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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
二章 ゲーム開始~???ルート~
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リリー視点:紅茶のおもてなし

 しばらくすると、先生がふいに立ち上がる。どこへ行くのかと思ったら私を振り返った。

「リリーさん、お茶飲みますか?」

「え?」

「紅茶を淹れようと思いまして。その道具だけは置いているんです」

 よく見れば部屋の奥にお湯を沸かすケトルやティーポットなどが置いてあった。ティーバッグかなと思ったら茶葉かららしい。

「私がします」

 立ち上がろうとするのを先生は手で止めた。

「いいですよ、座っていてください。先ほども言いましたが、私の家はそれほど裕福ではなかったので自分でできることはなるべく自分でしていたんです。ですからお茶を淹れるのは得意なんですよ」

「私も、平民だったので自分でしていました」

「ああ、そうでしたね。でしたら私達は似ていますね」

「あ……」

 穏やかに笑う様子にどきりとする。顔が赤くなるのを見られたくなくて、お茶が淹れられるまで勉強するフリをして下を向いていた。


「どうぞ、自慢の茶葉です」

「ありがとうございます」

 しばらくするとカップが目の前に置かれたのでぺこりと頭を下げた。自慢の、って何だろう。ストレートで大丈夫かどうか聞かれて頷く。

「ミルクと砂糖もありますから、もし必要だったら言ってくださいね」

「はい」

 先生も自分の分を机に置いて飲んでいる。早速持ってみた。いい香りだ。一口飲む。

 わあ。多少癖があるけど嫌いじゃない。ほんのりと甘みも感じられる。

「どうですか? 少し癖があるので好き嫌いは別れるかもしれません。ミルク足します?」

「いえ、とても美味しいです。このままで十分です」

「それは良かった。うちの領で栽培している茶葉なんです。王都ではあまり流通していませんが、私は好きなのでよく送ってもらうんですよ」

「うちの領?」

「ええ。ワイズ領です。王都からは遠い北にあるのであまり来る人もいない田舎です。今は父が当主ですが近いうちに私が跡を継がなければなりません」

「え……? そ、そうなんですか?」

 貴族のそういうところはよく分からない。ぽかんとしていると私に目を合わせて苦笑する。

「はい、一人息子ですから。父は生涯現役のつもりでいますし私としてもそのほうがありがたいですけどね。教師という職業も後何年続けられるか。期限付きといっても反対されなかっただけ私は恵まれています」

 そう言うと今度は私を安心させるように微笑んで紅茶を口にする。

 先生、教師をやめてしまうんだ。後何年と言ったが、私が卒業するまでは続けるのだろうか。私の心の中を察したのか大丈夫ですよ、と口を開く。

「周りからは最高でも30までと言われていますから。リリーさんがいる間は学校にいるつもりです。もっとも、私以外の教師に聞くのも勉強になると思いますよ。私よりベテランの先生方はたくさんいますので」

「ぇ……あ、で、できればハミルトン先生にお願いしたいんですが。先生の教え方は分かりやすいです」

 他の先生と言われてもすぐには思い浮かばない。担任教師であるし私が一番話しているのは先生だ。悪いが今更先生以外は遠慮したい。私がお願いしますと頭を下げると先生はそれには首を振ってから笑顔を見せてくれた。

「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です。さて、もうすぐ昼休みも終わってしまいますから、最後に何かご質問はありますか?」

 時計を確認して慌てて教科書のページをめくる。該当箇所を指差して先生に見せた。

「あの、先生、ここなんですが……」

「はい。ここは……」

 そんな風に、クラリスと会わないお昼には先生の所へ行って休み時間も勉強するようになり、また放課後にも紅茶を出してくれるようになった。




 *   *   *




 そうこうするうちに五月の定期テストがやってきた。先生にずっと教えてもらっていたし、クラリスからも

「私は回復魔法が全然できなくて自信があるのは防御魔法だけだけど、リリーはどの魔法もバランス良くよくできているのね。すごいわ。最初のテスト、お互いがんばりましょうね」

 と褒めてもらえた。魔力が多いからと養子になったのだし、シーウェル家の皆のためにもいい成績を取りたい。


 結果を見て驚く。よくできた自信はあったが、まさか一位になるとは思っていなかった。クラリスはこちらが照れるほどすごく褒めてくれたし、放課後準備室に行けば先生も嬉しそうに笑ってくれた。

