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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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来世の話(レイ視点)

 …………え?

 途中でクラリスの力が完全に抜けたのが分かって口を離してみるとぐったりと落ちていた。ものすごく焦ったが眠っているだけだと分かりほっとする。

 クラリスにとってみれば初めての遠出で、なおかつ一日中歩き回っている。回復魔法は足だけにするべきじゃなかった。

 ベッドに寝かせて毛布を被せる。上着は……季節柄暑すぎるということはないからいいかな。

 どうしよう。彼女の部屋の鍵をかけずに出て行くなんてあり得ない。かといって鍵をかけてしまうとクラリスが部屋から出られなくなる。それはそれで魅力的だが朝起きて鍵がなかったらクラリスが困るし、彼女の部屋に入れる鍵を持って一人悶々と一夜を過ごすよりはこちらにいるほうがまだ耐えられそうだ。欲望に負けている気がするけどそこは無視する、そもそもキスした時点で負けていた。

 自分はどうするかと考えたがこの季節、この地方で毛布のない中寝るのはさすがに無理だ。イシャーウッド公爵の笑顔が頭の中をよぎったものの絶対に手を出しませんと誓いを立てて彼女の隣に寝転がった。大きいベッドの部屋にして良かった。


 可愛い。クラリスは寝顔も可愛い。彼女の寝顔を見るなんて幼少期のお昼寝以来だ。彼女が横にいて眠れることはないが寝顔を見ているだけでもいい。昔も寝ずにガン見して父上に引かれた覚えがある。隣にいる、それが重要だ。彼女が風邪を引いたり怪我をしたりした時にただ自室で回復を祈ることしかできなかった惨めな自分よりよっぽどマシである。

 髪を梳くと気持ち良さそうに笑みを浮かべる。これくらいはいいだろうと頬にキスを送った。これ以上は止められなくなるからやめよう。

 よりにもよって寝込みを襲うなんて人として最低だ。イシャーウッド公爵にも思い切り釘を刺された。傷一つ付けないで無事に帰すと約束した。魔法で契約じゃない分信頼されているのだがなおさらその信頼を裏切った時が恐ろしい。「私は君を信頼しているからね」とゆったり足を組みながら発言された。思い出して背筋が凍る。

 気持ちは理解できる。僕とクラリスの間に子どもができたらそれは可愛いだろう。娘なんてもっと可愛い。彼女に似ていたらもう可愛すぎてしまい込みたくなるに違いない。そんな娘に結婚する前から手を出す輩が出てきたらぶち殺すに決まっている。そもそも自分が独占することを許せるかどうかが問題だ。


 明日は大丈夫だろうか。クラリスは慣れていないのにリリー・シーウェルのために頑張りそうだ。

 あんな女のためにそこまで頑張らなくても、と思うけど僕を入れてくれるなら少しは悪くない。

 本当に。自分のことでは全然おねだりしてくれないんだから。外に出たいとか他人と仲良くなりたいというお願いを聞けない僕が言うことじゃないのは分かっているけど。

 今日も最後まで楽しそうに歩いていた。あまり外に興味を持たせたくないが部屋で一人よりは僕の隣にいてくれたほうが僕も嬉しい。足に回復魔法をかけたものの明日は馬車をたくさん使おう。彼女のために稼いだお金なのだから彼女に使うのは当然のことだ。

 ついでにハミルトン先生とリリー・シーウェルに使ってやらないこともない。

 ハミルトン先生、か。植物学の最初の授業を思い出す。

 僕の彼女への想いの大きさにはまったく足りないが、ひまわりが正面を向いている方角には彼女の屋敷があった。植物に興味を持ったらクラリスが外に出たがってしまいそうなので彼女に聞かれるまで言わなかったけれど誕生日の時嬉しそうに受け取った彼女を思い出す。それだけで気分が高揚した。


 リリー・シーウェルに同情されるくらい自分の感情が不安に満ちていることはもうどうしようもない。

 僕には十年なんて到底考えられない。自分が知らないクラリスがいるなんて無理だ。今だって、彼女の視界は閉ざされていても僕の視界には彼女がいる。いいなこれ。ずっと眠っていられると彼女の綺麗な瞳が見えないから残念だが、僕のほうがたくさん思い出を残せるというのは満足だ。睡眠は大切なのだからクラリスにはよく寝てほしい。

