責任は取る(レイ視点)
昔は二回目のことがあってから最低でも一か月置きには彼女の屋敷に行くようにしていた。もう二度と彼女にあんな初めましての目で見られたくない。興味がなさそうにすぐ目を逸らされるのもごめんだ。
お菓子を前にした笑顔を見るとぎりぎり歯軋りしたくなる。
その笑顔はもともと僕に向けられていたんだぞお菓子め。
憎い。彼女の視線も笑顔も独り占めして。隣に僕がいるのにちっとも見てくれない。
一回震える声で「お菓子と僕のどっちが好き?」と聞き「おかし!」と満面の笑みで言われた時は世界中からお菓子をなくそうと計画しかけたが、その直後に「いっしょにたべる?」と可愛らしく小首を傾げられ反射的に頷いた。頷けば僕に向かってにこりと笑い「うれしい」と目を細める。抱きしめたくて仕方がなかったが互いの両親の目があるので耐えた。
それからはなるべく一緒にお菓子を食べている。だがムカつく。
最初に会った時が特別だったのだという言葉は聞きたくない。必ずあれに戻ってみせる。
「……? レイ。食べないの?」
「え、あ……クラリス、食べる?」
本当はいやだが喜ぶかもしれない。そう思いお皿を移動させようとしたけど彼女は首を横に振った。
「それはレイのよ。美味しいから、食べてみて。私レイと一緒に美味しい物食べるほうがいい」
可愛い。もちろん叶えよう。
作ろう、と思ったのは自分が持って来たお土産のお菓子にはいつもより嫉妬することが少ないと分かったからだ。ならば自分が作った物をクラリスに食べさせる。想像するととてもいいことに思えた。
早速厨房に行く。最初はぎょっとしていたが説明をすれば料理長をはじめ皆微笑ましそうに見てきた。こういう子ども扱いはあまり好きじゃないけどクラリスの笑顔のためなら何ともない。教えてほしくて頭を下げればあたふたされた。
しかし礼は大事だ。クラリスも大切にしている。僕は誰よりも彼女に相応しい男になってイシャーウッド公爵に彼女との結婚を認められたい。他を牽制していることについて気付いているはずなのに何も言わないのはどういうことだろう。
後で知ったが、父は僕が幼い頃何回か婚約の打診をして、いずれもすげなく断られていたらしい。やっとOKがもらえたのは、イシャーウッド公爵からクラリスが僕を好きだと聞いた時。むしろ彼のほうから今度僕から婚約の申し出があれば受けてもいいと言われたのだとか。
本当にクラリスはいつ僕を好きになってくれたのか。婚約を断られたところで自分が諦めるはずもないが、一回で受け入れてもらえて良かったと思う。
お菓子はまず簡単な物から作ってみることにした。彼女に出すなら完璧な物にしないと。せめてイシャーウッド家の料理人よりも上手にならないと話にならない。料理を作ることも考えたがまずはこれだ。
凝り性だったのかいつの間にか自室にキッチンまで作ってしまった。そのほうがわざわざ行かなくても簡単に作れるからいい。クラリスもだいぶ驚いていた。自分のためだと気付いて頬を紅潮させる彼女はとても可愛かった。
スイーツを作っている時に考えるのはもちろんクラリスのことだ。忙しいかどうかなんて関係ない。彼女がにこにこ笑って「ありがとう、レイ」と言う姿を想像すれば作業はさくさく進む。最近は「大好き」も加わって暇さえあればスイーツを作りたくなった。
今更そんなものは必要がないが、会いに行く口実にもなる。昔はどこそこのスイーツの評判を聞いて、と買って持って行ったものだ。自分で買ったのに喜んで食べる様子をむかむかと見ていたのだから自分でもどうかと思う。
しかし実際僕の暇な時間は少ない。幼い頃から僕以外がクラリスに近付かないよう周りを威嚇していたので忙しいことには慣れている。顔パスになった後は数分でも彼女に会えてパワーをもらっているため精神的には今のほうが楽だ。スイーツの作り置きをしている時間も僕にとっては癒しである。
