誕生日②
「そんなことない! 疑ったことなんて、一度もないわ。ただ、リリーがレイを好きになったらどうしようって思ってた。ゲームの内容は最低だったけどレイはこんなに魅力的な男性だし、女性なら誰だって好きになっても不思議じゃないもの。でも誰にも取られたくなくて……親友なのに、リリーに嫉妬することもあった。……ごめんなさい」
こんな醜い気持ちを知られたくなくて俯いているとぽんと優しく頭に手を置かれた。そのまま柔らかく撫でられる。
「どうして謝るの? 僕には嬉しいことしか言ってもらってないよ」
穏やかな口調に勇気をもらって恐る恐る顔を上げれば、声色と同じような表情があった。ほっとするとレイの顔が私を安心させるようにさらに柔らかくなる。
「大丈夫だよ、僕がこれだけ愛して優しくして甘やかすのは君だけだから。他の女性には怖いと思われているの知らない?」
そういえばリリーが言ってたような。
「怖いかは分からないけど、レイは外見だけでもすごくかっこいいし、好きになる人がいないわけがないわ」
「うーん、欲目が激しいな。嬉しいからいいけど。ま、例え僕のことを好きだという命知らずがいても僕の心はまったく動かないね。ずっと君が好きなんだ、もうすぐ君との結婚という悲願が叶うのに、他の女なんかどうでもいいよ」
命知らず……? レイは自分を好きになった人にも厳しいの?
「全員だよ。君以外の女なんて僕に触れてほしくない。不機嫌になって近付くなって警告しているのにそれでも近付いてくるならそれ相応の覚悟をしてもらわないと」
レイが怖がられている一端が見えた気がする。そしてこれを聞いて嬉しいと思ってしまう私って。
レイは左手を絡ませたままぎゅっと私を抱きしめた。
「君がヒロイン役でないというのは良かったかな。別世界の話とはいえ、君が僕以外を好きになって結ばれるとか、殺意が湧くからね。もしそうなったら他の男どもを始末するよ」
「ヤンデレルートのあるゲームじゃなかったと思うんだけど……」
「ヤンデレ?」
あ、これは言ってなかったっけ。私もあまり詳しいわけではないが説明する。
「えーと、レイは違うけど、確か病むほど相手のことが好きで、相手のことを何でも知らないと気が済まなくて、束縛が強くて、二人の仲を邪魔する人は殺す! ってくらい強い想いを持っている人のこと」
「……クラリスは、そこまで言って僕がヤンデレじゃないと思うの?」
レイに何故か呆れるような視線を投げかけられた。どうして?
「だってレイ、いろいろ我慢してるじゃない。誰も殺さないでしょ?」
「そりゃあ身体的にはね」
犯罪者になるわけにはいかないから、と追加する。……何か怖い顔をしているけど置いておこう。私とレイの仲を邪魔する人なんていないんだから。
「ヤンデレは相手が嫌がってるのに凶行に走る人だから、私達には関係ないでしょ? それに大丈夫。もしレイがヤンデレになっても私が元に戻すもの。レイがひどいことをすることはないわ。万が一ひどいことをしたら一緒に逃げましょう。置いていかないでね?」
レイと一緒ならどこへだって構わない。そりゃあ両親に会えないのは寂しいし今はリリーの恋の応援をしたいけど、レイがヤンデレになったとしても私の気持ちは変わらない。左手に力を込めればさらに強い力で返される。
「本当、強いね。僕がヤンデレにならないのはクラリスのおかげということか。……ずっと僕の傍にいてね。君さえ傍にいて、僕を受け入れてくれるなら僕は狂わずに済むよ。僕以外の誰も好きにならないで」
「私がレイ以外を好きになるなんてないと思うわ」
「……どうかな。僕結構ひどいことをしているから。君は本来ならもっとたくさんの選択肢があったはずだよ」
「それで? 今更仮定の話をするの? もしそうだとしても私はレイを選ぶわよ」
ひどいことなんてされた記憶はない。私はレイに守られていただけだ。そう言ったのにいつまでも悪いことのように言うんだから。
レイは申し訳なさそうな顔をする、私はあまりその顔は好きじゃない。レイが悲しい時は私も悲しい。空いている右手でレイの頬を撫でれば少しだけ口元を緩めてくれた。
