チョコレートの食べ方
「ああ、オーウェンか。彼ならまあいいや。……彼、家にほしいんだよね。お義父様が離さないだろうから残念だな」
「そうなの?」
「さすがにね。だってお義母様が紅茶好きだから彼を引っ張ってきたんでしょう?」
「そっちじゃなくて。ロングハースト家も狙ってたってこと?」
「それは違うよ。クラリスのために結婚したら家に来てくれないかな、って。お義父様はお義母様のこと大好きだから無理だよね。ごめんねクラリス」
頭を撫でながら謝られるがお母様が幸せならそのほうがいいと思う。私のために考えていてくれたことに感謝しつつ、リリーが来た時の話を続ける。
オーウェンは男の人ではあるけれど、うちの使用人の場合私が生まれる前からいる人にはわりと寛容のようだ。お母様と婚約中にお父様が別の屋敷で雇われていたところを直接スカウトしたと聞いたことがある。
「ねえ、話を聞く限りクラリスを置いて二人だけで練習していたみたいだけど退屈じゃなかった?」
「ううん、すごく面白かった。紅茶を淹れる過程やそれによる味の違いとか全然知らなかったから。今日もすごく美味しいのはオーウェンのおかげね」
オーウェンが淹れてくれる最高級のお茶しかほぼ飲んでいなかった。ロングハースト家もシーウェル家も茶葉が違うのかな、と思っていたけど間違いだったらしい。あの後試しに家で一番安い茶葉で淹れたらどうなるの、と聞いてみたら穏やかに笑いながら一般エリアで多く流通している茶葉で淹れてくれた。……私高級品と見分ける自信がない。お父様だけじゃなくお母様も
「オーウェンはすごすぎるわね」
ぽつりと呟いただけだった。ついでに後ろに控えていたオーウェン以外の使用人が重々しく頷いていた。オーウェンすごい。私は自分の屋敷の中のことも知らなかったのね。そんな人に数時間で合格点をもらったリリーって、改めて相当な努力家だ。
「オーウェンは確かにすごいけど、あまり褒められると妬けるなあ」
紅茶をテーブルに置くとちゅ、と待っていたかのように頬にキスされる。
「そうなの? あ、でも紅茶のを見たから、レイがスイーツを作っているところもいつか見てみたいって思ったわ」
「へえ。いいね、それ。クラリスが見てくれるならすごくいい物ができそうだよ」
表情を緩めてくれたのでほっとした。
リリーがどうして家に来て茶葉の練習をしたのか、ハミルトン先生のことは伏せて話している。リリーが珍しい茶葉を持って来てくれた、とだけ言った。嘘はついていないけど全てを話していないって多分レイは気付いている。最初拳一個分空いていた距離が0になって、腰に手を回されている状態だ。
「ふーん、僕も飲んでみたいな。どこの何て言う茶葉?」
と聞くレイの目は笑っていなかった。リリーに、レイに言ってもいいか聞くのをすっかり忘れていた。私のバカ。
リリーを膝の上に乗せようとしたら拒否されたことも話す。
「私そんなに力弱いのかな? レイは時々私を膝の上に乗せるけど私重くない?」
困っているのは私なのにレイが困惑したように額に手を当ててうなだれる。何を言おうか迷っているのか何度か口が開閉した。
「……とりあえずクラリスはまったく重くないよ。……他はどう言えばいいのかな……彼女が拒否して感謝すべきか」
レイがリリーに感謝? ルートがなくなった今なら仲良くなってくれると嬉しいと思うけど、話が繋がってないような。
「友人同士ではあまりしないことって覚えておいたら大丈夫だと思う。……クラリスに触っていいのは僕だけにして。結局はソファーに座ったんだしいいんじゃない?」
なんだか投げやりに聞こえるがこれ以上は話してくれなさそうだったので大人しく頷く。
ちなみに練習しているリリーがかっこよかったと言ったら一瞬で眉をつり上げたけどすぐに口が塞がれて、離れる頃にはなくなっていた。
「じゃ、そろそろ今日のスイーツを食べようか」
うん、と返事をしてレイが持って来てくれた箱を見る。今日はミルクチョコレートだと言っていた。開けた箱の中を見ると一口大のチョコが数個綺麗に並んでいる。
「テンパリングがすごくよく出来たんだ。結構自信作だよ」
私に向かってにこりと笑うと手で持ったそれを何故か自身の口の中に入れた。
「はい」
……え? はい、と言われても。レイが食べたわよね?
まさか、言っていた毒見というやつ? 私の目の前でするのは初めてだ。
もう一度「ん」と口を開けることを促される。訳の分からないまま大人しく従えばレイはそのまま私に顔を近づけ、舌とともに溶けたチョコが入ってきた。
「――っ!」
固まっている間に軽く舌を絡められてすぐ離れる。
「甘い。味見したものより美味しく感じるよ」
「……バカ」
言っている自分の声は思ったより甘かった。レイの視線にとろみが増す。
「ね、もう一回しよ」
「……うん」
拒否する理由はない。恥ずかしいが部屋に二人きり、これでダメだと答えたら何ならいいのか。
レイがチョコを口にして私に顔を近付けてくるので目を閉じ口を開けて待つ。チョコを食べたいはずなのに自分からキスしてほしいって伝えているみたいだ。チョコを飲み込んでもレイの舌は離れない。くすぐるようにされて背筋がぞわりとする。怖いと思っているわけじゃないのに、変だ。
今度は離れる時下唇を舐められた。目を見開く私を楽しそうに見つめる。
「クラリスの唇はいつも甘いね。いつも通り、全部食べさせてあげる」
いつもの話は今はいい。そんなことを気にしている余裕が私にはない。ちらりとチョコの入っている箱を見つめる。後六個。つまり六回あのキスをするのか。私の赤く染まった顔を気にせずレイの手がまたチョコに伸びた。
チョコの個数がなくなるにつれ、だんだん舌を絡める時間が長くなっている気がする。もうチョコの味が薄くなっても口内を貪られる。唇が離れた合間に見るレイは実に楽しそうだ。
このチョコもあの紅茶に合うかも。
そう思っていたら咎めるように上顎を舐められた。レイ以外のことを考えた罰だ。ごめんなさいと言おうにもくぐもった声になる。
歯列までなぞられて、ようやく離してもらえた。
「クラリスは犬歯も可愛いよね」
どういう感想だ。レイは可愛いと言いすぎである。唇を尖らせると不意打ちで軽くキスされた。固まる私をよそにレイは箱を見つめて残念そうに言葉を漏らす。
「あーあ、最後の一個か」
いつの間にかあれから五回もしていたのか。
「はい、あーん」
「え?」
普通に持っている。凝視してると溶けちゃうよ、とにこにこする。
「最後くらいチョコをきちんと食べてほしいと思って。自信作だからね」
あれきちんとじゃなかったんだ。これからはずっとああされるのかと思ってた。食べさせる、は守っているところがレイらしい。口を開けると普通にチョコが入ってきた。うん、美味しい。
「ごちそうさま」
なんでレイが言うのよ、もう。その笑顔にどきどきする自分にもついていけない。この心臓の鼓動はいつ収まるのだろうか。