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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
一章 ゲーム開始前~レイ×クラリス~
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二重奏~幕間~(レイ視点)

「てめえ、調子出ねえからってオレを呼んだくせに」

「それについては感謝しているよ。でももう大丈夫、解決方法は見つけたから」

 玄関へ向かって歩きながらディーンと会話を交わす。

 やっぱり僕はクラリスに会わないと。

 音楽室に残してきたクラリスのことを考える。一か月ぶりに会えた彼女を見た瞬間いらいらもストレスもすべてが吹き飛んだ。この後もまた会えると思うと気分が上がる。知らず知らずのうちに口角が上がっていたらしい。

「機嫌のいいてめえは見慣れなくて気持ち悪りいわ」

「別に君の感想はいらないよ。クラリスは僕の笑顔が素敵だって言ってくれるから」

 彼女以外からどう思われようと別にどうでもいい。そっぽを向いていると呆れたような声を返される。

「…………てめえ、片思いとか嘘じゃねえか。しっかりラブラブで何言ってやがる」

「生憎彼女からはそう思われていないんだよ」

「は? あれで? 無自覚ってことか?」

「それか誰にでもああいう態度なのか。僕以外の男を徹底的に遠ざけていたから分からないな」

「うげえ。そんなことするか普通。でもてめえのソロ演奏で十分喜んでたし無自覚っぽいけどな」

「だといいな」

 婚約をあっさり了承してもらえたことに舞い上がり告白したが、あろうことか彼女は全く気付いていなかったというように驚いていた。今までの自分のアピールが総スルーされていたとは恐ろしい。もしかしたら両想いなのかも、という期待は見事に砕けてしまった。だから希望的観測でしかない。

 けれど婚約はしたのだし、僕のことを好きでもそうでなくても後は結婚して確実にクラリスを僕のものにするだけだ。

「とっとと捕まえろよ、てめえがこれ以上怖くならねえうちに」

「もちろんだよ。ディーンは今のところクラリスに興味を持たれていないみたいだから良かった」

 もしクラリスが興味を持っていたら嫉妬のあまり殺意が湧いていたからね。想像だけでもムカついた。それを敏感に察知したディーンがぶるっと震える。

「怖っ。オレを巻き込むな。オレのタイプでもねえよ」

「当然。クラリスに興味を持ったなんて言われたらただでは帰さないよ」

 一応怖がらせないように軽い調子で言ってみたけどドン引きされた。

「てめえ、見送りはそれの確認かよ……。てめえの相手ならあのくらい鈍感でちょうどいいんじゃねえの。災いが降りかからねえうちにオレは退散するぜ」

「失礼な。君にも好きな子ができれば分かるよ」

「分かりたくねえんだけど。最初はてめえが女相手に猫被ってるかと思ったわ」

 意味不明なことを言っているディーンを見て眉を寄せる。

「何でクラリスにそんなことをする必要があるのさ。幼馴染だよ?」

「まあ猫被ってるならオレの前でも誤魔化すはずだしな。それにしても態度違いすぎだろ、二重人格かってーの」

「僕はただクラリスには優しくしたいだけ。他の人間に好かれたいとも思わないし、愛想よくする必要性は感じない」

「はー、そうですか。あいつもすげえよな、オレに対するてめえの態度見てもにこにこしてたもんな」

「可愛いでしょ? 二度と見ないでね」

 クラリスは外見は公爵令嬢に相応しく凛として近寄りがたい印象があるのに、話せば親しみやすく穏やかで素直だ。そして受け入れる器の大きさが尋常ではない。ディーンの口調にしても何かいけないのかと不思議そうな顔をしていた。僕の独占欲の深さも心配性の一言で片づけ、束縛するような言動をとっても嫌がらず素直に守ろうとする。彼女が受け入れてくれなかった場合自分がどうなっていたのか想像もしたくないのでやめよう。

「言われなくても見ねえよ。あーやだやだ、オレは好きな女ができてもぜってえ束縛したりなんかしねえぞ」

 これ以上は断る、とでも言うかのように顔を顰めるとさっさと馬車に乗って帰っていった。


 自分でも重いのは自覚している。

 たった一か月会えなかっただけでヴァイオリンの調子はここ数年で一番悪かったと思う。学校は朝から晩まであるし、僕は公爵家を継ぐ者として王城での仕事ももらっている。前日まで予定がどう変わるか分からないから会いに行く手紙を出すこともできず、せっかく屋敷が近いのに近況報告を送るのみで彼女に会えない日々が続いていた。練習をしているせいでクラリスに会えないのに、会えないから調子が悪くなる。自分は何のためにヴァイオリンをしているのかと訳が分からなくなった。演奏する集まりにまだ未成年のクラリスは参加できないにも関わらず僕が弾く意味はあるのか。

 しかしさぼるなど論外だ。自分に与えられた役割も満足にこなせない甲斐性なしがクラリスを娶るなんて僕の中ではあり得ない。彼女を遠慮なく独占するためには地位も権力も名誉も富も名声も、なくて困るものはない。一番必要なのが他人に文句を言わせない圧倒的な実力だ。


