表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠しルートには行かないで  作者: アオイ
三章 ハッピーエンドへ向かって
60/132

なかったシナリオ

 ああ、今日ほど違うクラスなのを恨んだ日はない。リリーが風邪を引いていたのにお昼に説明されるまで知らなかったなんて。朝待ち合わせ場所に来るのが遅いな、と思っていたらそういう理由だったんだ。「気付かなくてごめんなさい」と言ったら「クラリスが謝ることじゃないよ」と首を横に振ってくれた。そりゃあ魔法を使った後だったということは分かっているけど、それでものんきに庭園にいた自分が恨めしい。

 ハミルトン先生はすぐ気付いたのよね。しかも遠くにいる時から。ううっ、さすがヒーロー。

 私が全然風邪を引かないと思ったらリリーが風邪を引くなんて。私のが移ったのかしら。この場合移ったという表現はおかしいかもしれないがだったら何と言えばいいのだろう。ごめんなさい。面と向かって謝ることもできずに歯痒い。


 しかし、ゲームではエンディングまで一切接触がなかったからびっくりだ。このシナリオはなかったと思う。紅茶といい、他のルートのシナリオといい、現実は予測不可能である。

 ハミルトン先生は自然治癒派だ。授業中の学生の怪我はともかく、病気を治すことは反対していた。現実でもそうだとレイから聞いた。

 それなのにリリーの病気を治すなんて。レッスンはなしになったらしいけど、ゲームのハミルトン先生なら多分しない。シーウェル家に連絡して迎えに来てもらうはずだ。

 レイも自然治癒派だが「クラリスが苦しむ姿は見たくない」と私の怪我や病気には魔法をかけたがる。

 スイセンといい、ハミルトン先生ってリリーのこともう好きよね。

 あの時は話を聞く限り無自覚っぽいけど、今は自覚しているくらいには。

 というかなあ。薔薇とスイセンが出るのって最後のほうだったのに。


 レイモンドのもだけど、義弟リオンのルートはささっと恋人になってその後の話も楽しむストーリーになっている。ディーンやブラッドリーは恋人になるまで長くても恋人期間はある。

 逆に最後まで恋人期間がなく両想いで終わるのが担任教師と王子だ。王子は恋心を認めずにラスト付近までずっと喧嘩しっぱなしだが、担任教師ルートは教師と学生という立場がある分両想いでも恋人未満状態が続く。告白が王子の時は「やっとかよ!」となるけど、担任教師の時は「やっとだあー」と感動すら覚えると評判だったはず。しかもこの二人だけグッドエンドでは両想いのまま告白もプロポーズもなしで終わる。まあ二人とも告白=プロポーズになっているから仕方がないんだけど。


 先生は自覚している。ゲームの通りなら、きっとリリーの想いに応えないという結論を出した可能性が高い。教師、男爵家という立場上当然の結論なのかもしれないが私はいやだ。リリーには幸せになってもらいたい。

 だって、風邪を引いても学校に来たのだってそういう理由だと思うから。レイが今にも倒れそうなのに凄まじい防寒の格好をして屋敷に来たことを思い出す。あれはもう婚約した後だった。レイが風邪を引き、それが長引いて一週間も会えないままでいた。

「クラリスに移すのはいやだけどクラリスに会えないのはもう限界」

 言って速攻倒れてしまい、私の悲鳴が屋敷内に響き使用人全員が玄関に集合したものだ。客室で看病することになって、回復したレイはものすごい勢いで謝ってきた。

「本っ当にごめん! クラリスに移すかもしれないのに来るなんて僕がバカだった!」

 私には結局移ることはなかったからいいのだが、お父様はレイが謝っているにも関わらず大笑いしていた。後にお母様からきついお叱りを受けたらしい。初めて見るほど落ち込んでいた。

