買い物②
「レイ、どうしたの?」
「ああ、うん。クラリス、ちょっといい?」
握っていた手を離すとレイが何かを手に取る。後ろを向くように言われてじっと立っていれば、何かを首にかけられた。
ネックレスだ。下を向いたらぎりぎりペンダントトップが見られる。ダイヤの形をしていて真ん中に赤い宝石が埋め込まれていた。
慌てて近くの鏡のある場所に向かいもう一度じっくり見て、隣にいるレイの瞳を見て、また鏡を見つめる。鮮やかな赤色。私が大好きなレイの瞳の色にとてもよく似ている。
「すごく綺麗……レイの瞳の色に似てるわね」
「うん。だから気になっちゃって。いきなりごめんね」
首を横に振って、また鏡をまじまじと見つめる。色は素敵だけどそれほど大きくはない。ピンクゴールドのチェーンも素敵だ。
「レイ。私、これがいい」
鏡から目を離してレイに向かってにっこり笑うとレイは少しだけ戸惑ったように笑う。
「いいの? クラリスが欲しいものじゃなくて僕があげたいものになってしまうよ」
「いいの。レイがあげたいと思ってくれるものが私が欲しいものだから」
それ以上のものなんてない。あ、でも値段はどうなんだろう。レイに外してもらって値段を見てみたら、他と比べればまあまあなものだった。尻込みしてしまう私をよそにレイはさっさと会計を済ませてしまった。
「だから言ったでしょ、値段なんて気にしなくていいって」
「で、でも……」
「それにこれ、今まで誕生日であげた物の中では安いほうだよ」
「え」
「なんで驚くの。一年に一度しかないクラリスの誕生日だよ? クラリスだって僕の誕生日には結構なものをくれるじゃない」
うぐっ。それを言われると……。でもレイの誕生日に変なものはあげたくないし、喜んでほしいし、そのためなら多少のお金くらい……普段お金を使わないから一年分の私のお小遣いをつぎ込んでしまう。
「クラリス。またかけてあげるから、後ろを向いて」
「う、うん」
どうやら包装紙は遠慮したらしい。値札だけ外してもらったものをつけられる。ほう、と見惚れていると外していた手をまた繋がれた。きゅっと握り返して、レイをまっすぐ見つめる。
「ありがとう、レイ。これを見るたびにレイを思い出すね」
「僕から言おうと思ってたのに。……赤いものならいいな、とは思ってた。まあ嫌がられないならいいんだけど」
「レイの瞳と一緒の色なのに嫌がるなんてあり得ないわよ。レイにもらったものなんだからずっと大事にする」
そういえば、ゲームのクラリスはこれと同じ赤いネックレスをしていたような気がする。レイからの誕生日プレゼントだったんだ。ふふ、と笑いながら繋いでいないほうの手でペンダントトップに触れる。うん、大事にしよう。
「…………期待していた僕は悪くないと思うんだ」
なんでかなあ、とレイは顎に手を当てて何かを考えている。
「レイ? どうかした?」
「ううん、何でもないよ。ちょうどいい時間だし、帰ってスイーツを食べようか。クラリスのうちに行った時冷蔵庫にカスタードプディングを入れておいたから」
ぱっと明るくなったのが自分も分かる。こくこく頷く私を見ながらレイはふわりと優しく微笑んでくれた。
* * *
レイが学園に入る前の最後の週末。レイはティラミスを持ってきてくれて、それを食べ終えると真剣な顔をして私に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「いい、クラリス? 僕はこれからあまり君のうちに来れなくなる。その間絶対に外に出てはダメだし、見知らぬ人と会ってはいけないよ。家の庭に出るときも誰か護衛をつけて。できるなら同性がいいけど強さによっては男もこの際許す。でもその場合は距離を取ってね。接触できる範囲にいるのは禁止すること。会話もなるべくしないで。スイーツは君に痩せられるくらいならもう断腸の思いで諦めるけど、可能な限り……」
次から次へと出てくる言葉に頷く。いろいろな魔法を使って屋敷をプロテクトしているお父様よりも心配性だ。レイは学園に入るけど私は変わらないのに。心配するのって私のほうじゃないの? と思うけど口を挟む隙がない。
やっとレイの話が終わったところでもう一度頷いた。
「うん、分かった。家の中でじっとしていればいいのね」
私の趣味は読書、音楽鑑賞、スイーツとインドアばかりだし、特に不自由はない。うん、やっぱりいつも通りだ。今更言われなくても、レイが嫌がることなんてしたくない。私が頷けばレイは安心したように息を吐く。
「うん、お願い。……クラリスが学園に通うのは心配だけど、こうして離れるくらいなら早く君も入学してくれないかなと思うよ」
「私も早くレイと一緒の学園通えるの楽しみにしてる。そうすれば毎日会えるし、お昼も一緒にいられるものね」
たった一年間だけだけど、それが今から楽しみだ。あ、でもヒロインが来てゲームが始まるんだった。隠しルートだからレイとヒロインの恋愛になんてならないと思いたい。クラリスはお助けキャラクター。もしゲームが始まったら、初期の攻略キャラの誰かと積極的に会わせて早々にルートに入ってもらおう。うん、そうしよう。
「クラリスを不特定多数のいる場所に行かせるのはいやだけど、学園に通うのは魔力のある者の義務だからね」
ぎりぎりと歯噛みするレイを安心させるように笑う。ゲームのことなんて考えている場合じゃない。
「義務だからこそレイと一緒の学園なんでしょ? いやなことを考えるよりも楽しいことを考えて待ってる。レイとの結婚まで後五年だもの」
そう言えば目をぱちくりとされた。
「クラリス……うん、もういいよ。分かった。そうだね。君が早く入学して、早く卒業するのを楽しみにしているよ」
なぜか疲れたように笑われてぽんぽんと頭を撫でてくる。
私、何か変なことを言ったかしら。