誕生日③
「あ、後ね、リリーを好きになったのはゲーム関連だけじゃなくて……」
「知っているよ、一目惚れでしょ」
さらっと言われた。顔を上げてぱちぱちと瞬きする私をレイはじっと見つめてくる。
「……レイ、気付いてたの?」
「当たり前でしょ、君のことだよ」
顔をまじまじと見つめる。面白くはなさそうだけど、心配していたほど怒ってるようには見えない。
「怒らないの?」
「すごくムカつく。でも僕が彼女にきつく当たるの、クラリスはいやでしょ?」
「……うん。いや」
こくりと頷いた。リリーが悲しい思いをするのはいや。それが私のせいだなんて申し訳ない。原因がレイ、というのはもっといや。不安になってレイを見つめる私を慰めるように頭を撫でて頬にキスされる。
「大丈夫、彼女には何もしないよ。自分でも嫉妬深すぎるって気付いているんだ。クラリスの笑顔が見られるなら我慢する」
「ありがとう、レイ」
首に手を回し、レイの唇に自分のを合わせる。いつもよりも長く重ねる。唇を離しても顔は近付けたまま、額を合わせて鼻先をくっつける。
「大好き。私、貴方を好きになって本当に良かった」
ちゅ、ちゅ、と嬉しい気持ちそのままに両頬にも口づけを送るとぎゅっと抱きついた。レイの腕がすぐ私の腰に回される。
「……っ、うん、我慢すればこういうことしてくれるんだから攻撃なんて絶対にしないよ」
リリーのことはいくらレイでも譲れない。嫉妬深いのに許してくれるレイには感謝だ。我慢させてしまうのは申し訳ないけど、これだけは。かわりのことは何でも受け入れよう。
そういう気持ちでレイの顔を見つめればそれに気付いたレイがそっと笑みを浮かべる。近付いてくる気配にそっと目を閉じた。
「んっ……」
唇を甘噛みされて、角度を変えて何度も食まれる。私も見よう見まねでレイに応えてみれば強く吸い付かれた。唇に舌が這わされて、強く押し当てられる。なんだか我慢ならずに舌を出してレイの唇をつついてみると舌を吸われた。食べられているみたいだ。戸惑っている間にレイの舌が私の口の中に入ってくる。後はもう濃厚になっていく動きに翻弄されるだけ。あう、これも上手に応えられるといいのに。
「ん、くっ……」
互いの混ざり合った唾液を飲み込む。舐め回されるのも舌を絡ませるのも嫌いじゃないけど、吸い付かれると一番背筋がぞぞっとした。薄く目を開けてみても焦点が合わない。レイに熱の籠もった瞳で見つめられるのは、ぞくぞくとするけどいやだとは思わない。体が熱くなる。ん……なんだか……。
「ぁっ……」
レイの唇が離れて顔中に降り注ぐ。ぽーっとしてしまう。私の口の端からこぼれた唾液もじゅっと吸われた。レイ、わざと音を立てている。
……もう一回唇を合わせてほしいな、と見つめているとレイの頭が移動した。
「きゃっ!」
驚きで声が出る。ちゅ、とキスされたのは首にだった。え、く、首にもキスってするものなの?
そのまま唇でなぞるように往復される。全身で身震いしてしまった。寒くもないし怖くもないんだけど、こ、この場合私ってどうしていればいいの。
「レ、レイ?」
「ん、大丈夫。まだ跡はつけないよ」
まだ……? とりあえず名前を呼んでみたところそんなことを言われた。跡、って何だろう。
「えっと……」
「ストップ。その先は言わないで」
「え?」
「言ったら止まらなくなるから」
分からないけど、まだということは将来その予定があるのよね? レイがしたいなら、今跡をつけてもらっても構わないのに。
止まらないのはダメなの? やっぱりレイってたくさん我慢してるのね。
「……何だろう、今僕顔を上げたらダメな気がする。クラリスの表情を見たら何かが飛びそう」
飛ぶ? 何が? それもダメなこと?
