二十四時間
もうそろそろ夏休みも終わる。
本来担任教師ルートは個別ルートへの選択肢を終えるといきなり場面が二学期になる。
毎回レッスンをして、最初の生物の実習があって、お昼の件で紅茶を飲んで、ハミルトン先生の敬語がなくなって……の順番だった気がするけど、自信がない。そもそもお昼と紅茶の件は済んでいる。レッスンで魔法の上達、は今のところクリアしている。ハミルトン先生は自身が教師なので勉強熱心な学生であるヒロインに好感を持ち、敬語がなくなったあたりから特別視するようになる……はずだが、今はどうなのだろう。ゲームと違って現実は好感度なんて目に見えて現れないから分からない。
何にせよ、リリーがハミルトン先生を好きになった以上私はハッピーエンドになるよう応援するのみ。
夏休みが終わってからが楽しみだ。
「学園が始まるのが待ち遠しいの?」
レイは机に向かいにこにこしながら学園の支度をする私を後ろにあるソファーに座り不思議そうに見つめる。
「えへへ。まあね」
「クラリスが笑顔なのはいいけど……僕は君との時間がまた短くなるから残念だよ」
「そう? 一日の時間は短いけど、学園のほうが毎日会えるから私はそっちのほうがいい。レイの顔が見られるだけで一日幸せな気分になれるもの」
授業の教科書を確認して鞄にしまう。夏休みの宿題はだいぶ前にきちんと終わらせているし、何も忘れ物はないはず。よし、と満足していると後ろから抱きしめられた。
「クラリスは本当に可愛い。可愛すぎるのって罪だよね、ひしひしそう思うよ」
んん? これは褒められているのか? あまりそう思えない。
「僕は二十四時間ずっと一緒がいい」
二十四時間ということは一日中だ。それって学園の授業中やレイが王城で仕事している時はどうなるんだろう。そう聞けば
「クラリスって純粋だよね……うん、現実的には無理だね」
??? どこから純粋という表現になるの?
よく分からないけどそうか、無理なのか。レイが望むなら叶えてあげたいがさすがに授業を欠席するわけにはいかないし、卒業して結婚したらできるかな? でも私が卒業して家にいてもレイはやっぱり仕事だ。うーんと悩んでいたら顎を掴まれ、体ごと振り向かされるとぐいっと上を向かされてキスされた。
「あっ……」
「また会えなくなるんだから、もっとしよう」
「んっ……」
ついばむように何度もキスされる。しばらくすると長く唇を押し付けられ、今度は口を開けるように舌でノックされた。大人しく口を開ければ舌が入ってくる。舌を絡めたり口内を舐め回したり、レイって舌も器用だ。私はまだ応えるので精一杯だからすぐに息が苦しくなる。唾液を飲み込むとレイは嬉しそうに笑う。一度薄っすらと目を開けてみたけど、その時に合ったレイの瞳を見ていられなくてすぐ閉じてしまった。
レイがあんなに熱の籠もった目で私を見ているのだと思うと何が何だかどうしようもなくなる。上手く説明できないが何というか男の人、という感じだ。レイは男性なのになんでまたそう思うんだろう。これが分かれば大人になれるのかもしれないが、私の頭はまだ理解できていない。ようやく唇が離れると荒い呼吸をする私を強く抱きしめてくる。
「クラリス、大好きだよ。愛してる」
掠れた声で告げられた言葉。ああもう、いっそのことすぐ丸呑みしてくれたら分かるかもしれないのに。
レイを抱きしめ返す。レイと一緒にいればいつかきっと分かるんだから不安は感じない。結婚できる日を楽しみに待つことにしよう。願わくば、それまでにはこのどうしようもなくなる焦燥感みたいなものの正体を分かっていたいけど。風邪を引いた時のように体が熱くなるのはどうしてなんだろう。
考えられるのは呼吸かな。肺に酸素が届いてないから? でも私より呼吸が上手なレイの体も同じくらい熱いし……分からない。
ふふ、と頭上のレイが笑う声がする。
「クラリスが何考えているのか手に取るように分かるよ……そうだね、ここまで純粋なのも僕のせいかな。大丈夫、責任はきっちり取るから。ゆっくり行こう?」
両頬を手で包んで、ちゅっと軽くキスを落としてくる。
やっぱりレイは分かってるんだ。誕生日を考えなければたった二年の違いなのになあ。レイは私の年齢の頃には分かっていた気がする。レイの両手に重ねるよう手を添える。
「うん、そうする。レイがいれば大丈夫だものね。二十四時間一緒にいられるようになるといいわね」
「…………純粋な瞳がつらい」
何故かそっと目を逸らされた。私が分からないとレイがつらい思いをするのか。それなら……。
「誰にも聞かないで。いつか僕が教えるから」
考える前に早口で言われてしまった。ということは、これはリリーに聞いた時のような周りに聞いてはいけないことか。
つまり手を出すことと関係あるってこと? ……時間が? えーと、あれって夜することなのよね? そのくらいの知識なんだけど、一日中と関係ある? 朝も昼も一緒ということでしょ?
「クラリス、もういい、もういいから。ごめん、忘れてくれると嬉しい」
レイに止められてしまった。そんなに私は子どもなの? それにしても、魔法は使ってないと言ったのになんでそんなに分かるの? 私ってそんなに分かりやすい?
「うん、分かりやすいよ。だからやめて。分かった途端何を言われるのかはさすがに分からないから僕の理性が持たない」
レイは一体何を言っているんだろう。
結局私はあまり話さずにレイとの会話が成立していた。
私ブラッドリーのキャラじゃないしレイもヒロインじゃない。レイがすごすぎるだけよね?
* * *
その日の夜。忘れてと言われたけど寝る前のベッドの上でちょっとだけ考えてみる。
二十四時間か。朝も昼も夜もレイと一緒。……あれ、寝ている時はどうするんだろう?
夜も一緒にいるとなると、私がレイの家に行くかレイが私の家に来るかしないと。それに部屋も別々じゃなくて同じで、同じベッドで…………同じベッド!? レ、レイと隣同士で寝るってこと? この隣にレイがいるの? 確かに二人眠れるくらいには広いけど。
そんなこと幼い頃の記憶にもない。寝られるかしら。どきどきして寝られなさそう。
ちょっと待って。あれってまず夜に一緒にいないとできないこと……よね? ええ? これだけでこんなにどきどきしてるのに?
ああ、なんで私は自分の前世の記憶が全然ないんだろう。きっとここまで世間知らずじゃないはず。
レイには悪いけど二十四時間はもう少し待ってほしい。いやではないけど、心臓が破裂して訳が分からなくなりそう。
やっぱりゆっくりしないで思い切って丸呑みしてくれたほうが、結婚するまでずっとどきどきが続く今よりいいんじゃないかな。それをレイに言ったらダメかな。
夏休みはレイとキスばかりしてた気がする。キスと一口に言ってもいっぱい種類があるんだ。舌を絡める以上に大変なキスってあるのかな。どうなんだろう、それをレイに聞いてもいいかな。何となく、さっきと合わせてダメな気がする。
明日から二学期が始まる。とりあえずレイとのことは置いといて、リリーの恋を応援しよう。そうしないと今日眠れない。




