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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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デート②

 私の突然の発言にレイが資料を見る。

「ん? クラリスがそこまで興味のあるお店があるなんて……ああ、これか」

 納得したように頷いてくれた。こくこく首を縦に振る私の頭を撫でてくる。

 書いてあったのは和菓子のお店だった。二階建てで畳のある部屋で食べることもできる。和菓子の名前だけ同じではない。きちんと商品の見た目も載っている。味に関しても書かれていて、何なら大福の作り方も書かれていた。

 ……お父様はどうやって調べたのかしら。そもそも他のお店はメニューと商品一つか二つくらいなのに、このお店だけとても詳しい。お父様、私が和菓子を気にしていることに気付いていた? うん、お父様ならあり得るわ。帰ったら改めてお礼をしなくちゃ。

「和菓子も言ってくれたね、お寿司と同じで前世の世界に似ているって。まあこのお店だけ他と比べて詳しい時点でお義父様がクラリスに食べさせたいってのは分かっていたよ。日持ちしないから花畑用の候補からは外していたけど、うん、ここは行くつもりだった。個室もあるし」

 個室ってそこまで重要要素なのね。

 正確にはそういう食べ物が日本にあったと覚えているだけでどういう味かは忘れてしまっている。それでもお寿司と同じく、いつか食べてみたいと思っていた。わくわくしながら資料を見つめる私を見るレイの瞳は優しい。

「気に入ったならレシピを調べて僕が練習して、屋敷内でも食べさせてあげるね」

 ……食べさせてもらうような大きさじゃないけれど、レイがそれに関して譲るとは思えないからいいや。

「ありがとう、いつか食べてみたいと思っていたの。まさかここで見つかるなんて。その……ちょっと遠いけどいい?」

 地図を見たらここからは意外と距離があった。レイはあっさり頷きにこりと笑う。

「もちろん。クラリスが行きたいところに行こう」

「ありがとうレイ! 大好き!」

「……今すぐレシピを調べて練習したい」

 レイ、和菓子に妬くの?


 馬車の移動中にメニューからあらかじめ注文するものを決めようとする。ああ、でもたくさんあって迷うわ。

 作り方が書かれてあるってことはお父様のお薦めということだから大福は食べたい。他にもおはぎとかみたらし団子とかお汁粉とか……ああ、わらび餅もいいわね。あんみつも美味しそう。金平糖はお土産にしよう。期待に胸が膨らむ。

「っ~~~~可愛い。クラリスがすごく可愛い。絶対作れるようになる。帰ったら猛練習しよう。クラリス、たくさん食べたいなら無理しなくていいんだよ。食べられなかったら僕が食べてあげるし魔法で保存すれば少しくらいは鮮度が保つし僕がいつか必ず作るから!」

 最後に力が入っていた。夕飯があるのだから無理をするつもりはない。大福の他にはもう一品で十分だ。

 そういえばリリーから和菓子について聞いたことはないけど、食べたことあるのかな? 金平糖をリリー用にも買っていこうかしら。

「…………クラリス」

 レイと目を合わせるともの言いたげな視線が送られる。リリーのことを考えたからだ。

「お土産を考えていたの。金平糖にしようと思って」

「うん、カラフルだからいいと思うよ。……どうやって作るのかな、これ」

 レイが作る気満々で考え込んでいる。洋菓子の作り方も知らない私には答えられない。でも大変だと思う。

 資料を閉じるとレイが首を傾げた。

「どうしたの?」

 何も言わずレイに抱きつく。妬かせたことを申し訳ないと思ったが、レイもレイで和菓子のことを考えてしまっている。お店には行くのだ、レイが言った通り馬車に乗っている間は彼のことを考えていちゃいちゃする時間にしよう。

 抱き返してくれたレイは私の気持ちに気付いてくれたのか満足そうに笑みを浮かべた。




 *   *   *




 お店の外観は特に和の感じはない。黒塗りの建物なので若干敷居が高いかもと考えるくらいだ。レイはそんなこと気にせずすたすたと私をエスコートして歩いて行く。鼻歌が出そうなほどご機嫌な理由は想像してください。

 店内に入り早速二階の個室に案内された。一階は普通のテーブル席だったが、ここは畳だ。独特の匂いと雰囲気である。靴は脱がなければならないらしい。

 片側に座ろうとしたらレイがひょいっと私を持ち上げた。そのまま胡坐をかいたレイの上に乗せられ、私が驚く間もなく後ろからお腹に手が回される。

 店員さんに奇異な物を見るような目で見られてしまい、注文がお決まりの頃お伺いしますと言うなり襖が閉められた。顔だけ後ろを向いてみる。

「あの、レイ?」

「畳って座りづらそうだしクラリスと離れるのいやだから」

 座布団は何のためにあるのだろう。しかし床なだけマシかもしれない。他のお店だったらイスの上にこれ? ふふふ、と楽しそうに笑い私の髪にキスしてくる。

「それで? 何にするか決めた?」

「え、ええ」

 大福と、それからお汁粉にした。三月にはちょうどいい。餅ではなく白玉みたいだし、あんこは同じだけど食べられると思う。他には、と言われたけどすでにチーズケーキを食べているのだからと首を横に振る。