レイは私をぎゅっと抱きしめそのまま首に顔を埋めている。空気的には私が何かを言ったらいけなさそうだ。
私からも首にキスしたいって言ったらレイは嫌がるかしら。
私の体の熱も冷めるくらい長い時間が経過してから、やっとレイの腕の力が弱まった。顔を上げたレイと最後にちゅっと軽くキスを交わす。
えーと、後私から言うことは……あ、そうだ。
「ねえ、レイ。レイの誕生日には何か欲しいものある?」
私の誕生日が三月前半、レイの誕生日は四月の後半なので約二か月の期間がある。さすがに指輪みたいにオーダーメイドは考えていないけど、準備期間としては十分な時間だ。
レイは私の髪を梳きつつ、少し考えるように視線を落としていたがやがて決意したように視線を合わせてくる。
「ねえクラリス。うちに泊まりに来ない?」
「え?」
「十二時になったら君からのお祝いの言葉が聞きたい。誰よりも最初に祝ってほしい」
レイの家に泊まるなんて、初めてだ。確かに、私もレイも誕生日のお祝いの言葉を言えるのは早くてもその日の午前だった。当日に言えなかったこともある。その日に会えなくてレイがすごく悔しそうな顔をしていたことを思い出す。
「ちょっと夜更かしすることになるけど」
あ、そっか。私日付が変わるまで起きていたことはないや。
初めての夜更かしか。なんだか楽しみ。
レイの誕生日も平日だけど、成人したんだから一日くらい大丈夫よね。
「私はいいわよ。がんばって起きてるわね」
「うん。ああ、もちろん部屋は別々にするよ。クラリスの身の安全のためというよりかは、僕の理性のために」
身の安全? イシャーウッド家のほうが屋敷のプロテクトをしているけど、ロングハースト家もいろいろ魔法を使ってるわよね。私に何か危険なことは起きないと思う。
「大丈夫よ。ロングハースト家のことは信頼しているわ」
「…………うん、ありがとう」
レイは何か言いたそうにしていたがやめたようだ。私の答え間違っていたのかしら。
「楽しみにしてるわね。レイと夜も一緒なんて初めて」
「僕も楽しみだよ。退屈させないようにいろいろ考えるね。……両親も使用人も喜びそうだ。クラリスを連れて来いって本当にうるさいんだよ。結婚するまで我慢してほしいのにあの両親め」
レイの両親って、そういえば最近会ってないなあ。お父様の親友のロングハースト公爵とその奥さん。二人とも外出していることが多い。仕事で忙しいらしい。夫人も商売をしているのだ。
「二人に会えるのも楽しみ。後ヴォルクさん達にも」
「ん?」
あ、間違えた。レイの笑顔が怖い。和らいでほしくて頬にキスを送ったら再度左手を絡めて抱きしめられた。
「本当は週末なら一番良かったんだけどね。僕の屋敷から学園に行くことになるから結構大変かも」
「大丈夫よ。レイの誕生日を祝うためだもの、大変じゃないわ」
私が笑うとレイの笑顔も柔らかくなった。でもお祝いの言葉だけじゃダメよね。他に何かないかしら。
「他? んー、じゃあ手作りの物をちょうだい。編み物がいいかな。クラリスが僕を想いながら作ってくれるとかわくわくするし」
編み物? これから春になるのに? 尋ねたら毎年使うから大丈夫だよ、と言われてしまった。うん、まあそこは心配していない。レイは私からのプレゼントを本当にいつも使ってくれているから。
「青いマフラーとかいいよね。リクエストしていい?」
ええ、もちろんと頭を縦に振る。レイがじっと私の瞳を見つめてきた。……瑠璃色の毛糸を使ってほしいってことね。
「分かったわ」
「ふふ、ありがとう。すごく楽しみだよ」
ぎゅーっと抱きしめられて頭にキスされる。うん、頑張ろう。
「ああそうだ。ねえクラリス、生まれる前が前世なら死んだ後は何て言うの?」
「えーと、確か来世、かな」
何故そんなことを? 急に聞かれた言葉に首をひねるとレイは蕩けるような笑みで私を見つめてきた。左手をきゅっと握られる。
「そう。じゃあ僕は来世も君と一緒になれるようがんばるよ」
「来世、も?」
それはどうすればいいんだろう。でもそうなるといいな。女神様にお祈りしよう。
「ええ、私もがんばるわ」
「ありがとう。前世も一緒が良かったな。記憶にないだけで一緒だったかもしれないね」
「そうなの? それだったら覚えていたかったわ」
そうだとしたら残念だ。レイはきっとあの世界でもかっこよかったに違いない。名前も外見も、もしかしたら性格も違うだろうからもし記憶があったとしても分からないと思うけど、私の傍にいてくれたかな。
私を抱きしめているレイの体が揺れ動く。
「クラリスの誕生日なのに僕がいっぱい喜んでいる」
「レイが喜んでくれたら私も嬉しいわ」
「うん。クラリスが嬉しいなら僕も幸せだよ」
右手で顎を持たれて口を塞がれる。
ああ、やっと言えて良かった。それもすぐ信じてくれて良かった。
私が幸せなように、リリーも幸せなままでいてほしい。私頑張るわね。