
「うん。がんばる。私大家族に憧れてるの」
子どものためだし、全世界の夫婦がやっているというなら私にだって頑張れるはず。それに相手はレイなんだもの。いやじゃない。
そもそもお父様は養子を取るつもりがないのでイシャーウッド家を継ぐのは孫、つまり私達の子どもになる予定だ。最低でも男児二人、そして私は娘も欲しい。
「いっぱいしてね」
「…………僕を瀕死にさせてどうしたいの」
レイの声が震えている。
「あああ、結婚したら絶っっっ対に放さない。クラリスがもう無理って言っても寝かさない」
無理? レイが嫌がることなら
「言わないわよ」
「言質取っていい?」
私そんなに信用されてないの?
「ううん、信用していないわけじゃ…………そうだよね。クラリスだもんね。どちらかというと逆のことを言いそう。ははは、まったくもって二年後が楽しみだよ」
楽しみという表情じゃないのだけれど。レイは嘆息すると髪をかき上げる。
「僕はどうやっても君には勝てない気がする」
「勝負する必要あるの?」
「そうだね、ないね。むしろ僕は負けたいかも。それだけ君に受け入れられているって実感できるから」
私の左手の薬指、指輪がある場所にキスをした。
「大好きだよ、クラリス。――本当に覚えておいてね」
「う、うん」