誕生日①
このゲームのゴールの時期はキャラによるがハッピーエンドがプロポーズで終わるのはどれも一緒。レイモンドやディーンの時は彼の卒業時、ハミルトン先生の場合はヒロインの卒業時、リオンはリオンの卒業時まで時間が飛ぶ。王子ノアは告白とプロポーズが一緒だから二年の夏休み、ブラッドリーは王子に認められてからなので一年の終業式。
さすがに現実で時間が飛ぶことはないため、私達は卒業するまで後二年間を過ごさないといけない。
リリーの懸念は分かる。実質問題よね、リリーはもう伯爵令嬢だもの。魔法の実力からしても、滅多なところには嫁がせられない。相手は10も上で、決して裕福ではない田舎の男爵家。ストーリー的にはいいけど将来的にはどうなの、という声もあった。だからこそ結婚するなら王子の側近で侯爵家のブラッドリーが一番になるわけだし。ゲームは恋人になってやっと婚約できるというところで終わる。
ということはゲームでは婚約の条件をクリアしていたということ? うー、私が思い出せないのか描写がなかったのかどっちかしら。
リリーの幸せは守りたい。
私はお助けキャラクターなんだもの。よし。公爵令嬢という立場、存分に使わせてもらうわ!
リリーには安心するように言って、私は屋敷に帰って早速手紙を書いた。ナタリー先生の時はレイに助けてもらったけど、さすがにこれを頼むのはこの人がいい。お目当ての人の帰宅に真っ先に玄関へ向かう。
「――お父様、お帰りなさい。実は、お願いがあります」
* * *
「クラリス、はい。誕生日おめでとう」
「ありがとう」
レイからもらった花束はひまわりと青いカーネーションだった。生物の植物学、最初の実習。私が話したことを覚えてくれていたらしい。基本的に王都なら温度管理をしているため特定の季節しか咲かない花も年中買うことができる。ひまわりの花言葉を思い出して幸せに浸る。
私の誕生日は平日だけど、レイは放課後すぐに私の屋敷に来てくれた。
「後二回祝えばロングハースト家に来てくれる。楽しみにしてるよ」
「うん、私も楽しみよ」
メイドが前もって用意してくれた花瓶に花を移し替える。レイはソファーの私の隣に座って手を出すように促してきた。レイに近いほうの右手を出したら笑いながら首を横に振られる。
「ふふ、違うよ。言ったのはクラリスでしょ。はい、左手の薬指」
恭しく左手を持たれて、そっと薬指に指輪を通された。
金環でラピスラズリとレッドコーラルの指輪が混じり合うように埋め込まれた円の中に収まっている。それぞれが勾玉みたいな形だ。太極図、だったっけ。ルビーやサファイアなど有名な宝石より私達の瞳の色によく似た物を選んでくれたことが嬉しい。
……周りにダイヤがはめられているのは何故だ。金細工もかなり精密だ。いくらしたのこれ。
「クラリスの成人の誕生日だから奮発しちゃった」
レイは満面の笑みを浮かべていた。私の心の平穏のためには金額を知らないほうがいいと思う。
「ありがとう、レイ。すごく素敵」
「お揃いだよ」
はい、と私のより大きい指輪を渡されるとレイの左手が目の前に来る。
レイったら。指輪の交換なんて、日本の世界の話は知らないはずなのに。
レイの左手の薬指に指輪を通す。レイの顔に抑えきれないと言わんばかりの笑みが広がる。
「いいね、これ。今まではクラリスに赤や黒の物を身に付けてほしかったけど僕の周りに青があるのも最高だよ。王城で君が傍にいない時もこれを見れば少しは我慢できそうだ」
愛しそうに指輪に口づけし、私にもキスを送ってくれた。
ああ、そうだ。二年間を過ごすのはリリーとハミルトン先生だけじゃなくて私とレイもだ。
レイは三月が過ぎれば学園を卒業してしまう。卒業したらもうお昼には会えなくなる。一年前と同じだけど、こんなに会える日々が日常になっていたのに私は耐えられるかしら。
