番外編①:スイーツを我慢(後半ロングハースト公爵視点)
きっかけは偶然聞いたメイド達の会話だった。
「そんなに甘い物を食べると太るわよ」
そうなのか。太るのか。
私は毎日食べていた。将来太ってしまったら困る。ダイエットではない、間食をやめよう。
早速、その日遊びに来ていたレイに告げた。こういうことは口にすることでやり遂げようとする意思が増すらしい。
「私今日からスイーツをあんまり食べないようにする」
「どうして? 嫌いになったの?」
そう言うレイの瞳は何故か期待に満ちていた。
「ううん、大好きよ」
否定すればがっくりしたように項垂れる。何故?
「ならなんで?」
「……秘密」
「え? 僕に言えないこと?」
レイの顔が曇ったが言わない。だってレイに話したら反対されると思う。彼は私がスイーツを大好きなのを知っているから。
そうやってあまり食べないようにしたけど、異変はすぐ現れた。
おかしい。服が大きい。着せていたメイドが首を傾げる。
「お嬢様、なんだか痩せていませんか? お嬢様の年齢でダイエットなんてむしろ体に悪いですからね。そもそもまったく必要ないんですから。もっと太ったほうがいいくらいです」
「……? 食事はちゃんと取ってるわよ?」
「うーん、そうですよね。なら何故……」
二人して首をひねったものの原因は分からなかった。
それからも何もしてないのにみるみるうちに体重は落ちていった。もうやつれているレベルだ。
使用人達がパニックになっている。お母様にもとても心配された。お父様も不思議そうに首を傾けている。
「クラリス、体重が減る前と変わったことは?」
「何もないです」
「そういえば君あまりスイーツ食べなくなったけど」
「でも食事はちゃんとしてますよ?」
「そうなんだよね。そこなんだ。スイーツの分も食べてるのに……不思議だなあ」
と、そこで執事が来て「レイモンド様がお見えです」と告げてくる。
そうだ、今日はレイが来る予定だった。正直あまり見せたくない外見だが会わないわけにはいかない。
それでも隠れるように後ろを向く。扉が開く音がした。その後何も音が聞こえずちらりと頭だけ振り向けば、レイのほうが生気のない顔をしていた。目が合うと小走りでこちらへやってくる。
「クラリス! 何があったの!? こんなに痩せて……! まさかダイエットなんてバカなことしてないよね!?」
睨みつけられるが首を横に振る。
「スイーツを我慢してるくらいよ」
「じゃあそれだよ! ちょっと待ってて!」
言うなり振り返り扉から出て行こうとする。
「で、でも食事はちゃんと……」
「いいから待ってて!!」
あまりの勢いに思わず「はい」と返事してしまった。両親も使用人もぽかんと見つめているだけだった。
数分経って帰ってきたレイは箱をたくさん持っていた。食堂に移動させられる。
「はい、どうぞ」
テーブルに広がるスイーツの数々。あ、あそこの有名店のだ。
「ねえ、なんで我慢したの? 秘密なんてもうなしだよ。言って」
どんどん顔が近付いてくる。迫力に負けた。
「えっと、スイーツばかりだと太るって聞いて……」
「今こんなに痩せているじゃないか! 早く! 食べて! 無理矢理口に入れるよ!」
怒った口調でレイが怒鳴る。ううっ。私相当ダメなことをしてしまったみたいだ。けど謝ればレイは首を横に振る。
「クラリスが謝ることないよ。君がそういう体質だって誰も分からなかったんだから。もう我慢しないでね? 君がやつれるくらいならムカついてもスイーツを食べてもらったほうがマシだよ」
「ムカつく? レイは何に怒ってるの?」
「……あ、いや、それは、また……」
気まずそうに目を逸らされてしまった。聞かないほうがいいのかな。
私は大食いではないのでここまでたくさんの品は食べられないが、保存が効くものは魔法でいつもよりも持つようにしてくれるようだ。それに感謝する。すぐ変わることはなかったもののスイーツを我慢することをやめたら私の体重は減らずに徐々に適性体重くらいには元に戻っていった。両親も使用人も、そしてレイも皆安堵の溜め息をつく。
こんなに皆を心配させてしまったのか。申し訳ない。
「それにしても、あの時よく後ろ姿で分かったわね」
髪の毛と服で体型はそれほど見えなかったと思うのに。聞けば当たり前だと言わんばかりに片眉を上げた。
「どのくらい君を見ていると思ってるの。もう心臓止まるかと思ったんだから」
「ごめんなさい。ありがとう。うん、もう我慢しない。いっぱい食べる。スイーツ大好きだもの」
「……早く完璧になろう。そうしたらこの嫉妬も収まる」
「……?」