 死ぬのも後がいい。クラリスを残すなんて死んでも死にきれない。自分がいなくなった後彼女が世間の目に晒されるなんて断る。最後の最後まで僕の腕の中にいてほしい。

 もちろん死んでも放さない。彼女の前世の世界の話は難しかったけれども一つ分かって良かったことがある。

 来世。

 とてもいい言葉だ。来世も来世の来世も。永遠に僕だけのものだ。今は確信できる。絶対前世でも一緒だった。僕が今これだけ幸せなのが前世で徳を積んだからだとすれば、クラリスのため以外にあるはずがない。前世の僕も彼女とずっと一緒になりたくて必死だったのだ。

 僕もまた来世でも一緒に、なんて思っているから不安が尽きることはないと思う。もういい。クラリスの笑顔さえ見られればなくなる程度の不安なんだと把握している。

 彼女の笑顔を見続けるために何事においても努力する。昔から変わらない僕の行動原理だ。


 しかし他の人間には見せたくない。

 やっぱり閉じ込めようかな。

 寝顔も記録したいが許可を得ずに使うのはどうかと思うので頭の中にしまい込む。本当は魔法が使えるならそれこそ彼女が産まれた時から二十四時間分欲しい。ただし彼女が僕以外と話しているところはいらないな、彼女の瞳が僕を見ているものがいい。やっぱり自室に鍵をかけて……。

 ダメだ、どれだけ考えても結論は同じになる。我慢しなくていいと言ってくれたのだ、鍵はともかく文句が出ない限り屋敷に閉じ込めてしまおう。

 すでに僕がクラリスを溺愛、束縛していることは噂になっているし、殿下の成人のパーティーにも簡単な挨拶だけで退出することができた。不都合はないはずだ。

 ……この僕がヤンデレじゃないとしたらどういう人物が該当するんだ。本当、あんなに度量が広く育ってくれてよかった。


 クラリスと旅行なんて初めてだし、使用人を外して二人きりのチャンスなんてもう二度とないに違いない。最高だ。何人か他にいるのは置いておく。

 リリー・シーウェルのためにクラリスがワイズ領と関わりを持つなんて僕には容認できない。必ず独立させる方法で裕福にしてみせる。彼女がハミルトン先生と結ばれて王都から離れれば万々歳だ。

 帰ったら観光課の人間を始末しよう。あいつらが真面目に働いていたらクラリスがこんなに疲労することはなかった。

 本当は、食べ物だけじゃなくて結婚も関係ない。クラリスが父親に頼めばいいだけ。イシャーウッド公爵のお墨付きの婚姻に誰が文句を言うのか。クラリスのお願いをお義父様が断るわけがない。

 ゲームはクラリスをお助けキャラクターにした点だけは評価できる。彼女の友人のリリー・シーウェルを敵視するなんて愚かな行為だ。唯一リオンに関するくだらない乙女心だけは看過できなかったようだが、今はいいはず。何せ僕とお義父様で徹底的にオーデッツ伯爵を見せしめにして潰したのだから。

 僕のクラリスを少しでも敵視したのだから報いは受けてもらう。もし彼女に手を上げていたら社会的な制裁だけでは済まさなかったのでそこはマシか。

 仕方がないとはいえ、僕はお義父様に比べるとまだまだだ。もっと成長してクラリスを守れる力を手に入れよう。


 旅行中食べさせることができないのは残念だ。二、三日会えない日もまだあるのに随分とわがままになったと自分でも思う。食事は何年もかかって難しいけれど紅茶はどうかな。オーウェンに教えを乞う時間はあるだろうか。なくても作ろう。彼はロングハースト家に来てくれないのだからクラリスが紅茶に不満を残さないよう精進しよう。


 魔具はもう仕方がない。クラリスが楽しみにしている以上僕が何か言ったらがっかりしてしまう。僕と一緒でないなら旅行には行かないと言ってくれたしそれでいい。後は屋敷にプロテクトの魔法を目一杯かけるだけ。


 僕頑張るからね。君のために努力し続けるよ。だからずっと、世界が変わっても僕の傍で笑っていて。

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