 レイにはクラリスのお薦めで、と言われたため彼が好きそうなみたらし団子を選んだ。確か砂糖と醤油よね。

 メニューには抹茶もある。これ、オーウェンのお土産にしようかな。彼は紅茶ほどではないがコーヒーなど他の飲み物にも詳しいから喜ぶはずだ。

 注文を聞いてきた時も料理を持って来た時も同じような目で見つめられたがもう気にしないことにする。旅の恥は搔き捨てっていうものね。ううっ。

 品物を待っている間、少し畳を触ってみた。そういえばこんなものだった気がしないでもない。店員さんの格好は普通だったからこの空間だけ異様に感じる。それが新鮮で楽しい。ずっと周りをきょろきょろ見回していた。

 お互いのを分け合って食べる。当然食べさせられた。みたらし団子は三本ありレイは私に半分以上食べさせたがったけれど「レイに食べてほしくて薦めたのよ」と不満気に返せば喜んで食べてくれた。

 大福がとても美味しかった。お父様お薦めなだけあるわ。口の周りに粉がついてしまったのをレイに舐め取られるのはどうにかならないかしら。

 無理かな。無理だろうなあ、レイが気に入っちゃったから。

「うーん、こうなると他の物も食べてクラリスのお気に入り度を知っておきたいなあ。いくつかお土産で買っていい?」

 いくつか、という発言にほっとする。レイのことだから全商品と言いそうだった。実際それを少し考えたと小声でぼそりと言われた。

「レイは忙しいんだから本当にいいのよ? 私レイが作ってくれるスイーツ大好きだもの」

 王都に帰った後、ワイズ領のことでさらに忙しくなるに違いない。それを思って言ったのに「僕がしたいんだよ」と首を縦に振らなかった。


「え、これもレイが払うの?」

 会計時、財布を取り出そうとした私を制してレイがさっとお金を払ってしまう。リリー達が一緒にいる時はきちんと自分の分を払えていたのに。聞けばハミルトン先生に負担をかけないように遠慮したらしい。

 ……遠慮しないとレイが全額払うことになるの? おかしくない?

「ま、待って、私達まだ婚約者なのよ。そんな、レイだけに負担をかけるなんて失礼だわ」

「そうだよね、まだなんだよね。あーあ。せめて夫婦面させて」

 重い溜め息が聞こえる。確かに夫婦なら共有財産だけど、こんなことで……。しかしレイは譲らないだろう。感謝しつつお店を出たら彼の裾をくいっと引っ張る。

「あの、奢ってもらった分私にできることはないかしら?」

「いいのに。クラリスが幸せそうにしているのを見て満たされたよ。待っていて、必ず僕が作るからね!」

 むしろ負担をかけてる!? 馬車に乗ったら抱きしめられた。

「僕の重さを受け入れている時点でいいんだけどね。普通僕が作った物だけ食べてとか言われたら引くよ。追跡の魔法も何とも思ってないんだから」

 ……? ああ、リリーに言ったら引かれたわね。うーん、でも私本当にいやだなんて少しも感じないのよ。だからいいんじゃないの? レイの不安をなくさせたい、って傲慢なのかしら。

「幸せだなあ。クラリス、愛しているよ。あ、キスしてくれるのいいかも。はい!」

 言うなりいきなり目を瞑る。

 …………うん、まあ、できることって、言ったものね。言わずもがな唇なのよね、分かってるわ。


 レイが満足してこの後はどうするかと再度資料を見せられたが、悩んでいたことを告げてみた。

「レイ、あの、もうホテルに戻らない?」

「どうして? 疲れた?」

 心配そうに私の顔をうかがい頬に手を当ててくる。

「ううん。それは大丈夫よ。レイ、いちゃいちゃしたいでしょ? だったら室内のほうが良くない?」

「いいの?」

 あからさまに嬉しそうに笑みを浮かべる。やっぱりレイそっちが良かったんだ。

「うん。私も人目がないところでいっぱいいちゃいちゃしたいわ」

「…………空間魔法使って今すぐホテルの部屋に移動していい?」

 こことホテルの距離を考えて言っているのよね。でも窓からだとしても私は景色を楽しみたい。

 リリーがワイズ領に嫁いだところで私が再度ここに来られるか分からないのだから。

 そうやって伝えれば一応は納得してくれた。


 …………私が景色を楽しむことができたかどうかは秘密だ。

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