リリー視点:紅色の薔薇とスイセン
いよいよ生物の授業が来た。植物園に案内される。生物準備室の近くにある大きな建物で、天井が高い。太陽の光が漏れるように壁は一面透明だった。奥に行けば行くほど危険な植物がいるとのことだが、鍵がかけられているため上級生にならないと入れないらしい。
先生が学生の数を確認してから口を開く。
「さて、まず最初の実習ですが……」
一人が手を上げる。
「マンドラゴラですか?」
「有名ですけどいきなり危険度MAXじゃないですか。悲鳴聞いたら死ぬんですよ」
「じゃあしないんですか?」
残念そうな学生に向かって安心させるように微笑む。
「もちろんしますよ。有名な植物は皆さんも試してみたいでしょう? その時は今以上に安全に気を付けて臨みますけどね。お楽しみに」
言いつつも試しにとマンドラゴラが生えている場所に連れて行ってくれた。
「勝手に抜いたら罰としてあの高い天井にぶら下げられることが法律で決まっていますから注意してくださいね」
先生が上を指差しながら言えば皆が一歩下がって天井を見上げた。
元いた入り口に近い場所に戻り、それぞれ指定されたイスに座る。目の前には長机だ。
「今日は軽いものです。皆さんには少し実験をしてもらおうと思います」
先生が取り出したのは少し大きいくらいの植木鉢。小さな白色の蕾がついている。
「こちらの蕾を咲かせてください。どんな花が出るかは貴方次第です」
「一人一人違うんですか?」
「さあ、どうでしょう。もしかしたら同じこともあるかもしれませんね。咲いてからのお楽しみです」
どういう植物なんだろう。先生に配られた物を見つめ、言われた通りに魔法をかけてみる。出てきたのは赤い薔薇だった。しかも何故か五本。増えるの?
周りを見れば他の皆もいろいろな花が咲いていた。大きさもバラバラで、大木くらい大きくなった人もいる。皆が咲かせたことを確認し先生が説明する。
「花言葉を調べてみてください。一番貴方の今の気持ちに近いはずですよ。深層心理を表す花が咲くんです」
ぐるりと見回してそれぞれの花を見てみた。
「未知の花の場合もあります。その場合は貴方がまだ誰も成し遂げたことがないことに挑戦し先駆者になりたがっているということですね。どんな大きさでどんな色の花かによって挑戦したい種類が違いますから聞いてください。悲観的な花言葉だけの花だとしてもネガティブだとは限らないので不安になったらそれも聞いてください」
「先生、これは何ていう花ですか?」
学生に聞かれ「それは……」と花の名前を答えている。
私の植木鉢に咲いたのは赤い薔薇、五本。目の前にある植物図鑑を手に取ってページをめくる。えーと……。
「リリーさん……これは赤というより紅色ですか」
「え?」
「死ぬほど恋焦がれています」
「えっ」
「この色の花言葉です。五本なら、貴方に出会えたことの心からの喜び、ですね」
はくはくと口を開閉するだけで言葉にならない。顔は恐らく真っ赤だ。先生は勘違いしたらしい。
「あ、すみません。説明しすぎましたか? 学生によっては隠したい気持ちが出てくる人もいますからね」
「い、いえ……あ、ありがとうございました」
何とか言えた。先生はふふ、と笑ってどきりとする。
「学園生活を楽しめているようなら何よりです」
「え……?」
先生は自分のことだと思わない。それはそうだ、当然だ。教師と学生だ。でも、少しくらい……。私が交流しているのなんてクラリスの他には先生が圧倒的なのに。他の学生のところへ去って行ってしまった先生を見つめ、それから薔薇を見つめる。恋の花言葉って他には何があるんだろう。なんだか知りたくなった。
その日の放課後、準備室に行くと難しい顔をした先生がいた。
「先生?」
「あ、はい。何ですか? ……あ、リリーさん。何?」
顔を上げて入ってきたのが私だと分かると敬語を外してくれる。先生の目の前の机にはクラスの授業でやったのと同じ植木鉢があった。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや……貴女のクラスでした植物の蕾、さっき俺もしてみたんだ。以前はオリーブだったんだけど、何故かこれが……。ついでにオリーブの花言葉は知恵、平和だ」
白くて、真ん中が黄色で……これは何だろう。聞いてみたが先生は口を曲げる。
「申し訳ないが調べてくれ。俺はあまり言いたくない。意味も分からない」
不満というよりは不可解といった感じだ。家に帰ったら調べてみよう。
レッスンを受けて早速お養母様が持っていた植物図鑑を借りて見てみる。同じような花があって迷ったけど多分これだ。
スイセン。
花言葉は“自惚れ”
どういう意味だろう?
* * *
同じ授業をしたクラリスにも聞いてみた。
「私はカーネーションだった。青かったわ」
花言葉は“無垢で深い愛”青いのは“永遠の幸福”
さすがクラリス。
「レイは一年生の時したら大輪のひまわりだって言ってたわね」
花言葉は“私は貴女だけを見つめる”
……いい言葉なのにクラリスから話を聞くと怖く感じるのは何故だろう。知りたくない。クラリスは恥ずかしそうにしてても喜んでいるからいいかもしれないけど。
婚約者さんについて話しているクラリスは可愛いけど、その内容は結構怖いと感じるものが多くなってきた。
心配性と言っているがその一言で片付くものではないと思う。嫉妬深いことは分かってきたようなのに異常なほどの束縛には気付いているのか。夏にも関わらずクラリスは長袖のドレスだ。聞けば婚約者さんは露出が嫌いだという。以前とは別の意味で大丈夫かなと心配になる。だが気付いていても問題にしなさそうなほど彼女は深い愛情を持っていそうだ。
「私が子どもだからレイは我慢することが多いみたいなの。早く大人になってレイの不安も不満も解消できたらいいな、と思うわ」
我慢しなくていいと言ったのに、とクラリスは何故か残念そうに呟いた。
私は彼女が結婚した後も会えるのだろうか。
婚約者さんとはお昼を共にすることがあるがクラリスが私と話している時も熱心に彼女を見つめている。クラリスが笑えば彼の唇も笑みの形になり、彼女と目が合えば蕩けるような瞳へと変わる。ベタ惚れなのはすぐに分かったので、クラリスが私と会うことを望んでくれれば多分会うことができると思っている。
婚約者さんは怖いけどクラリスと一緒にいる時はあまり怖くない。クラリスがいれば大丈夫。
青の意味は幸福なのだから、彼女が幸せなら私もいいと思う。
私が自分の花と先生の花について伝えたらクラリスはとても不思議そうな顔をした。
「ハミルトン先生はオリーブじゃなかったの?」
「うん。スイセンだった」
「……? スイセンが出るのはもう少し先だった気が……というか順番が全然違うわ……」
何かをぶつぶつと呟いていたけど名前を呼んだらすぐに返事してくれた。クラリスは私にとても優しい。いつだって私を優先してくれる。彼女も話す時は相手の目をじっと見つめて、私にはすぐ微笑んでくれる。今もにこりと笑った。
「ねえ、もしかしてハミルトン先生の出したスイセンの花言葉の意味って、リリーの恋の相手が自分だって無意識で思ったってことじゃないかしら?」
「ええ!? そ、それはないと思うよ」
「そう? でも自惚れって他に意味ある? ハミルトン先生は鈍感なのかしらね?」
…………先生もクラリスには言われたくないと思う。
そうだったら嬉しいけど。敬語がなくなって、少しは特別な学生になれたかな。