スイーツ
目の前に出されたケーキを前に私は目を輝かせた。
紅茶のシフォンケーキ。傍らには生クリームがたっぷりのせてある。
レイが来たときに持ってきてくれたものだ。どこのお店のものなのか分からないがホールで持ってきてくれたそれをレイ自らが切り分けてお皿に盛ってくれた。
「ありがとう。どこのお店のもの?」
「お店のものじゃないよ。僕が作った」
「ええ!?」
レイの顔とケーキを見比べる。そういえば、レイはスイーツ作りが得意でよく作ってくれる、とゲームの中のクラリスがヒロインに惚気ていた。でも公爵家の令息がスイーツを作るなんて、普通では考えられない。フォークを置き私の隣に座りながらレイは小さく笑う。
「クラリスは甘いものが大好きだからね。甘いものを食べている君の満面の笑みを見るのが好きだったんだけど、いらっとすることもあって。料理人とはいえ他人によって君が笑顔になるっていうのが気に入らなかったんだ。僕が一番君を笑顔にしたい」
私の、ため? どうしよう、すごく嬉しい。その心のまま感謝の意を告げた。
「あ、ありがとう……!」
「どういたしまして」
レイも笑ってくれる。
早速食べよう、とフォークを取る前になぜかレイが取った。訳が分からず見ていると、ケーキに刺して私のほうへ持ってくる。
「はい、あーん」
「え?」
「僕が作ったものだから食べさせるのも僕でいいよね」
「一人で食べられるわよ?」
「僕がしたいんだ。ほら、早く口を開けて」
楽しそうににこにこ笑っているレイ。
あ、これ口を開けないと終わらない。
「あ、あーん」
「はい」
口の中に入ってきたものを咀嚼する。
「美味しい……!」
「良かった。はい、あーん」
差し出されたものを素直に受け取る。お店のものやうちの料理人が作ったものと比べても遜色ない。紅茶の風味もちょうどいいし、生クリームをつけても美味しい。すべて食べ終えて再度お礼の言葉を伝えた。
「いつから作ってたの? 全然知らなかった」
「君が僕のうちに来ることはほとんどないからね。たくさん練習したからいろいろ作れるよ。また持ってきてあげる」
「本当!? 嬉しい」
声が弾む私を見てレイは頭を撫でてくる。
「クラリスの前に出せるまでこれだけ時間がかかっちゃったけど、喜んでくれてよかった。次のリクエストがあるなら聞くよ?」
「いいの?」
* * *
それから来てくれるたびにレイはスイーツを作って持ってきてくれた。どれもこれもプロ顔負けの出来栄えだ。味だけじゃなくて見た目のデコレーションもすごい。レイって本当に器用。
ゲームの世界だからか、スイーツに関しては日本と同じくらい充実している。私は食べたことがないが和菓子も作られているらしい。どこかの遠い島国が発祥なのだとか。甘いものが好きな私としては嬉しい限りである。前世での自分の好みなど覚えていないけど、今の私は辛いものが苦手だ。今カレーを食べようと思ったら甘口にしてもらう。
そしてありがたいことに私はいくら食べても太らない体質だ。むしろ太りにくく、食べないとすぐ痩せてしまう。スイーツを一時期我慢していたときにはそれだけでみるみる体重が減り、慌てたレイがとある有名店のスイーツを全部買ってきたくらいだ。成長期にもかかわらずこうである。羨ましいと思った人、細いのはよくてもガリはいやだと思いませんか? 貴族の中でも裕福な公爵令嬢がガリガリだったら病気を疑われてしまう。
今は食べているから大丈夫。普段のご飯もちゃんと食べているのに不思議なものだ。
毎回レイに食べさせてもらうのは恥ずかしいけど、レイは私が食べたいタイミングで食べたい量を出してくれる。聞けばくすりと笑いながら答えてくれた。
「クラリスは結構分かりやすいからね。気持ちがすぐ顔に出る」
単純と言われたようであまり嬉しくない。
「僕はクラリスのそういうところが好きだよ」
「っ……」
あれからレイは好きという言葉をよく言うようになった気がする。私が照れるまでやめない。そして嬉しそうに頭を撫でてくるのだ。
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした」
皿を片付けるメイドを横目に、次のリクエストを聞いてくる。
「今日はパイだったから次はどうしようか? チョコ? タルト? ムース? チーズケーキもいいね。クラリスはどれも好きだからいっそのこといろいろ作って持ってこようかな。そうすれば僕が会えないときもクラリスは僕が作ったスイーツを食べることになる」
「そんなにいらないわよ。本当、お店が出せそうね」
「店なんか出さないよ。なんで僕が作ったものをクラリス以外に食べさせなくちゃいけないのさ」
「でもレイが作ってくれるものはどれもすごく美味しいわよ」
「クラリスの好みに合わせているからね。君に出すものなんだから中途半端なことはしない。料理人のほうが美味しいなんて言われたくないし、万人向けに負けるつもりもないよ」
そこまで? レイは当たり前のように言うけど本当に、いったいいつから作ってたんだろう。レパートリーが多すぎる。
「本当は僕が作ったもの以外はもう食べてほしくないんだ。けれど今は毎日会いに来られるわけじゃないし、その間クラリスにスイーツを我慢させるのはいやだから。結婚までは我慢するよ」
「それって、結婚したら毎日のようにレイが作ってくれるってこと?」
「できればそうしたいな。クラリスの舌が僕のスイーツ以外では満足できないようになればいいと思ってる」
それは、また……。レイは笑っているけれど、結婚したら彼は公爵家を継ぐのだ、そんな時間が取れるとは思えない。
「レイに負担がかかっちゃう。そんなに甘やかしたらダメ」
「甘やかしたいんだよ」
私をじっと見つめると冗談を言うように軽く言った。
「優しくして甘やかして、僕がいなければ生きていけないくらいになればいいな、と思っている」
「……? それならもうなってるけど」
「え」
ずっと一緒にいるし、今更レイが近くにいないなんて耐えられない。婚約者で結婚するのにどうしてそんなことを言うのだろう。
「これからもずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
縋るように見つめれば顔を真っ赤にして手で覆った。
「君は…………なんで落とそうとしてる僕のほうが落とされてるの」
溜め息とともに何事か呟いていたがあまり聞き取れなかった。
「何? 何て言ったの?」
彼の言葉を聞こうと近づけば顔を覆う手とは別の腕が伸びてきてまた頭を撫でられる。
「もちろん。君がいやだって言おうとずっと一緒にいるよ」
「……? いやだなんて絶対言わないけど」
婚約は了承した。学園を卒業すれば私はレイと結婚する。ヒロインがレイのルートへ行かないように、学園に入学する前にラブラブカップルになって結婚後も幸せに暮らしたい。
レイが首を横に振りながら重い溜め息をついていることに気づかず、私は決意を新たにしていた。