「レイはもし昔に戻ったとして、そのひどいことをしないの? するの?」
「する。むしろ分かっているならもっとひどくする」
あれ。何だ、即答するくらいレイの気持ちは固まってるんじゃない。今のレイの顔は決意に満ちている。
「じゃあ後悔しても意味ないじゃない。それに私はひどいと思ってないんだから、この話は終わりにしましょう」
「まったく、君という人は……ありがとう」
レイは鼻にちゅっとキスしてきた。
平日なのにレイはわざわざ誕生日のためのスイーツを作って持って来てくれた。この世界でもいちごのショートケーキは誕生日の定番である。歌ったりろうそくを吹き消したりすることはないけど。
「改めて。15歳の誕生日おめでとう、クラリス」
「ありがとう」
抱きしめられたままいつも通り食べさせてくれた。ん、生クリームがすごく軽い。ふわふわで美味しい。チョコで作られたメッセージプレートもほどよい甘さだった。レイの綺麗な字が消えてしまうのは惜しかったけどきちんと魔法を使って記録しておいたからいい。
レイがスイーツを持って来てくれるようになってから毎年彼が私の誕生日ケーキを作ることになっている。でもなんだか……年々豪華になってない? 生クリームで作られていた薔薇は魔法を使っていないらしい。どうやったの、と聞いたらただ回すだけだよと答えられた。よく分からない。
「バレンタインデーの時に言った以上僕はちゃんと技術でできることをクラリスに見せたかったんだ。ちょっとクリーム多めになってしまったから飽きないように配合が違うのをいろいろ使っているよ」
……私のためにここまでしてくれるレイ以外の人を私がどうやって好きになるというんだろう。レイ以上の人なんてこの世にいないわよ。
「ところで、僕は最低なルートだったんだよね? 誰のが一番好きだったの? 覚えてる?」
「私? 私はディーン様のルートが好きだったかな」
何気なく聞かれたので答えて顔を上げたら悲鳴を上げそうになった。
「へえ」
笑っているけど笑ってない。周りの空気が数度下がるのを肌で感じる。温めるように背中や腕を撫でてくれたがそれをするくらいならこの空気をどうにかしてほしい。聞いたのはレイなのに理不尽だと思わないでもないけどそれを口にする勇気はない。
「ふーん。ディーンね。ディーンか…………あいつ」
どうしてやろう、と不穏な声が聞こえて慌てて声を出す。
「ディーン様のルートだとレイモンドとクラリスのラブラブっぷりがいっぱいあるのよ!」
それで好きだったわけではないがいくらか機嫌を直したようでほっとする。
「好きだったのはヒロインとディーン様の恋愛模様で相手は私じゃないし、私はデフォルト名でゲームしてたし、主人公に感情移入するタイプじゃなかったから!」
リリーはハミルトン先生が好きなんだからちょっと失礼だけど、レイの怒りを解くのが先だ。畳みかけるように言えばレイの顔が苦笑に変わった。
「分かったよ。聞いたのは僕だし、八つ当たりはしないよ」
するつもりだったの? 聞いたら一瞬目を逸らされた。レイ、親友なのよね?
私とリリーの関係とは違うような。男性と女性の差かしら?
お父様とレイのお父様も親友同士だけど、お父様は兄のように尊敬していると言っていた。……それにしてはよく怒られている姿を目にしていた気が……ああ、そういえばディーンもレイによく怒ってるわ。呆れているともいう。男性の親友って難しいのね。
ケーキを食べ終えたらぎゅううううーっと強く抱きしめられた。
「な、何?」
「そんなゲームなんかより、現実の僕達のほうがもっとラブラブだって証明したくなって」
「誰に?」
「んー、僕の気持ちが変わるなんてふざけたことを考えた奴らに、かな」
私もレイの背中に腕を回す。製作者のことなんてまったく覚えていないけど、確かに、レイモンドルートを作ったのだけは文句を言いたいわ。レイがそんなことをするはずがない、って。
「そうよね、失礼よね」
「――本当だよ」
抱き合っていた私には、レイの怖い顔は見えなかった。