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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
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リリー視点:百合とサボテン

「リリーさん、ちょっと計画を考えているのだけど、貴女も参加しない?」

 放課後クラリスとの待ち合わせに向かおうとしたところでスージーさんに呼びかけられた。

「な、何のですか?」

「ハミルトン先生の誕生日をクラス内でどう祝おうかって考えてるの」

 先生の誕生日。知らなかった。もうすぐなんだ。

「といっても先生の誕生日は冬休み中だから、二学期の終業式に何かできないかな、って。プレゼントは皆でお金を出し合って何か送ろうと思っているわ。あ、学園だからあまり高い物にはしないわよ」

 にこにこ笑って私を見てくる。きらきらした瞳は私が参加することを疑っていない。もちろん私も参加しないわけがない。

「さ、参加したいです」

「そう言ってくれると思ったわ。貴女先生の授業では特に熱心だから」

 ふふ、と含みのある笑顔でウインクされる。彼女が含んだものに気付いて頬がかっと赤くなった。わ、分かるんだ。私って分かりやすい? スージーさんは内緒話をするように顔を近付けてくる。

「いーい? 教師相手なんだから引いたら終わりよ。押して押して押しまくらないと自分の手の中に入ることなんてないんだから」

 ぐ、と両手で拳を作られた。はい、見習いたいですその積極性。

 今のところ万年筆と花束、そして皆のメッセージを書いた色紙を送るつもりらしい。

 皆だけじゃなくて。

 私個人からも、何かできないかな。被らないようにしないと。

 何がいいかな。先生が喜びそうで、私にも手に入れられて……。


「ハミルトン先生に誕生日プレゼント? それなら植物が一番いいんじゃない?」

「花束はあげるつもりみたい」

「じゃあ鉢植えは? 先生、準備室にサボテンがあるなら普通のお花のお世話も好きなのよね?」

 クラリスに相談したところ、そんなことを言われた。私から送っても喜んでくれるかな。

 魔法植物は資格がいるものが多く学生には売ってくれないばかりか高額だということでやめた。

 普通の花といっても、私は詳しく知らない。植物図鑑で調べたいが、またお養母(かあ)様に借りるとなると理由を言わないといけない。

「花言葉の本が欲しいの?」

「うん」

 頼れるのはクラリスだ。クラリスは図書室に来て少し困った顔をした。

「うーん、私もあまり詳しくないわ……。ここら辺かしらね?」

 図書室の本をじっと見つめて、時折指で目の前に画面みたいなものを出して検索している。これは何の魔法なんだろう。

「検索は透視の応用ね。中身を見て自分に一番合う物を選ぶことができるの。花言葉はやっぱりここら辺ね。いくつか見ましょう。リリーが気に入った物が一番よ」

 三冊くらい本を出してにこにこと笑ってくれる。クラリスにいやな顔をされたことは一度もない。先生に対する恋愛なんてクラリスには関係ないことなのにありがたい。

「ありがとう」

「大丈夫よ。リリーは花言葉を見て決めるのよね。花言葉を調べて告白するの?」

「ええっ! そ、そんな……今しても無理よ」

「そうかしら?」

 クラリスは不思議そうな顔をしているけど、残念ながら先生はあれからも変わらない。

 三冊のうち一番花の図や特徴、花言葉が詳しく載っている事典のような分厚い本を選んだ。いろいろ知りたいと思っていたからちょうどいい。かさばっても空間魔法で先に自室に送れる。魔法はとても便利だ。

 クラリスと別れて先生のレッスンを受けた。「何かそわそわしてるか?」と疑問を持たれたが首を横に振って否定した。


 帰宅すると一目散に自室に入り本をめくる。後ろの索引は名前だけでなく季節別、誕生日別、花言葉別のものまで載っている。

 恋愛の花言葉、かあ。

 告白するの、と聞いてきたクラリスを思い出す。愛……私が先生に花を贈ったら先生はきっとすぐに花言葉が分かってしまう。

 風邪の時を考慮すると、愛を伝える花は迷惑かな。ただの学生から渡された花を一生懸命育ててくれるだろうか。先生なら大丈夫かもしれないけれど、私が準備室に行く時気後れしてしまいそうだ。

 先生の誕生花とか? でもクラスで送る花束がそれかもしれないし。

 私から、先生に。

 何が一番いいだろう。




 *   *   *




 二学期の終業式。ホームルームが終わった後、スージーさん達の合図で一斉に「誕生日おめでとうございます」と告げた。

 ぽかんとしているハミルトン先生に事情を説明してから花束を渡す。花はハミルトン先生の誕生花中心になっていた。

 カトレアの花言葉は“成熟した大人の魅力”

 先生にぴったりだ。他にもスパティフィラムとかがある。先生はその花に負けないくらい咲き誇るような笑顔を見せてくれた。

「皆さんありがとうございます。とても嬉しいです。色紙まで……後でゆっくり見ますね」

 言いながら少し読んでいるのかくるりくるりと色紙を回転させたりしている。本当に嬉しそうに笑っているのでこちらの心も温かくなる。誕生花であることにも気付いてくれたようで「私は皆さんの担任になれて幸せです」と愛しそうに花を見つめた。先生は本当に植物が好きだ。さすがに植物にまで妬くことはない。ただこの後、私からのプレゼントを喜んでくれるかどうかどきどきする。

