リリー視点:風邪を引いたのは(途中ハミルトン視点)
本日、こちらは二話目になります。
今日は庭園の近くにワープしてきた。朝のクラリスと会う待ち合わせ場所が庭園なのだ。そこへ向かう途中で向こう側に先生を見つける。小さく手を振ってみた。
私に気付いた先生は顔を和らげて、そしてすぐに顔色を変えると早足でこちらに向かってくる。
「リリーさん、大丈夫ですか?」
「え?」
外だから敬語なのは分かるけど、慌てたような顔をしてどうしたんだろう。
「とりあえず準備室へ。来てください」
有無を言わせないとばかりに掴まれた手首に力が込められる。初めての接触に体が熱くなった。
な、何、何。先生は真剣な顔をしている。
準備室に入ると手が離された。惜しいな、と思っていたら先生が私の顔を覗くように見てくる。わ。近い。
「リリーさん、今日体調悪いだろ?」
「ぁ……。いえ、あの、す、少し熱っぽいなと思っただけでそれほどじゃ……ひゃっ」
額に手が当てられる。冷たくて気持ちいいと思ってしまった私は、きっとダメな反応だったんだろう。私の体温を測った先生が顔を歪めた。
「朝起きた時はそうだったのかもしれないけど、今は上がっているはずだ。いつもと違って顔色が悪いと思ったんだ。熱心なのはいいとしても頑張りすぎだな。とりあえずここのソファーで休め。……どうする? 回復魔法を使うか? それとも自然治癒のほうがいいか? 家に連絡して迎えに来てもらおうか?」
準備室にあったソファーに座りながら首を横に振る。座ると一気に体が重く感じる。座るだけじゃなくて寝転がるよう指示された。
迎え……それ、だと。
「ま……魔法で……。だ、だって……学園行かないと、先生に会えない……から……」
「え」
ああ、ダメだ。体だけじゃなくて瞼も重い。せっかく先生が近くにいるのに、私の体は言うことを聞かなかった。
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シーウェル家に連絡するかと方法を考えていたらすごい言葉が聞こえた。びっくりして彼女を見れば目を瞑っている。額はとても熱かったし自分の特に冷たいわけでもない手に対して気持ち良さそうにしていたから思ったより重症っぽい。寝てくれたことにはほっとするけど、寝る直前の言葉の内容を思い出す。
「…………マジか」
頭を少し横に振ると、再度寝ている彼女を見つめた。残念ながらここに毛布なんてないので着ていた白衣をかけてみる。気休めにもなりそうにない。いろいろな意味を込めて溜め息をつく。
「俺に会いたいって言うなら、なおさら、健康には気を配ってくれよ。こっちも貴女に会うの、楽しみにしてるんだから」
頬にかかっていた髪を払うために少しだけ触れた。これくらいは勘弁してくれと誰にともなく言い訳する。
まったく。あの時の花が、自分宛てだったら、など。大層な自惚れだ。気付きたくなかった。
「……今なら貴女と同じ薔薇が咲きそうだな」
どうせなら百合の花がいいけど、この想いはまったく純粋ではないから無理だろう。残念だ。
職業、身分、年の差、どれを取っても自分は彼女に応えるべきではない。もし自分が平民エリアで教えていて彼女が養子にならなければ卒業後に近付けたかもしれないが、今更だ。恋に恋をしていると否定するにはあの紅色の薔薇は綺麗すぎた。見るべきでなかった気持ちが表に出てしまうのなら、来年からは授業内容を変えようか。
本当は自分も自然治癒のほうがいいと思うし、よりによって彼女にかけるなんてあまりしたくないが。
荒い呼吸で苦しそうで、寒そうに震えている目の前の人。自然治癒派でない人の気持ちが少しは分かった気がする。
「今回だけだから」
やはり誰に釈明しているつもりなのか。手を額に近付け、魔法を使った。
