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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
二章 ゲーム開始~???ルート~
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リリー視点:相思相愛

 クラリスの婚約者を偶然見ることがあった。遠目から見えただけだったけど、第一印象は怖い、だった。

 クラリスから話を聞いていた私でもそう思う。不機嫌な顔で近付くことは許さないといった鋭い雰囲気を持つ人だった。あんな怖い人がクラリスの婚約者だなんて。クラリスの話から想像していた人物像とはあまりにも違う。彼女は公爵家の一人娘だし、ハミルトン先生曰く貴族の中でもかなりの上位らしい。ならば彼女の家の財産目当てとか、猫をかぶっているとか、そんないやな可能性ばかりが思い浮かぶ。クラリスにも大丈夫かと伝えてみたが彼女は何を言われているのか分からないみたいで目を丸くしていた。やっぱりクラリスの前では猫をかぶっているんじゃ……。

 見たのは一回だけだしその時クラリスが私を安心させようと見せてくれた変化魔法に気を取られてしまったが、心の奥で不安はいつまでも残っていた。


 だからディーン様と一緒に初めて会った時は別人かと思った。

 クラリスに笑顔を向ける様子を見てやっと彼女の言葉が理解できた。だってこの甘さは意図して出るようなものじゃない。心の底から彼女が好きなんだと気づいた。彼女しか目に入らないとばかりに熱心に見つめている。

 だけど自己紹介した後の自分を見定めるかのような一瞬の視線に震え上がる。クラリスが庇ってくれたことが気に食わないのかさらに親の仇みたいに睨みつけられた。

 そうだ、あれだけ好きなのだ。クラリスを入学時からほぼ独り占めしていた私に好感を持つはずがない。

「もう。最初は挨拶からじゃないの? いくら何でもリリーに失礼よ」

「ごめん。僕が悪かった。怒らないで」

 その会話を聞いて、私の心配なんて杞憂だったのだと気付く。クラリスは全部分かった上で一緒にいるようで安心した。そういえば幼馴染なんだった。それもクラリスが3歳の頃からとだいぶ昔から。彼も5歳くらいのはず。その時から猫を被るなんてことしないだろう。肝心な情報を忘れていた。

 ほっとした私を見て婚約者さんの態度が少し柔らかくなる。どうやら私はクラリスの友人として認められたらしい。友達の夫となる人に嫌われたくはないから良かった。学園を卒業したらクラリスは結婚してしまう。そうしたら彼に許可されなければ会えなくなるのだから。

 私を認めたのがクラリスを大切にしてくれるからなのだとしたら、私としても嬉しい。

 うん。本当に、クラリスと婚約者さんの仲が良くてよかった。抱きしめてキスしたのはちょっとびっくりしたけど、クラリスは嫌がらず恥ずかしいけど嬉しいという感じだったからディーン様は呆れていたが私は幸せそうでいいなと思った。

 そう。羨ましいと思う。今度は恋愛じゃなくて、相思相愛という関係性を羨ましく思った。

 先生に会いたくなった。


 と、ディーン様にテストのことについて聞かれる。どう答えたらいいものか迷ってクラリスを見つめるも、彼女からも返答を期待された。先生のことはクラリスにも言っていなかった。言おうと思ったけど、さすがに初めて会った先輩二人がいる中では言えない。ディーン様は何かあったら力になる、と言ってくれたが大丈夫だと答えた。

 だって私にはもう先生とクラリスがいるから。


 その後、クラリスとだけのお昼に婚約者さんが一緒にいることになった。緊張するもののそれ自体は構わないしディーン様が時折来るのもいいが、クラリスに先生のことを話すチャンスはなくなってしまった。短い休み時間や放課後帰るまでは相変わらず私と二人でいてくれるし図書室にもついてきてくれるけど校舎内で話すというのも気後れしてしまってなかなか言い出せない。きっとクラリスなら教師を好きになったと言っても変に思わないでくれると思う。周りに誰もいない場所で二人きりになりたいな、と考えていた。




 *   *   *




 そうだ、家に招けばいいんだと思いついたのは食卓にお寿司が出てきた時。クラリスは私が話した東エリアの食べ物の中でもお寿司に特に興味を示していた。クラリスの屋敷がある西エリアには流通しておらず、彼女は東エリアには一度も行ったことがないと言っていた。

 早速お養父(とう)様に相談してみようと思ったが、同時に大丈夫かなと心配する。

 クラリスと友人になったと伝えた時、お養父(とう)様は今まで見たことがないほど驚愕し目を見開いていた。

「イ、イシャーウッド公爵家のご令嬢と!?」

 顔は青ざめて手足が震えている。何故だかまったく分からなくて私も困惑した。

「し、失礼なことをしてはダメだぞ。イシャーウッド公爵を怒らせたらどうなるか。彼女はロングハースト公爵家のご子息からも溺愛されていると聞く。何か失態をしでかしてしまったら……」