 や、やっぱり花束にするべきだったかな。鉢植えって世話しないといけないから大変なんじゃ……。放課後になるまでは自室に置いてある。後で魔法で取りに行く予定だ。今から別の物に、というわけにはいかないからもう勇気を振り絞るしかない。


 準備室に入った私に先生は再度「ありがとう」と告げてきた。

「クラスの皆で計画してくれたのか? 俺皆に誕生日を言ったことがなかったから驚いたよ」

「先生なら今までにも祝ってもらったことがあるんじゃないですか?」

「ある時もあったよ。でも俺担任を持ったこと自体まだそんなに多くないから。教師になって五年目だし」

 教師になるには試験をパスした上で二年の研修期間がある。魔術師は学園を卒業したらすぐなれるし騎士団員なら学園に入る前からなる人もいるらしいが、教師として教壇に立つことができるのは最低でも20歳になる年になってから。

 ハミルトン先生が今年25歳になるということは、ストレートで入っている。パロディア魔法学園の教師は毎年三、四人しかなれないためすごく優秀な人だ。

「それで、今日は何を勉強するんだ?」

 にこにこと上機嫌に私を見つめてくる。私は背中に隠していた袋から植木鉢を取り出し、先生に差し出した。

「あ、あの。改めまして、誕生日おめでとうございます。これ……」

 プレゼントとして選んだのは、百合の花。私の大好きな花。先生に飾ってもらいたい。

「クラスからも贈りましたが、私個人からも先生に贈りたくて。先生にはずっとお世話になっていますから。う、受け取ってください」

 そう言って頭を下げる。先生からの反応が見えなくなってしまったが顔を上げる勇気はなかった。

 無言が怖い。さすがに一学生がずうずうしかったかな。

 と、手から植木鉢がなくなる感触がする。恐る恐る見上げて先生の瞳に瞬きを忘れて見惚れた。

「ありがとう。大切に飾る」

 慈しむように見られてどきりとする。違う、私じゃなくて花だ。

「元々好きだったけど、百合の花は俺も一番好きになったよ。見てると思い出す人がいるからかな」

「えっ……そ、それって……」

 期待して見つめてしまうが先生の目はずっと花に向けられている。……先生って本当に植物好きだなあ。嬉しいのに複雑な気持ちだ。

「本当にありがとう。リリーさんの誕生日は?」

「えっと……八月……です」

 夏休みに終わっている。顔を上げて質問した先生はしまった、というような顔をした。

「ご、ごめん。そっか、そうだよな。もう二学期終わるんだから過ぎてる可能性のほうが高かった。すまない。学生達は祝ってくれたのに……名前と身分だけじゃなくて誕生日も覚えるべきだよな」

「そ、そんなこと」

 先生は全学生の名前を覚えている。それだけでもすごいことなのに。

「あの、今更だけど何か欲しい物あるか? 今お返しするには、ここに特別な物なんてないけど……」

 先生は辺りを見回す。準備室にはよくいるからつい私も見てしまう。欲しい物、といっても……机に、書類に、紅茶に、先生の鞄と白衣と……あ。

「サボテン……」

「ん?」

「サボテン、一ついいですか。私も育ててみたいです。育てやすいと先生が言ってましたし」

 先生の視線が私と同じサボテンに向かうが次の瞬間には首をひねられた。

「これは魔法植物じゃないからあげられるけど、いいのか?」

「はい」

 頷けば先生は百合の植木鉢を丁寧にテーブルの上に置いてからサボテンのほうへ向かう。いくつか見回して一つを手に取り、私に差し出してきた。

「小さいほうがいいかな? これも育てば花を咲かすから」

 簡単に育て方を教えてもらう。それを持っていた勉強用のノートにメモした。

「サボテンの花言葉ってなんですか?」

「ああ。んー……そこは自分で調べよう。宿題だな」

 サボテンをしばらく見つめていたけど顔を上げた時に茶目っ気たっぷりにウインクされて、私は笑いながら頷いた。


 その後いつも通りレッスンを受ける。すごく不本意だがもう帰る時間が迫ってきた。

「じゃあな、三学期に」

 と言って微笑んでくれた先生にほっとする。ああ、また長い休みが始まってしまう。

 家に帰ってすぐサボテンの花言葉を調べた。

 “偉大、燃える心、暖かい心……枯れない愛”

 うん。先生にもらった物だもの。絶対に枯らさない。

 ……期待、してもいいかな。教師と学生なのは分かっている。相手は10も上の人だ。でも。百合の花を見つめる先生の瞳は、温かかったから。触れる手も、優しかったから。最後の笑顔にも、少しだけ私と同じように寂しさが混じっているように思えたから。

 ハミルトン先生。好きです。

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