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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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予想外の想い(ハミルトン視点)

 俺が生まれたワイズ領は王都から西寄りの北に位置している。冬が長くて厳しく住み良いところとは言えないが、俺は自分の生まれた土地が大好きだった。特にお花畑がいい。暇さえあればそこに行き、花の名前や花言葉を調べ上げ覚えていった。

 栽培されていた紅茶も好きだったので、貧乏で使用人が少ないことをいいことに自身で淹れるようになった。他の地域の物は残念ながら買えないけれどそれでも知識だけは詰め込んだ。成長すれば王都にあるパロディア魔法学園に入る。その時に少しでも飲めたら、と期待していた。

 学園に入れば初めて見る魔法植物に心が躍る。卒業してしまうと会えなくなるのが残念だと思っていると、当時の担任に教師になることを勧められた。植物学にあまりに熱心だったため資格を取ったほうがどこに行っても困らないとアドバイスしてくれたのだ。自分が男爵家にしては魔力が高いことも勧めてくれた理由の一つだった。

 両親に聞いてみたら案外あっさり許可が下りた。

「いいぞ、男爵家は私が死ぬまで守ってやろう」

 父親はむしろいきいきしている。俺は一人息子だからもちろん快く思わない人もいて、30までと約束させられた。

 試験に受かって研修期間を過ぎて、20歳から教壇に立てるとしても十年間教師になれる。十分だ、ありがたい。

 そうやって将来を早々に決めてしまったので婚約者は作らなかった。待たせすぎてしまう。元々男爵家じゃなければ、あんな遠いところの領でなければ、と令嬢達からは対象外にされていたからいい。

「次男だったら養子になれるから選り取り見取りだったのにな」

 と友人に言われたことがあるが既に教師になることを決めていた自分は長男で良かったと思ったものだ。政略結婚でも大切にしてくれそうなのに、と謎の評価をされたこともある。

 領民にも同年代ではいい女性なんて残っていませんよ、その頃にちょうど適齢期の子と結婚すればいい、などいろいろなことを言われた。それって、10も差がある子と? 今いくつだと考えてぞっとした。

 うちは貧乏だから浪費癖のある人でなければ誰でもいい。30にもなった自分に嫁いできてくれるだけで感謝すべきだ。男爵家なら平民とでも構わないと思うのでそこは気楽に考えよう。


 念願の教師になったが、一つだけ問題があった。自分よりも位の高い学生に敬語を使われることだ。年下とはいえ緊張する。そしてよりにもよって来年度、王太子殿下が学園に来る。

「で、殿下のクラスも私が、ですか。それは勘弁してもらいたいのですが……」

 殿下だけじゃない。公爵家に侯爵家、最高位のクラスの学生相手に緊張しないなんてとてもではないが無理だ。今も努力しているのに殿下は身に余る。

「できれば私平民エリアで教えたいんですけど……」

 最初はそうだった。教え方が上手で人気があるからと何故か引っ張られてきた。評価は嬉しいがそれで周りが貴族ばかりなのは嬉しくない。それでも何とかお願いすれば貴族でも中位クラスの担任になれた。良かった。いや良くないけど殿下達のいる最高位のクラスに比べればマシだ。高くても伯爵家。

 何故教師は敬語なしで学生には敬語ありにしたんですか過去の王様。おかげで俺は胃がきりきりします。紅茶を飲もう。

 俺に比べたら同期のナタリーはあっけらかんとしていた。

「残念ねえ。法律で決まってるんだから気にしなくていいのに」

「貴女と同じようにはいかないよ。本当、なんで俺貴族エリアなんだ」

「自分の能力の高さを恨むのね」

 そこは恨みたくないなあ。

 ナタリーは伯爵令嬢だけれど同期だからかあまり気負わずに済む。自分はともかく女性である彼女の結婚問題はどうなっているのかと思ったらさっと話してくれた。

「私は結婚なんてしないわよ。継ぐのは兄がいるし、家に入って大人しくしているなんていや」

 強がりかと心配したこともあったが杞憂だった。

「それに私にはもうウォーレス、フレッド、それにピーターという旦那様がいるんだもの。人間と結婚なんてしている暇ないの」

「……貴女が言っているのが動物なのは分かったけど、せめて一匹か一頭かどれかにしろよ」

「えー、それぞれにいいところがあるのに? 一人だけなんて人間の結婚は視野が狭いわね」

 俺はそう言う貴女が別の意味で心配になったよ。将来本当に動物との婚姻届出さないよな彼女。猫アレルギーの自分には苦手な相手でもあるが、動物学に対する姿勢は尊敬しているし周りの意見を気にしない彼女は羨望の対象だった。


