私の誕生日には
リリーからの手紙を眺める。サボテンをもらったと嬉しそうに報告するリリーがすごく可愛い。
告白はしないけど両想いって感じ、いい。ゲームでは手さえ触れない純愛だった。それなのにお互い相手からもらった百合とサボテンをとても大事に育てる。ヒロインの自室の画像にはサボテンが追加され、シナリオが終わるごとにヒロインがサボテンに話しかける様子が映されるのだ。二人は直接言葉で言わない分こうやって花で思いを伝え合う。最後の話まで全然接触しないのがまた良かったけど、現実のリリーも素敵だ。
告白はどうかと提案してみたけどしなかったんだ。
ヒロイン視点では片想いだが、先生視点の短いシナリオが誕生日後の冬休み期間にある。熱心なヒロインに好意を持ったけど秘めよう、と決意しているのに百合の花を撫でるそのスチルの華麗なこと。絵師さんも気合が入っていたと思う。先生の瞳と手の優しさがヒロインへの愛情を物語っていた。
いよいよ冬休みが終わると三学期になる。もうナタリー先生への嫉妬と紅色の薔薇は出てしまっている。後は何だったっけ。
えーと、と思い出そうとしていると手紙が手の中から離れた。
「え?」
「はい、お終い。もう、彼女のことでそこまでクラリスが悩む必要ないのに」
いつの間にか座っていたソファーの後ろにレイが立っていた。レイはだんだん足音もしなくなっている気がする。ソファーを回り私の近くに来てテーブルの上にあった封筒の中に手紙をしまうと、リリーからの手紙を保管している机の引き出しに入れた。
あれ、私レイに保管場所教えたっけ? レイからもらった手紙とは別の引き出しにしているのに。
疑問に感じていたらレイがいつの間にか隣に座ってきて引き寄せられた。
「ああ、やっと冬休みだ。長かった。夏休みと同じくいっぱいいちゃいちゃしようね」
ほっとしたように息を吐いている。レイはそんなに休みが欲しかったんだ。疲れているのかしら。
顔を上げれば嬉しそうに目を細めたレイと目が合う。鼻先を突っつくように近付いてきた。
「僕が疲れていると思うなら、クラリスが癒して」
そう言って今度は唇が合わさる。うーんと、癒しって何をすればいいの。レイに聞こうにもレイによって口が塞がれているから無理だ。唇を離したレイは頬ずりしてくる。
「ありがとうクラリス、すごく癒されたよ」
キスって癒されるんだ。私は癒されるというよりどきどきするばかりなのに、レイは上級者だなあ。その域までたどり着けるのはいつだろう。
この世界にはクリスマスというものはないし、正月も日本ほど重要視はされない。この世界は一神教だ。神としているのは慈悲深い女神様で、彼女の生誕は日にちという概念すらなかった遥か昔とされる。彼女は自身の生誕を祝うことを望まない。日々祈りを捧げるのみ。
日本で言えば……いや、日本は多神教だった。ただ女神様は月に姿を変え私達を見守っているとされるから祈りを行うのは夜に近い時間帯である。
つまり冬休みは夏より短い休みの期間、というだけ。しかしレイは夏休み最終日の私の台詞を覚えていてくれたのか少しの時間でも毎日会いに来てくれた。
私がリリーから聞いたハミルトン先生の誕生日のことを話し終えると、レイは私の髪を梳きながら聞いてくる。
「ねえクラリス、少し早いけど今年の誕生日プレゼントは何がいい?」
私の誕生日は三月で、それに対してレイの誕生日は四月。「ぎりぎり一緒の学園に通えてよかった」と言われたことがある。
「そうね、私もお花が欲しいわ。レイが選んでくれた花束が欲しい」
「花? いいけど……僕は後に残る物のほうが独占欲が満たされて好き。もう一つ考えようかな」
私の誕生花って何だろう、と少し考えたが私はハミルトン先生やリリーほど植物に興味があるわけではないのでそれはいい。それよりももう一つって。首をひねりレイを見つめるとレイのほうが腑に落ちない顔をする。
「だってクラリスの成人の誕生日だよ?」
確かにそうだけど。いよいよ15歳になるのか。まだ二か月近くあるけどね。
成人、成人か……成人の日に特別な物、とかは日本でもなかったはず。
こちらもそうだ。成人式というものもない。
貴族なら学園に入ること自体が社交界デビューと言っていい。レイみたいに貴族の跡取りなら幼少の頃から王城に出る人もいるけど私のような令嬢は学園入学まではお茶会を開くくらいだ。
両親のどちらかに魔力があるなら子どももある確率が高いので貴族は学園に入らない人のほうが稀。リリーのように魔力がない人から生まれる場合は先祖にいたということである。魔力の大きさからすると、リリーの先祖は結構な高位貴族かもしれない。多分何百年単位の昔だから今調べるのは大変だしリリーが望むかどうか。
個人的にパーティーを開くことはできるが、私はする予定がないしレイもリリーもしていなかった。
……後に残る物って例えば何かしら? そういえばネックレスの時もそういうことを言われたような……あ、アクセサリーいいかも。私はあまりジュエリーに興味がなくパーティーにも出ないから普段から使える物がいい。レイからネックレスはもらっている。後は……ああ。あれにしよう。
「ねえレイ。指輪はダメ?」
す、と左手を彼の前に出してみる。
「左手の薬指の指輪が欲しいわ。レイとお揃いならもっといい」
「お揃いか、いいね。でもどうして左手の薬指なの?」
不思議そうに目を瞬きしている。この世界には婚約指輪も結婚指輪もないからそうだろう。
「理由は誕生日に話すわ」
ちょうどいい。その時に前世のことを話そう。いつか話そうと思っていたことだ。前世を話して指輪の理由も話して。そうすれば突拍子もない話でもきっと指輪の話題が紛らわしてくれる。
レイは私の手を取って根元を擦るように触る。
「どんな物がいいの? 僕の瞳の色のネックレスはあるから今度はクラリスの瑠璃色の瞳とよく似た物にしようか?」
「うーん、それもいいわね。迷うわ……両方、とかないのかしら」
私は青色より赤色のほうが好きだ。ネックレス、ピアス、ブレスレット、髪紐、ブローチなどなど。それらを思い出すけど、赤と青両方あるアクセサリーは持ってない。そういうデザインの指輪はどこに売っているのかな。考えているとレイは嬉しそうに破顔した。
「両方? オーダーメイドってこと? いいねそれ。僕とクラリスがお揃いでこの世に二つだけ。うん、すごくいい。早い時期に聞いておいて良かった。クラリス、指輪のサイズ測らせて」
レイがすごくきらきらしてやる気に満ちている。オーダーメイドって。楽しみだけど、金額が心配だ。
測ると言っておきながらレイは嬉しそうに指の根にキスしていた。