 いやいや、両親のことは今は置いておいて。

 私もレイに会いたいと思っていたから会いに来てくれたことは嬉しいし、風邪を引いたり怪我をしたりした時はレイに会いたくなる。

 リリーはもう、紅色の薔薇を咲かせるほど先生が好きなんだから。

 全員と付き合うことになるハーレムルートでは出ないシナリオだ。あんまり覚えてないけど個別ルートでのヒロインやヒーローの葛藤が削られていて拍子抜け、といった評価が多かった気がする。でも今考えるとハーレムなのだから葛藤したら大勢を選ぶべきではないという結論が出るのでは? 私がレイ以外を同じくらい想うなんて今後あり得ないだろうし、レイにも私だけをずっと想っていてほしい。


 レイもリリーの話を聞いて自分のことを思い出したのだろう。お昼にはディーンに嫉妬していたが放課後私の屋敷に来た時は感心したように息を吐いた。

「彼女すごいね。風邪のまま魔法使って学校来たんでしょ? 学園からのサポートがあるからといって空間魔法を失敗せずに済ますなんて。……あまり思い出したくないことを思い出したけど」

「思い出したくないことなの?」

「そりゃあね。だってクラリスが病気の時、会いに行きたかったけど我慢していたんだ。それなのによりにもよって自分が移す側で我慢できないなんて最低だよ」

 目を閉じて眉を寄せている。私は気にしていないのに。眉間のしわをつん、とつついてみた。

「ん?」

「風邪の時は本能に忠実になると言うから、レイはそんなに私に会いたがってくれたのね。嬉しい」

 私から抱きついてみればすぐ膝の上に乗せられる。あまりにも軽々と持ち上げられてびっくりした。レイって結構力あるわよね。

「もう。クラリス、あまり僕を図に乗らせちゃダメなんだよ」

 ぎゅっと力を込められて、唇が押し当てられる。唇が離れた後も顔はまだ近い。

「今こうして毎日のように会えるのがどれだけ幸せか分かっているつもりだよ。でも僕はように、じゃまだ足りないんだ」

 鼻を擦り合わせる。動物みたいで可愛いとも思うのにどきどきする。

「僕はすごく貪欲だよ」

 下唇を甘噛みされてぞくぞくと体が震えた。吐息がかかる距離だから囁く程度の声音でもしっかり聞こえるけど、心臓の音が大きくて邪魔だ。

「レ、レイが貪欲なら誰かに迷惑をかけるの?」

「どうだろう。迷惑をかけてしまうはずの人が容易く受け入れるから」

 誰かしら、と考えてたら君以外誰がいるの、と言われてしまった。私? レイに迷惑をかけられた覚えなんて一度もないのに?

 はてなマークを浮かべているとレイがふっと笑う。額にキスされて顔が離れた。私の心臓の音を宥めるように頭を撫でられる。

「健康には気を付ける。それくらいだけど、すごく大切なことだよね。クラリスの健康管理は僕がしっかりしてあげる」

「う、うん」

 厳しそうだなあ。ありがたいことだから拒否はしないけど。

「今までは会えなかったけど、結婚したら何があっても僕が看病するからね。クラリスを他人に任せたりしない。仕事も休む」

「そ、そんなことさせるわけには」

 私の風邪が理由で仕事を休むなんて。

「だったら気を付けてね。クラリスより優先するものなんてないんだから。君が苦しんでいるのに王城で仕事なんてできないよ。今までだって何も手につかなかったんだ」

 そこまで言われるなんて。気を付けよう。私の健康一つでレイと周りに迷惑をかけてしまう。

 貪欲な結果が、健康に気を付けることなの? レイったら、いいことなのに。


 そういえば、ハミルトンルートでヒロインにクラリスが風邪を引いたことを告げたのはレイモンドだった。

「君と話している暇はないんだよ。クラリスのお見舞いに行かなくちゃ。ああクラリス、待っていて」

 早口で話してすぐ画面からいなくなってしまう。翌日クラリスが

「怒られちゃったわ。貴女も健康には気を付けてね」

 とヒロインに言っていたような。……こうして思い出すとやっぱりレイモンドルートって異質よね。他のルートでもこの調子のレイモンドといきなり恋人になるんだもの。本当にあのルートに行かなくて良かった。


 シナリオの順番どころかゲームにはなかったシナリオまで発生してしまったけど、次は多分ゲーム通りだ。ちゃんとお助けしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