 自分が担任になったクラスには一人特別な学生がいた。

 元平民の女性。魔力が高いならこちらに来て正解だ。暴発したり何かあった時こちらのほうが実力のある教師がたくさんいる。自分も彼女が安全に過ごせるように見守ろうと思った。

 しかし何故前髪が長いのか。歩きづらそうなのに、と懸念していたら挨拶する時に近付いて分かった。緑色の瞳。なるほど、隠しているのはこれのせいか。魔力が高いだけじゃなく王族の特徴とも一緒とか、決して恵まれているとは言えない。綺麗な瞳なのにもったいない。百合の髪飾りとも合っているのに。年下の学生に緊張している俺が言っても説得力はないと思うが、学園生活を楽しんでくれるといいと思う。

 次の日すぐ瞳を見せていたのには驚いた。聞けばイシャーウッド公爵令嬢のクラリスさんと親しくなったらしい。それは心強い。彼女自身のことはあまり知らないけれど公爵家と友人ならばリリーさんに何か言ってくる人間は少なくなるだろう。ましてクラリスさんは父親も婚約者のレイモンドさんも有名だ。そんな彼女の友人に手を出すなど後ろにいる彼らのことを考えればあまりにも浅はかな行為である。


 入学前は自分に言い寄ってきた女性を鬱陶しがって国外追放にしたとか幼馴染の婚約者を溺愛するあまり軟禁しているとかさまざまな噂があったが実際会ったレイモンドさんは常に不機嫌でも礼節を重んじる人だった。

 法律で決められているといっても上辺だけの敬語を使う学生もいるけれど彼はそういう人を注意していた。

「敬語もできないとは程度が知れる」

 言い方はきつかったものの彼の親友であるディーンさんも口が悪いだけで言っている内容は正しいことが多い。二人とも優秀な学生だったため反論する学生がいても返り討ちにされていた。

 猫の件を解決してくれたのも彼だ。

 くしゃみが止まらない自分を見て察してくれたようですぐ猫を魔法で捕らえ、周りの空気を一掃してくれた。

「ご無事ですかハミルトン先生。保健室に行ったほうがよろしいのでは?」

「あ、ありが、くしゅんっ、と……くしゅっ……う……」

 空間魔法で保健室に連れて行ってくれた。くしゃみと翌日の腫れだけで済んだのは彼のおかげだ。もう常に魔法で周りを防御しようかと考えたが消費量がバカ高いので断念せざるを得なかった。


 リリーさんはどんどん明るくなっていったと思う。俺が出した紅茶も美味しく飲んでくれるし、非常に熱心な学生だ。こちらも教師として冥利に尽きる。


 だからといって恋愛対象になるとは思っていなかった。


 教員用の寮の自室に帰り色紙をじっと眺める。クラスの学生全員からだなんてありがたい。今まで誕生日プレゼントで花束をもらったことはたくさんあっても色紙は卒業生の担任をした時くらいだった。

『誕生日おめでとうございます。来年もよろしくお願いします』

 シンプルな言葉。彼女らしい、小さいけれど柔らかい字で書かれている。来年、か。いつもは担当を決める時期になるまで考えたことがなかったが来年自分はこのまま彼女のクラスの担任になるだろうか。前回が三年間そうだったけど今度もそうなるか分からない。

 冬休みだからとサボテンも百合も共に自分の部屋にある。大きさに違いがあるのに二つが並んでいるのが面映ゆい。

 今回も実家には帰るつもりだ。あの小さなサボテン一つだけじゃなく、何かこの百合のお返しをあげられないものか。教師としての節度を保って、は大事だ。となると手の込んでいない物になってしまうが……。

 そっと百合の花びらに触れる。うちの領のお花畑にも百合の花はあるのに何故これが一等特別に感じるのだろう。顔が思い浮かんでも授業はないので彼女が学園に来ることはない。あーあ。無理矢理なくそうとしてなくなるものでないからこの感情は厄介だ。30歳になったら領に戻って誰とでもいいから結婚するつもりだったのに。あの時のぞっとした気持ちよ、返ってこい。

 担任でなくなったほうが彼女のためにはいいと思う。それでも教師として彼女が準備室に来た時追い返すなど言語道断だ。彼女の想いは受け取れない。謝罪の代わりに花びらを撫でる。その手つきの優しさにも自分の瞳の柔らかさにも気付いていなかった。

 彼女が望んだとはいえ“枯れない愛”なんて花言葉のある植物を贈ったのは間違いだったかもしれないなあ。

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