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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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独占欲の結果は(イシャーウッド公爵視点)

 宰相なんてやりたくない、と陛下に言ったら「イシャーウッド公爵が笑顔のうちに屈するべき」などという不名誉な称号ができてしまった。まったくもう。ちょっとむっとしたくらいで皆ひどいなあ。それを親友であるサイモンに告げれば「あれがちょっとだったら君のマジギレはどうなっているんだ」と呆れられた。一応君がすぐ名前を呼んでくれたから正気に戻ったんだけどね? そう告げればこめかみを押さえながら首を横に振られてしまった。

「息子は……どうだ」

「可愛いよ。毎回クラリスに挑んで倒されてる」

 話題を変えたいのか子どもの話になる。娘に好かれようと必死な様子は正直見ていて面白い。そうやって独占しているから他との比較ができなくて好意の着地点が分からないのに。反対に攻撃されているのを見る度笑いを堪えるのが大変だ。

「私に似ているからね、娘も好きになるんじゃないかな」

「いやなことを言わないでくれ。君の息子かもしれないという噂があるんだぞ」

「それ言ってるの誰だい? 私は誓ってエミリア以外の女性は抱いてないよ」

 しかもよりにもよって彼の奥さんとか、抱くわけないじゃないか。

 元々うちの子が娘の時点で会わせる気はなかった。サイモンにそれは良くないと怒られてしまったため3歳になったら会わせることにしたのだ。

 ぼーっとしている私をいつも外に出してくれたのは彼だ。兄のように思っている。そんな彼に怒られること自体は大人になった今でも日常茶飯事だけれど、彼の言うことを聞かないわけにはいかない。彼の発言が私を心配してのものだと知っていれば尚更だ。

 しかし、現実としては娘をしまう相手が私からレイモンドに変わっただけだった。サイモンがすごく悲観していたのを覚えている。やったーと喜んだら怒られるのでやめたことは英断だったと今でも思う。


「当たり前だ。あってたまるか」

「そうだよね」

 妻の耳に入ってはかなわない。後で潰しておこう。にこにこ笑うとサイモンが溜め息をついていた。君のためでもあるのに。話題を元に戻すか。

「レイモンドは可愛いよね、自分の感情丸出しで。青いなあ。私素直な子は好きだよ」

 好意的に言ったのにドン引きされた。あれ~?

「君最近ドン引き多くない? 私だって傷付くよ?」

「君がそんな柔な心か。君のその性格が娘にまったく引き継がれていないことが奇跡だよ」

「んん? まあそれは君の息子のおかげだよね、何せ娘が3歳の頃からの独占だもの」

「……息子よ……」

「どうして嘆くんだい?」

「日々君のいやなところに似て来ている……」

「え、私あんなに素直だっけ?」

「…………」

 それ親友に向ける視線じゃなくない?

 というよりヴァネッサさん――サイモンの奥さんに似たと思う。彼らが婚約者になる前から私は彼女にものすごく嫌われていた。彼女はサイモンが大好きだから幼馴染、隣の屋敷、親友の私が気に入らないらしい。のんきな私を彼が気にかけることにぎりぎり歯軋りをする姿は外見も含めとてもよく似ている。彼女は私を睨むだけの可愛いものだったが、サイモンの有能さと行動力があるところが似てしまったせいで彼女より好きな相手に強力になっている。

「サイモン、疲れているなら休むかい? 残りの仕事は私に任せて帰る?」

「いや。君を一人にさせるほうが怖い」

 ひどい。昔ならともかく仕事ではミスしたりしないのに。残業は嫌いだからささっと片付けよう。今日も定時に帰ってみせる。


「おかえりなさい」

「ただいま」

 妻の笑顔は癒される。いつもは娘も一緒なのにいない。どうしているのかと思ったらまたレイモンドが来ていたらしい。娘に対しにこにこ笑っている。父親に連れられて王城に出向いている時の不機嫌な姿とのあまりの違いに自分を見ているようで苦笑する。私がエミリアに会ったのは学園内だからもう少し積極的だったが、周りを牽制しているわりに娘にはとことん弱い。

 夕飯を共にして、その後ケーキが出て来ればぱああと顔を明るくするクラリスを見てぎりぎりと歯噛みしていた。ケーキを親の仇か何かのように睨んでいる。それに全然気付かない娘。まったく、可愛らしい二人だ。レイモンドには悪いが癒される。


 数年経ちそろそろ来るかな、と予測していたら思ったより切羽詰まった顔をして婚約を申し入れてきた。娘も無自覚だけど、彼も娘から好かれていることに気付いていないのがおかしくてたまらない。なんともまあ可愛い。今日中に、と言って夜遅く連絡したのはちょっとした意地悪だ。嘘はついていない。

「見ていて癒されるよね、二人の関係」

 主にレイモンドの理性がどこまで持つかというところで。

「あなたったら」

 妻が眉をつり上げたのを見てごめんと謝る。私は妻に弱い。妻が世界征服を望むなら喜んで叶えてあげたいが、残念ながら彼女はドレスも宝石も高価な物はねだってくれない。寂しいので娘につぎ込むと咎められたため直ちに自粛した。そしてまた娘も妻に似て滅多なことではねだらない。

