君が傍にいれば(レイ視点)
クラリスからテレパシーなんて珍しい。うきうきしながら受け取ったのに内容を聞いて思わず教室のイスから立ち上がった。
僕とのお昼をキャンセルしてリリー・シーウェルと二人で過ごす? しかも周りに人がいないよう食堂じゃなくて庭園で?
クラリスはいつもお弁当だからそれでいいが、僕は今日お弁当を持って来ていない。
理由を詳しく聞けばあの女とハミルトン先生の間に何かあったらしく、それで相談に乗ってほしいと言われたとか。
あの物体め。どこまで僕とクラリスの邪魔をするんだ。彼女に甘えすぎだ、自立しろ。クラリスもどうしてあの物体を優先するの。僕以外には優しくしなくていいのに。あんな物体に一体何の価値があるというんだ。
ぎり、と奥歯を噛みしめる。恐らくクラリスには見せられない顔をしている。僕の周りの空気を感じ取って教室から人が出て行く気配がするがそのままどっか行け、君達もあの女も全てが邪魔だ。ああ、世界に僕とクラリス二人だけならいいのに。
…………冷静になれ。
あの女に当たるとクラリスが悲しむ。だったらハミルトン先生か。教師と学生がなんだ、卒業したらそんなものどうでもいいだろう。後たった二年だぞ。しかし今当たって本当にあの二人が上手くいかなかったらそれこそ最悪だ。僕とクラリスの二人きりの時間が今よりも少なくなってしまう。
「あぁ? 何だこの空気。てめえ何があったんだよ?」
たった今教室にやってきたディーンが僕以外人がいない教室をざっと見回して片眉をつり上げる。……こいつになら八つ当たりしてもいいかと一瞬思ったがやめよう。学園内では暴力禁止だ。
クラリスとのテレパシーはもう切ってある。これから授業があるのだから彼女の魔力をあまり消費させるわけにはいかない。本音では声だけでも聞いていたかった。
大きな息を吐いてどかっと荒々しくイスに座る。礼儀? そんなの気にしている余裕はない。隣の男以外誰も見ていないんだ。
「不機嫌だなあ。何だよ、またあの女か? 今日は二人きりでお昼だろ?」
「……そのお昼がなくなった」
「げ」
ディーンの顔が引きつる。そっと机を遠くに移動させられた。失礼だが行動としては間違っていない。
「うわあ、あの女何したんだよ。あいつならこいつをご機嫌にするのなんてチョロいだろうに……あ、不機嫌にするのも容易いのか」
何やらぶつぶつ呟いている。心の声にしてくれないかな、うざったい。
放課後すぐイシャーウッド家に行こう。約束したのだからクラリスだっていつもより早めに帰ってくるはずだ。それまで今日は会えないのか。
いらいらして腕を組みながら足で床を叩く。後何時間だ。長い。
思った通り授業は散々だった。まず僕の放つ空気にいつも以上に周りが萎縮しびくびくと震えている。残念ながらそれをどうにかしようという気は起きない。ディーンは関わらないことを早々に決めたらしく視線が僕に来ない。それが正しいのに、よりにもよって一人の男性教師が僕を見ながら言ってはいけないことを口にした。
「クラリスさんと何かあったのか?」
――僕以外の男が彼女を名前で呼ぶな!