 クラリスの周りってすごいんだ。

「クラリスは温厚ですよ」

「温厚な人がキレるのが怖いんだ」

 即答されてしまった。イシャーウッド公爵ってどんな人なんだろう。

 婚約者さんと会った時、クラリスは私のために怒ってくれた。クラリスは怒っても頼もしいばかりだったが、婚約者さんは一瞬で怒りを鎮めたから怖いのだろうか。いや、あれは婚約者さんがクラリスにベタ惚れなだけだ。クラリスもベタ惚れらしいからいいか。

 …………。

 わ、私が先生とああなるのを想像してしまった。あ、あれはちょっと無理。恥ずかしすぎる。見るだけなら微笑ましいし婚約者さんといるクラリスはさらに可愛いと思うけど、自分と先生だなんて。

 誰も見ていないのに自分の部屋で熱くなる頬を冷ますのに必死になった。


 相談してみたら、意外と簡単に許可がもらえた。しかし食事について告げればお寿司なんかを出していいのかと真っ青になる。東エリアにしかない食べ物はもっとある、と言われたがクラリスが一番食べたそうだったことを告げれば首をひねりながらも準備すると言ってくれた。


 使用人総出でお迎えすると聞いた時はびっくりしたしクラリスが来るまで緊張感がすごかったがいざ彼女が来てその笑顔を見たら皆すぐに緊張を解いてくれた。

 クラリスは笑うと高貴なオーラよりも親しみやすさが増す。高嶺の花としかいえない美貌に可愛さがプラスされてこちらを安心させてくれるのだ。性格も近付きがたい外見に反してとても穏やかである。

 私の部屋で二人きりもメイドを付けたほうが、と言っていたお養父(とう)様はぽかんとしつつも問題ないと判断したようで私の願い通りになった。


 とはいえいきなり先生のことを話すのも緊張するからまずは他愛ない雑談や知りたかった魔法について聞く。話そうと思ったらリオンが来て残念だったものの、クラリスが帰ると

「彼女が友人なら安心ね」

 と普段滅多に話さず表情も崩さないお養母(かあ)様が笑ってくれた。彼女も華やかな美人だが大人しい性格だ。お養父(とう)様もリオンも頷く。

「本当に、イシャーウッド公爵の娘とは思えない。きっと母親に似たんだな」

 だからイシャーウッド公爵ってどんな人なの?

 クラリスがわさびで涙目になった時は瞬間的に緊張が走ったが、クラリスの口から出るのはいつも感謝の言葉ばかりだ。お茶を用意してくれたメイドにも言っていた。彼女達は仕事だからいちいち言わなくていいとお養父(とう)様から言われていたしメイドもびっくりしていたけど、クラリスから笑顔とともに告げられる言葉はこちらの気持ちが温かくなる。クラリスが大好きな婚約者さんを疑っていたと打ち明けた時も気分が悪くなるどころか「ありがとう心配してくれて」と安心させるように笑ってくれた。

 私の表情もいつもより柔らかく多弁だったらしく、それに皆安心したようだった。

 今朝とは大違いだ。クラリスと友達になれて本当に良かった。

 ただ、最後の質問は大丈夫だっただろうか。彼女は実家で一人でいた私よりもだいぶ世間知らずだ。それが穏やかな気性に繋がっているのだろうが、外でキスしていたわりに相当初心である。あれは婚約者さんかなり苦労しているだろうな、と何故か心配してしまった。




 *   *   *




 次の日にも話そうと思ったのにまた話せなかった。二回も遮られるなんて話してはいけないということか。タイミングを逃してしまい、とうとう明日から夏休みだ。放課後のレッスンは昨日まで。終業式は家でマナーを学ぶ日だった。

 ハミルトン先生に会えなくなるのは寂しい。昼休みが終わる時、何かないかと紅茶を飲みながら思う。あ、そうだ。これ。先生が自慢の茶葉だって言っていた。これをよく飲むから、他のお茶では物足りないと感じる時もある。隣にいる先生を見上げる。

「あの。これ、家でも飲みたいんですが。夏休みになってしまうので、その、少しでもいいので分けてくださいませんか」

 先生は快く頷いてくれた。

「たくさんありますから、もちろんいいですよ。もうそろそろ次の授業が始まるので包装して放課後にお渡ししますね。好きになってもらえて嬉しいです」

 お茶のことだって分かってるけど、照れてしまう。

 そして放課後茶葉をもらい、ようやくクラリスに言うことができた。言う前に私と先生が一緒のところを見て分かったらしい。最初は予想外だと唖然としていたが

「もちろん応援するわ!」

 拳を握って笑顔を見せてくれた。やっぱりクラリスなら大丈夫だと思った。何故かやる気に満ちているところが不思議だけど。

 家に帰ったら、メイドさん達にお願いして自分で淹れてみよう。練習して夏休み明けに先生に披露して、喜んでもらうんだ。

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