これからレイは本格的に公爵家を継ぐ準備をする。それは私のためでもある。だから我慢しないと。
「後たった二年の辛抱だよ」
私の不安が分かったようで頭を撫でながら優しい声色で囁く。
「長い……」
「今までを考えると僕には短く感じるけどね。嘆くより、残り二年の恋人期間を楽しもう?」
そう言ってくれるレイが好き。うん、と頷いて自分からも唇を重ねた。レイの首に腕を回すようにすればレイも私の背中と膝裏に腕を回し、私を持ち上げて膝の上に乗せてくれる。
左手を絡ませてレイはす、と目を細めた。
「さ、クラリス。これの理由を話してくれると言ったよね? 僕すごく楽しみに待っていたんだよ」
「う、うん。でも、あの、その前にいろいろ話したいことがあるんだけど、いい?」
「もちろん。それこそずっと待ち望んでいたよ」
レイの右手が私の頬を撫でる。一度深呼吸して、意を決して口を開いた。
「あ、あのね……私、前世の記憶があるの」
「前世? って何?」
あ、そこからか。
「えーと、生まれる前に別の世界で過ごした記憶があるってこと」
そこからは、自身のことは覚えてないけど日本、地球という世界は覚えていること、特にゲームの内容を覚えていること、そしてそのゲームが今の世界に酷似していることを私の記憶の限り詳細に話した。時折レイが質問してくれるおかげで頭の中が整理できたと思う。私の曖昧な記憶にもレイは真剣に耳を傾けてくれた。
リリーがヒロイン役で私がお助けキャラクターの役割を担っていると告げたら「ああ、なるほどだからか」と納得したように呟いて頷く。レイモンドルートがあると話したらとてもびっくりされたが、私を安心させるように頭を撫で続けてくれた。
「と……いう、ことなの。私も記憶がぼんやりしているから違うこともあるかもしれないけど」
「大丈夫だよ。ありがとう、話してくれて」
「信じてくれる?」
「もちろん。クラリスが冗談でこんなことを言う子じゃないってことは分かっているからね」
「ありがとう。あのね、これもなの」
指輪がどうして欲しかったのか、その理由も話した。レイの顔が明るくなる。
「婚約指輪と結婚指輪? いいねそれ。じゃあ結婚指輪も用意しなくちゃ」
「え? これがそうじゃないの?」
「なんで? 結婚していないしこれは誕生日プレゼントだよ。僕達の結婚は卒業後だから。これに合う物にしよう。ふふ、オーダーメイドでお揃いが増えるね。楽しみだ。用意する時間はたっぷりあるものね」
婚約指輪は給料三か月分とか言わなくてよかった、のかしら? 私レイの給料なんて知らないわ。
レイは今度はどのくらいの物を用意するつもりだろう。次は二年後。怖さしか感じない。もうこれがあるのだし。
「あの。結婚指輪はシンプルなほうがいいらしいわよ」
「そうなの? じゃあ品質に拘るしかないか」
レイは顎に手を当てどこがいいかと何かぶつぶつ呟いている。あれ、私間違えた?
考え終えると私をぎゅっと抱きしめて頬に唇が押し当てられる。
「言ってくれてありがとう、クラリス。ずっと聞きたかった。でも確かに話しづらいことだね」
「うん。レイ以外には絶対話せないわ」
「じゃあ二人だけの秘密だね」
頬を挟まれて嬉しそうに笑ってちゅっとキスされる。
「ふふ、こんなに二人だけのことがあるなんて嬉しいよ。もうハミルトン先生のルートの話は終わったの?」
「と、思う。後は二年後の卒業式にゲームの時間が飛ぶはずだから」
「便利だねそれ。さすがに時間を越える魔法や魔具はないものね」
だけど、今のままだとゲームではハッピーエンドでも現実では違うことになる。とりあえずお父様にお願いした結果を待つとして……と考えていると、レイが私をじっと見つめてきた。
「ただ一つだけ。いい?」
何、とレイの顔を見つめる。声色は優しかったが、レイの瞳は笑っていなかった。
「…………まさかと思うけど、今まで、僕の気持ちを疑っていた?」