ぎろりと睨みつければ「ひっ」という悲鳴とともにさっと顔を逸らされる。顔が青ざめているが舌打ちしたいくらいだ。
「おいてめえ、教師だぞ。いい加減にしろよ」
隣のディーンに指摘されて舌打ちするのを堪える。……さっきのは完全な八つ当たりだ。教師が名前で呼ぶことは法律で決められている。僕が悪い。
こういうことをしている自分はクラリスに相応しくない。だからといって彼女が傍にいないのに機嫌が直るはずもない。
それでも授業後すみませんでしたと謝りに行った。先生は首を横に振ってくれて
「何かあったら相談に乗るぞ」
とまで言ってくれたが僕の機嫌を直せるのは彼女だけだ。だから僕の傍には彼女がいないといけないのに。クラリスは僕がどれだけ彼女なしではダメなのか分かっていない。分からないままでいい。今は受け入れてくれている。けれどそれは彼女が鈍感だからだ。ここまで重さがあると分かっても受け入れてくれるだろうか。
冬休みは幸せだったのに。誕生日の約束をしたのに。クラリス。僕はお昼がなくなっただけでこうなるんだよ。
――誕生日。クラリスは多分、ずっと秘密にしていたことをその日に話すつもりでいる。リリー・シーウェルに甘いのは絶対そのせいだし、関連性が分からないが指輪のこともそれで言ったと思う。早くその日になってほしい。僕はクラリスの全てが知りたい。
結婚したら部屋には外側からしか開けられない鍵をつけようか、二十四時間監視しようか、と物騒なことばかりが頭の中に浮かんでくる。
早くクラリスに会わなければ。昔は一か月会わないのも普通だったが今はもうこの数時間でも限界だ。後でいちゃいちゃが待っていないと我慢できない。
本当、昔の僕は我慢強かったものだ。前日に訪問の手紙を出さなければ会いに行くことができなかった上彼女が風邪の時は全然会えなかったのだから。
……いや、あまり変わっていないか。当時は能力も権利もなく、片想いだから嫌がられないように必死だっただけだ。
両想いになった途端病気になったら会いに行ったことを思い出す。あれは今思い出しても自分がしたことは最低だった。
イシャーウッド公爵が笑ったことには腹が立ったが公爵夫人にこってり絞られたと後でクラリスから聞いたのでいい。それとクラリスの「お父様最低」が効いた。僕があんなことを言われたらショックで寝込む。クラリスは自身が悪くないのに謝ってくれて、その後は僕に会えて嬉しいと表情を緩めてくれた。今すぐあの笑顔が見たい。
僕はよく彼に似ていると言われる。好きな女性に弱いところは似ていると思う。
「どうして私の息子がカイルの悪いところに似るんだ?」
と父上には度々嘆かれている。僕が知るわけがないけど、娘は父親に似た人を好きになるというから例え悪いところであってもお義父様に似ているというのは悪くない。
* * *
やっぱりクラリスに会うのは段違いだ。
何故僕が先にいるのかと目をぱちくりさせる不思議そうな表情も可愛い。「おかえり」と告げたら「ただいま」と応えてくれた。ああ、いいなこのやりとり。
早く抱きしめたい。玄関先で抱き上げたら恥ずかしがると思うので腕を引っ張る。腰を引き寄せてエスコートする余裕はない。力はもちろん込めていない。僕がクラリスにひどいことなんてできるわけがない。
周りもそれを承知してくれているのか「お帰りなさいませ」といつものように挨拶してきた。
いくらなんでもいつも通りすぎて拍子抜けする。誰も僕を疑っていない。しかしこの穏やかさが僕の怒りを鎮めることに一役買っているから、イシャーウッド家の使用人はすごい。
クラリスも相変わらず素直に受け入れてくれた。ごめんと謝罪されたが彼女は何も悪くない。彼女に八つ当たりは死んでもあり得ない。そんなことをしたら僕は僕を殴り倒す。
長いキスの間も一切拒否しない彼女に安堵して怒りが霧散する。これ以上は窒息してしまいそうなので唇を離した。漂う彼女の色香にくらりと来るが我慢だ。
今は我慢ばかりだけど、結婚したら全部解き放とう。
その時までに、どんなことがあっても彼女は離れないという自信がついているといい。
こんなに受け入れてくれている彼女を目の前にすると疑うことに罪悪感が生まれる。彼女は鈍感だけど僕への愛情は確かなものなのに。
クラリスが受け入れられないなら僕の重さを受け入れられる人間なんていないくらい度量が広いと理解している。もちろん僕が想いを寄せるのは彼女だけだが、本当に、僕のために生まれてきてくれたのかと錯覚してしまいそうだ。僕はどれほど恵まれているのだろう。
その後もちゅ、ちゅと何回もキスをする。明日も学園があるから唇が腫れたら恥ずかしがると分かっていてもいっぱいしたい。彼女とのキスは気持ちいい。んっ、と鼻に抜ける声がエロい。結婚する時はどう成長しているのか楽しみだ。
綺麗になるに違いないが内面はともかく外見くらい僕以外から見向きもされないほどひどくなってもいいのになあ、と最低なことを考える。ああでも痩せるのはいやだ。心配になる。彼女にはずっと僕の隣にいてほしい。健康的に太らせたいけれど彼女の体質では難しい。
クラリスは快楽も素直に受け止めている。
何というか、結婚後の楽しみが増すばかりだ。即ち結婚前の生殺しまで増えるということ。複雑な気持ちである。
秘密を話してくれるまで後少し。
彼女と恋人になるまで九年もかかったのだ、それに比べれば僅かな時間といえる。
僕は君が傍にいてさえくれれば大丈夫。だから待つよ。
って、お願い? クラリスから言われたら何でもするけど……当然のようにあの女関連なんだろうな、はあ。
もちろんご褒美あるよね?
前回、クラリスは「ものすごく不機嫌」だと言っていましたが、あれでもクラリスに会えた瞬間に機嫌がだいぶ直っています。
同じクラスの方々とても不憫。