 娘が我侭らしいことを言うのはレイモンドに関することだけだった。

 レイが探している楽譜が欲しい、レイの誕生日に渡す刺繍の糸が欲しい、レイが、レイが、……。

 これで何故娘は無自覚なのかと最初は疑問に思ったほどだ。もちろん本人に言うことはなかった。そこは娘を持つ父親には共感してもらいたい。会わせなければ良かったと思ったことさえある。しかし娘が一番輝く笑顔を見せるのはレイモンドに対してだ。だから彼の独占も容認し婚約も受け入れたし、彼以外からの申し出は潰した。当然だ、娘に会ったこともない奴に渡してたまるか。レイモンドの娘に向ける愛情がとてつもなく重いことには早々に気付いていたけれど、あまり気にならなかった。クラリスが応えれば娘は幸せになれるし、何より恩義のある彼の息子だからと躊躇してしまった。それに娘はあの通り鈍感で無自覚のままレイモンドを好きになっている。どんなに重い感情だろうと容易く受け止めるだろう。レイモンドは嫉妬深いし独占欲も強いが、娘を大切に想う気持ちも人一倍ある。政略結婚は考えていなかったため娘の幸せを願うのみだ。

 ちなみにレイモンドは娘に貢ぐかと思ったらそうでもなかった。物にまで嫉妬しているらしい。娘の誕生日にはもちろんありったけの物を渡し娘が欲しいと言えば叶えるが、彼は言葉や態度で示そうとしていた。抱きしめることもせず頭を撫でるだけで我慢しているのは大したものだ。サイモンに聞けばお菓子作りをしているのだとか。娘はスイーツが大好きだ。嫉妬する感情は理解できる。二回目に会った時娘が自分を置いてお菓子に夢中になっている姿に相当なショックを受けていたようだったし。あれは失礼ながら笑えた。この二人は私を笑わせるのに長けている。我慢するのが大変だ。

 数年後我慢できず妻にも娘にも怒られることになる。非常に落ち込んだ。レイモンドにも同情された。


「クラリスがレイモンドを好きなことが一番の理由だけど、彼はこちらに来ることが多いからね。将来嫁がせる身としては嬉しいから、もう意地悪はしないつもりだよ」

 娘は心配していない。あの子は自分で自分の幸せを掴む。周りに流されることはない。受け入れる範囲が広いので幸せになるのも簡単だろう。レイモンドの重さなど意にも介さないに違いない。深窓の令嬢のわりに、随分と強く育ったものだ。いや、むしろだからこそ自分の価値観を確立したのだろうか。

 彼は狂いそうになるほどの想いに苦労しているようだが、そんなことより娘に誘惑されないよう気を付けたほうがいいと思う。そもそもレイモンドにあの子が嫌がることなどできるはずがない。もちろんしたら私が制裁する。それに、どうせ娘は全てを受け入れる。どんなに重くてもいやな顔なんて一つとしてしないだろう。そんなことがまだ分からないのか。精々学園を卒業するまでは頑張ってもらおう。

 それと彼は娘にベタ惚れだからうちの財産や土地はいらないと言ってくるかと思ったら

「クラリスを何不自由なく生活させるためにもらえるものはもらいます」

 はっきりと告げられた。あれには正直驚いた。これはもう、重くても構わない。娘が受け入れる以上、娘に待っているのはどう考えても幸せだ。娘のために貪欲になるなら応援しよう。


 そして今回、初めてレイモンド以外の人物のためにお願いされた。

 ワイズ領について詳しく調べてほしい、と。

 どうやら彼女の友人が関わっているようだ。学園に通ってから会話の中に頻繁に出て来るようになった名前。シーウェル伯爵が養子に取った平民の娘。

 ここまで親しくなるとは、レイモンドの悔しそうな顔が頭の中に浮かぶ。彼が許しているということは公爵令嬢という地位目当ての人間ではないということ。あの男は私よりも娘の友人に対する選定が厳しい……というより涙を呑んで自分以外と関わる数人を選んだはずだから、クリアできたならその女性も娘を大切に思う人なのだろう。娘からの願いを叶えない手はない。きっとこれを知ったらレイモンドは嫉妬するだろうな。その姿が見られないのが残念だ。

 領には娘が気になっている和菓子のお店があった。彼女は私に何も言っていないがこのお店は特に詳しく記しておこう。レイモンドが後で作りたがるからレシピもついでに書こう。

 友人と領主の息子である教師を婚約させたいらしい。私が保証人になればすぐ解決することなのに。レイモンドの独占欲も困ったものだ。

 旅行だって使用人もつけず二人きりで行きたがった。大丈夫だと思うが一応圧力をかけておく。私の大事な娘に結婚前に手を出したら分かっているよね?


「……カイル、君クラリスに何も言われていないのに何故そこまで分かるんだ?」

「顔を見ていたら考えていること分からない?」

「分かるか。特に君は全然分からない」

 親友が重い息を吐く。幼馴染なのにね。未だに心配させてしまっている。私も成長したと思うのだがまだまだである。もっと精進しなければ。

 レイモンドの独占欲の結果はどうなるだろう。何も波乱がないといいが。

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