「改めて、おめでとうございます。素晴らしいですね」

「先生のおかげです」

 あ。これでレッスンがなくなってしまったらどうしよう。あたふたする私をよそにハミルトン先生は喜色をあらわにする。

「ありがとうございます。そう言ってくださると私も嬉しいですよ。この調子でがんばりましょう」

「は、はい!」

 勢いよく頷くと先生が目をぱちぱちとさせた。それからふっと笑う。

「リリーさんは本当に勉強熱心ですね。教師としては嬉しい限りです」

「あ……は、はい、楽しいです。今までまったく何も分かっていなかったので」

 いらないものだとも思っていた。こんな力があるから私は家族から疎まれ一人で過ごす羽目になっているのだと。この瞳の色も嫌いだった。

 でも二人に会えて、褒められて、だんだん自信がついてきた。今は瞳を隠さず歩けるし、この魔力で他に一体何ができるのかと知りたくてたまらない。そうしたらまた二人が笑って褒めてくれると思えばなおさらだ。

 私は驚くほど幸せで楽しい人生を送れている。


「でもよかったです。一位を取ったらこのレッスンがなくなってしまうかと……」

「まさか。そんなことしません。成績が上がった途端学生を見放すなんて教師失格ですよ。紅茶を振舞う相手もいなくなってしまいますしね」

 今日も飲みますか、と聞かれ一にも二もなく頷いた。優しい笑みを向けられ、何故か分からないが恥ずかしいと思い下を向いてしまう。先生はすぐ紅茶を淹れに行ったので気づかれなかった。

 紅茶を出してもらうとそれで顔を隠すようにカップを持ち口の前に持って行く。先生は書類を見つめていた。何か話題を、と思ってしまう。

「あの、貴族の皆さんって家庭教師をつけられていたんですよね? どうして私が一位を取れたのが不思議です」

 先生の目が私に向けられる。

「そうですね、貴女の努力を考えれば不思議に思うことはないと思いますが少しだけ説明をしましょうか。クラリスさんと親しいなら彼女の成績を考えてもらえれば分かると思いますが、入学するまでの魔法の習熟度は家の教育方針によります。今回の定期テストで見たのは攻撃魔法、防御魔法、回復魔法の三つです。魔術師にならないなら基本を覚えれば後はそれほど重要視しませんし、女性ならなおさらです。彼女が防御魔法三位なのはすごいことですよ。対する回復魔法は基礎ができる程度。イシャーウッド家は自然治癒派なのでしょうね、恐らく攻撃魔法と回復魔法は貴女と同じくらい0に近いところからのスタートだったと思います。他の方もこれ、という魔法はあっても今回の三つすべてが入学前に完璧にできていたというのは王太子殿下くらいでしょう」

 王子は確か二位だった。私とそれほど差はなかったからひやひやした。そういえばあの時クラリスは王子を見ていたけど何かあったのだろうか。変な質問もされた。でも大丈夫と頷いていたから心配することはないと思う。彼女は何かあった時には言ってくれると思うから。

 それよりも。

「自然治癒派、ですか?」

「ええ。魔法で治すより人体の自然治癒力に任せたほうがいいという考え方です。意外と多いですし、私もどちらかといえばそちらですかね。回復魔法は人に対して使うだけではありませんから覚えておいて損はないと思いますが」

 へえ。クラリスは結構頻繁に魔法を使っているイメージだけど、そうじゃないんだ。

「私は教師としてある程度はできるように勉強しました。特に植物学専門だとどうしても扱いに不得手な学生が毎年クラスに一人は出てきますからね。二学期からの実習が心配です」

「じゃあ先生を補佐できるように私も覚えます」

 はっ。図々しかったかな? だけど先生はふわりとまるで花が咲いたような笑顔を見せてくれた。

「それは心強いですね。その時はよろしくお願いします。ですが、まずリリーさんが怪我をしないことが私にとってはありがたいですよ。実習で扱う時は気を付けてくださいね」

「は、はい」

「ふふ、今後貴女が成長すれば私が貴女から学ぶことになるかもしれませんね」

「ええ!?」

「そのくらいご活躍されることを楽しみにしていますよ」

 いつもの安心させる笑み。なのに私はいつもと違いどきりとしてしまった。

 ああ。

 私、先生といたいって思ってる。

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