何をぶつぶつ言っているのだろう。レイは時々独り言を呟いていることが多くなった気がする。
ああ、でも良かった。スイーツを我慢しなくてもいいんだ。むしろ食べないとダメなレベルはおかしいと思うけど、今は毎日食べられる幸せを噛みしめよう。
******
「ふふふ」
親友がにこにこ笑っている。
こういう時の彼の笑みはろくでもない。いつも笑っているといってもその笑顔が何種類もある男だ。自分の屋敷内では比較的のんきな男なのだが、王城にいる時の笑顔は危ないものが多い。
息子が店に駆け込み「全部ください!」と勢いのまま彼の娘にスイーツ全てを与えたことは知っていたから次の言葉が怖い。
私に目を合わせるとさらに笑みを深めた。
「レイモンドってすごいね。ちょっと感心したよ」
ふむ。敵に対するものではないが何だか面白がっている感じだ。彼は私の息子に対してはこういう笑顔が多い。
「あの子クラリスのためなら本当に何でもしそうだ。私の妻に対する想いに似てるよ。あっちのほうはちょっと拗らせて重くなってるけど」
「どれもまったく嬉しくない情報だな」
「失礼だなあ。でもま、そうだね。今なら、彼から言ってきたなら婚約を考えてもいいかな」
「何!? 本当か!? あんな息子でいいのか!?」
「君自分の息子に失礼じゃない?」
呆れた笑みを向けられたがそれを気にしている場合じゃない。だって今までは私が何を言っても即座に却下していたじゃないか。そして提案していた私が言うのも何だが息子の彼の娘に対する愛情は尋常ではない。
「いや、だって君の言うよりもかなり重いぞ? 引くぞ?」
彼らはまだ娘と一緒にいる息子ばかり見ているから分からないかもしれないが、屋敷や王城にいる息子は正直怖い。彼女のために何かにつけ努力する姿はいい。だが必ず結婚すると毎日のように呟いていたり周りの男を容赦なく排除する姿は子どもとは思えないほど冷酷で非情だった。すっかり「潰す」が口癖になってしまった。どうしてああなってしまったんだろう。
親友はそれを告げてもあっけらかんとしている。
「クラリスなら大丈夫だよ。全部受け止めるさ。あの子も彼が好きなんだ」
「は? いつから?」
特に態度が変わったような覚えはない。
「ふふ、秘密。君に言ったらレイモンドに伝わってしまうから。まあ無自覚だから今レイモンドが告白してもぽかーんとするだけだと思うよ。その時の彼の顔面白そうだよね」
「息子の恋路を面白がらないでくれ」
「大丈夫、見ないようにするよ。さすがに告白する隣で大笑いするのは失礼だと思うから」
「ああ、ぜひやめてくれ」
何をする気だったんだ彼は。ほっと息をついたのも束の間、顎に手を当て何やら考えていたかと思うと
「……しまった、私の屋敷録音録画防止してた。くっ、どうしよう」
「カイル!!」
大声を出したのにゆったりと手を横に振る。
「冗談だよ。後から何度も見返そうなんて思ったことは五回くらいしかないよ」
「一度もないと言ってほしかった」
何の慰めにもなっていない。まったく、彼は。
昔は何時間もぼーっと雲を見つめ「あのくらい柔らかいお布団で寝られたら幸せかな?」と聞いて来るような男だったのに。いや、今も敵のいない自分の屋敷ではあまり変わっていないのだが。何故王城ではこうなのか。
「ええー、我慢したほうなのに。君の息子だから特別だよ」
こういう会話の間もずっと笑顔なのだから恐ろしい。
「……本当に、よくあの子は純粋に育ったものだ。君の娘とは思えない」
「そうだね、妻からの遺伝かな。後レイモンドが隔離していたからか」
「…………息子よ」
何だか頭痛がしてきたのでこめかみを押さえる。何故そこまで独占欲が強く育ったんだ。束縛がすごすぎてどう考えても危ない男だがあの娘も彼もまったく問題視していない。
息子が望んでいるし諦めないからいいと思うものの、あの子じゃなければすぐさま逃げ出しているレベルだ。
「逃げ出したほうがひどくなると思うよ? クラリスの度量の大きさならたいして問題ないさ」
「心を読まないでくれ」
魔法を使っていないのは知っている。王城では使えない。だが魔法関係なく他人の心を読むことは相手にマウントを取る上で非常に重要だと語っていたのは目の前の男だ。
「ごめん。でもむしろレイモンドはこれから相当苦労するんじゃないかな? あの子友情だった時も返り討ちにしていたのに、好きな人には何をされても構わないって言いそう。さすがに卒業するまで手を出すことは禁止するつもりだから、理性との闘いの始まりだね」
実に楽しそうに目を輝かせている。息子の重さも、娘と彼の前では形無しというわけか。そのほうがいいのかもしれないが、心の中で息子にそっとエールを送った。