******
なんだか体がとても楽だ。目を開けると先生の手の平が見えた。
「先生……」
「もう大丈夫か? 今回は回復魔法を使ったけどこれからは気を付けてくれ」
「あ……はい」
先生の手が離れる。起き上がると、頭もすっきりしていていつもより調子がいいくらいだ。回復魔法ってすごい。
あれ、これ……あ、先生が着てた白衣だ。わわっ、ど、どうしよう。思わず両手で持ってしまう。気付いた先生にそこら辺に放っておくよう言われた。軽く畳んで隣に置いておく。
私は寝る前にすごいことを言ってしまった気がするけど先生の態度はいつも通りだ。いや、少しだけ険しい顔をしているような。
「リリーさん、今日は放課後のレッスンはやめよう。魔法を使ったといってもまたぶり返す可能性もある。授業が終わったら早く帰って休んでくれ」
「え、あ……」
そんな。せっかく来たのに。先生に見つかる前に自分で回復魔法をかけるべきだった。俯いていると
「……自分に回復魔法をかけるのはあまりお勧めしない。元々これは高難易度だ。失敗する危険性が非常に高い。ぶり返すって言ったのはそれだ。むしろ悪化することもある。テストが一位だからといって油断はしないでくれ」
私の考えが分かったのか硬い声が降り注ぐ。顔を上げれば目が合った。先生は今度は安心させるように口元を緩める。
「今日はぐっすり眠ってくれ。明日も元気な貴女に会えるのを楽しみにしているから」
そう言われれば頷かないわけにはいかなかった。
クラリスにもとても心配された。
「え? ハミルトン先生回復魔法使ったの? 先生って自然治癒派じゃあ……?」
私言ったっけ? とりあえずこくりと頷く。
「ハミルトン先生くらいの実力者なら大丈夫だと思うけど、病気に関しては特に副作用が起こる可能性が高いから気を付けて。いくら魔法でも万能薬なんてないの」
それが自然治癒派が多い理由らしい。人間の体に任せるほうが安全で、種類によっては抗体ができたりもっと丈夫になったりするからだとか。
お昼で一緒にいたディーン様も神妙な顔をして頭を縦に振った。
「珍しいな、ハミルトン先生が怪我じゃなくて病気で使うなんて。あんたよっぽど重症だったんだな」
それで学校来たのかよ、と呆れるように言われてしまう。
ああ、クラリスは婚約者さんから聞いていたのかな。
でも。だって。先生に会えるのは学園内だけだ。週末も長い休みの期間も私に会える術はない。会えるのも授業中とホームルーム、そしてレッスンの放課後とお昼のみ。私はもっと会いたいのに。もうすぐ冬休みになってしまうことが残念でならない。
私が寝てしまう前の台詞に何も反応してくれなかったということは、先生にとってやっぱり私はただの学生の一人なのかな。聞かなかったことにしたいとか。ああ、どうして言ってしまったんだろう。
溜め息をつき項垂れると、勘違いしたクラリスがディーン様に顔を向けて口を尖らせる。
「ディーン様、言い方が厳しいですよ」
「ああ、悪りぃ」
厳しい、に反応して謝られるも慌てて首を横に振る。ディーン様は口が悪いが言っていることは正しい。ハミルトン先生にも迷惑をかけてしまった。だけど口を開く前に婚約者さんがクラリスを腕の中にしまう。
「ディーン、いつも言っているだろ。君はクラリスを見るな」
「なんでここでてめえが出てくるんだよ! つーかオレ悪くなくね?」
「クラリス、ディーンを見ないで。僕を見て」
「聞けや!」
クラリスの頬を包み顔を近付けて囁くように話す婚約者さんに対しクラリスは赤い顔でこくこくと頷く。いつの間にか二人の空間ができている。ディーン様は顔を歪めながら婚約者さんに聞かせるように大きく息を吐いた。
「何なんだこのバカップルは。疲れるぜ」
多分ディーン様の反応が一般的なのだと思うけど、私はいつも羨ましいと思ってしまう。
先生が私だけを見てくれる日は来るのだろうか。