 参考になるのがクラリスのお父様、イシャーウッド公爵だ。

 彼女の家は使用人も含めて穏やかな気質の人が多い。穏やかだからといって仕事が手ぬるいということはなく、今のイシャーウッド公爵はかなりのやり手だ。にこやかな笑顔を絶やさないまま不正を追及する様子に周囲は恐れおののく。国には「イシャーウッド公爵が笑顔のうちに屈するべき」という言葉がある。いつも穏やかな人がキレたら恐ろしいという意味だ。現国王に宰相に任じられそうになった際

「妻と娘に会う時間が減るのでお断りします」

 と真顔で答え「はい」と国王が敬語を使ったことは伝説になっている。

 彼は今でも定時で帰り残業など絶対にしない。許されるのは彼がその時間でも人の数倍の仕事量をこなすからだ。僕がクラリス以外に優しくしないところを見てもクラリスが平然としているのは父親を見ているからだろう。

「お父様に比べたら怖いものなんてない」

 と言われたことがある。イシャーウッド公爵は愛妻家であるしクラリスのことも溺愛しているので彼女自身が怒られたことはないが見たことはあるそうだ。僕は彼のことを尊敬していてそうなりたいと思っている。僕が唯一クラリスの傍にいても嫉妬しない男性だ。

 そんな人物に娘との婚約を申し込むのは非常に勇気がいった。しかし今まで他を邪魔しても何も言われたことはないしクラリスと二人きりで会うことも了承してもらっている。それでもこの年齢での婚約の申し入れは一筋縄ではいかないだろうな、と覚悟していたら実ににこやかに言われた。

「それは私が決めることではないね。クラリスに今日中に聞いてみるよ。あの子が了承したらすぐに返事してあげる。返事しないということは拒否されたことだと思ってね」

 好意的な笑みだったくせに夜遅くまで待たされた。連絡があるまで気が気でなかったというのに、あれは絶対クラリスに告げたのが遅い時間だったのだ。どのくらいの我慢ができるかとあの人に試された。やはり父親たる者娘婿には厳しいらしい。


 だからヴァイオリンの練習をやめることはなかったけれど、もういい。限界が来る前に何をしてでも、どんなに短い時間でも会いに行こう。事前の手紙がなくてもクラリスなら怒ったりしないはずだ。

 クラリスに一目でいいから会いたかった。そう素直に言おう。その方が効率が上がることが今日分かったのだから。


 ――僕がいなければ生きていけないくらいになればいい。


 クラリスにそう言ったのは、もう自分がそうなっているからだ。

 本音を言うなら、クラリスのお世話は全部僕がしたい。僕以外の誰にも彼女に近づいてほしくない。スイーツだけじゃ全然足りない。

 可愛いクラリス。

 誰にも渡さない。

 僕以外の選択肢なんてあげない。

 重いのは分かっている。でも不幸になんかさせない。誰よりも幸せにしてみせる。後たった五年弱の辛抱だ。それさえ過ぎれば彼女は一生僕の腕の中にいることになる。会った時からずっと好きだったのだから、五年なんてすぐだ。


「レイモンド様。そろそろクラリス様の元へ戻られてはいかがですか」

 後ろにいた執事の言葉に我に返る。そうだ、クラリスをずっと待たせているわけにはいかない。僕も早く彼女に会いたい。

 ああ、と短い返事をして音楽室へ急ぐと執事がほっと息を吐く音が聞こえた。

「何?」

「いいえ。ただ、クラリス様がいらっしゃるときはレイモンド様がご機嫌ですからね。本日は来てくださって良かったですよ。どんどん機嫌が悪くなるレイモンド様に周りが萎縮していましたから」

 耳に痛い言葉だ。けれどクラリスがいないのに上機嫌でいろと言われても無理だ。彼女がいるから僕は笑えるし、彼女のためと思えばどんなことでも頑張れる。

「私達としてはもっとお越しいただきたいくらいです。そろそろお話することを許可してくださると嬉しいのですが」

「あまり屋敷から出したくないんだ。不都合はないからいいだろ」

 自分の両親でさえあまり話してほしくないのに、彼は執事とはいえ異性だ。年齢など関係ない。しかも彼は僕以外で唯一クラリスからかっこいいと言われた男だ。クラリスのお父様は別として、ヴォルクが高齢だろうと許せなかった僕はクラリスをあまりうちに呼ばなくなったし、例え使用人だろうと僕以外と話して笑顔を見せていることに耐えられなくなった。


 そういえば。

 クラリスとディーンを引き離したくて仕方がなくて忘れていたけど、クラリスの用事は何だったんだろう。僕は呼んでいないし彼女からの手紙も来ていない。部屋に戻ったら聞いてみよう、と歩みを速めた。




 *   *   *




 イスに座ってぽーっと待っていたクラリスの名前を呼ぶとすぐ僕を振り返り笑顔で答えてくれる。

「おかえりなさい」

 言われた言葉を反芻する。

 いい言葉だ。

 五年後には毎日聞けるだろう。婚約の前から、その日をずっと楽しみにしている。

 彼女を前にすれば先ほどの暗い気持ちがどこかへいく。

 あるのはただ優しくして甘やかして尽くして笑顔が見たい、それだけ。

 彼女の視線が自分に向けられていることに非常に満足感を得ながらつられて笑った。

これから登場する全キャラ含めて怖い人物ナンバー1、イシャーウッド公爵。

父親に比べればレイのヤンデレ気質なんてクラリスにはまったく怖くありません。

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