それでも片付かない仕事はある。ただせっかく来ても隣で書類を見ているというのにクラリスは笑みを絶やさなかった。「レイの仕事している姿も素敵」と一回も文句を言われたことがない。
クラリスがいなくてつまらないだけの王城よりここのほうがよっぽど仕事が捗ると思う。だからといってクラリスを王城に連れて行くなんてもってのほかだ。
あそこほど様々な人間の思惑が渦巻いてうっとうしいところなんてない。大国だけあってまともな人物ももちろん多いが自身の向上はまったくせず他人の足を引っ張ることだけに全力を注ぐ者やバレなければいいと法の目をかいくぐろうとする者などくだらない人間も少なくない。ただでさえ外に出したくないのに悪意渦巻くところにクラリスを置くなんてできるわけがない。彼女は穏やかに純粋に笑っているのが似合っている。
イシャーウッド公爵が早くから僕の独占を許してくれたのは、彼女を利用しようとしていた輩を僕が真っ先にぶちのめしたことも理由の一つだろう。もちろん僕がしなくても彼がしていたと思う。
クラリスが言った「守ってくれた」こと。正直僕のためだからあまりそういう意識はなかったのだが、イシャーウッド家の屋敷の使用人達もそういう認識を持っていたというのは最近知った。オーウェンが教えてくれた。
「お嬢様が無自覚だったのも鈍感なのもレイモンド様が独占していたからだと思いますが、受け入れる度量が広いのもあれほど純粋に穏やかに育ったのもレイモンド様のおかげなのでしょうね」
ぶっちゃけ褒めてはいないと思う。そもそも穏やかな部分以外は僕にとっても問題となっているところだ。
今はともかく無自覚だった時はその好意が愛情か友情かどちらのものか分からずもどかしかったし、鈍感で純粋だけならまだいいものの何でも受け入れてしまうせいで僕の欲望が果てしなく大きくなっていく。
もちろん責任は喜んで取ろう。クラリスは僕が永遠に独占する。
二十四時間一緒にいたいという言葉、分かってはいたけどやっぱり受け入れたか。本当、知識もないのに何でも受け入れるから僕の理性が時折危うくなる。キスもそうだけどもっとしたいと思ってしまう。舌を入れても驚くばかりで、離れても恥ずかしがるだけで。僕17歳なんだよ、健康的な男児なんだよ。
彼女はきっと今丸呑みしても驚きはするけど嫌がらないと思う。だからそんな自信はいらないっていうのに。
言わないほうが良かったのは分かっているんだけど、本音ではそうだ。朝昼晩全て彼女が僕の腕の中にいればいいと思っている。
一応手段はある。だがどっちみちできるのは結婚後だから今は我慢するのみ。つらい。
忘れてくれると嬉しい。分かっても話題にしないでくれると嬉しい。
彼女の素直な言葉は嬉しいけど、嬉しすぎて暴走しそうだ。
とりあえず、今の目標はクラリスが秘密にしていることを話してくれるきっかけが見つかること。
リリー・シーウェル関連だと目星をつけている。あの女に会う前からそうだった気がするが、それが彼女の言動には一番しっくりくる。
僕とあの女が会う前から嫉妬していたり、必要以上に気にかけたり、それどころか守ろうとしたり、あの女の恋愛事なのに応援する気満々だったり。
クラリスがあの女を特別視する理由が友人だからだけではないのは確かだ。彼女は受け入れることが多く自ら積極的に行動することは珍しい。それがあの女には初日から友人になろうとした。一目惚れであっても普通ではない。……本当に癇に障る女だ。クラリスに一目惚れされるなんて。男相手には興味を持っていなかったからと油断していた。
どんな突拍子もないことだろうとクラリスのことなら何でも知りたい。周りに対する許容はまったくないが、君のことなら何だっていいんだよ。言っても信じてもらえないかもしれないと不安に思っていることも分かっている。その不安を早く取り除いてあげたい。
あんなに分かりやすいのに察することができないなんて、一体何なのだろう。