リリー視点:個別ルートへ
授業が思ったより難しい。先生によってはもう分かっている体で話されてしまう。
放課後を使ってハミルトン先生を訪ねてみた。生物学教師用の準備室、授業がなければほとんどそこにいるとのことだったのでノックしてドアを開ける。説明すれば納得したように頷いてくれた。
「ああ。学生は貴族ですからね、学園に来る前にすでに家庭教師をつけて習っていた人が多いんです」
ハミルトン先生は私を見つめて首をひねる。
「貴女は養子に入ったんですよね。家での教育はまったく受けていませんか?」
「あ、えーと、入る前に少しだけ……ほとんどマナーの講座で、魔法のほうは……」
「なるほど。まずはそうでしょうね。では貴女がよろしければ魔法の勉強については私がお教えしましょうか?」
「え……いいんですか?」
微笑んで頷かれた。先生の安心させるような笑みにほっとする。
「もちろんです。学生を教え導くのが教師の役目です、遠慮なさらずに。あ、私の学校での評価を上げようということもあるんですが、それは内緒でお願いします」
くすり、と内緒話をするように言われた。人差し指を口に当てウインクする様がとても似合う。放課後クラリスは門限があるらしくすぐ帰ってしまうから、その後お願いすることにした。
この二人がいてくれるなら私は大丈夫だ。
リオンにも学校で困ったことはないかと聞かれたが何もないと答えた。リオン関係は必ずと言っていいほどクラリスが助けてくれたし、彼女と友人であるというだけで他のことも平和だった。短い休み時間も一緒にいてくれるから寂しくない。最初私のクラスに来てくれたことで、クラスメートも友好的に接してきてくれる。
「クラリス様のご友人なら完璧な方なのね。あの方のご友人は何もかも不足がない方しかなれないらしいから」
と聞いたことがある。それをクラリスに話せば思い当たることがあるらしく首を縦に振る。
「レイが私を守るために、友人を選んでくれてたらしいの」
クラリスには婚約者がいるらしい。さすが貴族だ。婚約者のことを語るクラリスはとても可愛らしくて、政略結婚じゃないようで安心した。しかし私は違う。その婚約者さんには会っていない。クラリスと同じ公爵家でしかも先輩だ。クラリスにはまだ会ってほしいと言われてないが、こちらから会いたいとは思わなかった。彼女以外の人には未だ緊張してしまう。気落ちしていると、
「気にしないで。リリーが素敵な女性であることは間違いないんだから」
クラリスも先生もこちらが照れてしまうくらいよく褒めてくれる。リオン関係で悩むなんて小さなことに感じるくらい私は幸せに過ごせていた。
最初はクラリスに対しても近寄りがたい雰囲気に緊張したけど、一緒にいればそんな気持ちはなくなっていった。クラリスはとても親しみやすくて温厚だ。クラリスを見ていると、恋愛っていいなと思えるようになった。それまでは友達さえいなかったのに。私が誰かと恋愛する姿を想像することは今はできないけど。
そして学校のことも魔法のことも、国のことも先生が教えてくれた。
「今年は王太子殿下がご入学されますからね。法律で教師は特別扱いはしないことになっていますが、気をつけてくださいね」
私と同じ髪色に同じ瞳の色。遠くにいてもすぐ分かった。近くを通りかかったことがあったけど、顔を俯かせて瞳の色が分からないようにした。
……何だろう。クラリスと同じで自信に満ち溢れているように見えても、どこかつまらなさそうな顔をしていた気がする。隣の背が高くてがっしりした男の人も心配そうに見つめていた。笑顔じゃないからそう思ったのかな。
* * *
しばらくするとお昼を週に二回だけ婚約者と過ごしていいかとクラリスにお願いされた。頷いたら謝られたけど、私こそ、入学してからほとんど独り占めしてしまっていたことを反省する。同じ学園に通っているのにクラリスは朝から晩まで、授業以外はずっと私と一緒にいてくれた。婚約者さんの立場ならいやだろう。
けれどどこでお昼を食べよう。クラリスと婚約者さんは食堂で食べるらしい。そこは貴族がたくさんいるし、一人で庭園も味気ない。かといってクラスで食べるのは緊張する。お弁当を手に持ってうろうろしていると先生に会った。
「どうしました?」
事情を話すと優しく微笑まれる。
「友達の恋人との時間を優先してあげたんですか。それは親切ですね」
先生は褒めてくれるが、かわりに今一人で食べる場所を探すことになっている。クラリス以外でお弁当を共にするほど親しい人はいない。私は完全にクラリスに甘えまくっていた。
「食べる場所を探しているならうちに来ますか? 人がたくさんいるところはいやでしょう?」
先生からの提案に頷く。今度は先生に甘えることになってしまうが迷っているうちにどんどんお昼の時間はなくなっていく。さすがに少食の私でもお昼を抜くのはつらい。案内されたのはいつもレッスンを受けている準備室だった。同じ生物教師でもハミルトン先生以外の教師はあまりここに来ないらしい。
「ここで食事してもいいんですか?」
「ええ、もちろん。ここは何ということはない書類ばかりですから構いませんよ。テストとかの学生に見せてはいけないものは職員室に置いてありますし、危険な植物は植物園にいますから」
「植物園?」
生物の中でも先生は植物学専門だ。動物学の先生は別にいる。
「今はまだ座学ですからね、退屈でしょう? そのうち実技もできるようになりますから。その時になったらご案内しますよ」
楽しみにしていてくださいね、とウインクされる。大人の人だからなのか先生はこういう仕草がはまる。先生自身はすでにお昼を済ませたみたいで自分のイスに座り書類を見ていた。
私はいつも勉強の時に使う、相談に来る学生用のイスに座る。先生の机の斜向かい、入り口に一番近い席だ。
「……おや? もう終わりですか?」
私が食べ終えてお弁当箱を片付けていると部屋にある時計を見上げた先生が私を見つめる。五分程度の短い時間だったから驚いたのだろう。視線が私のお弁当箱に行く。普通の人の半分の量。シーウェル家の皆には心配されたが正直これ以上はお腹に入らない。よく噛んで食べているから問題ないとは思うのだが。
先生からの視線が怖くて俯いた。
「やっぱり少食すぎますか」
実家ではそのほうが良かったかもしれないけど。クラリスは女の子らしくていい、無理する必要はないとにこにこ笑ってくれた。先生はどうかと思ったら何かを思い出すように首を傾げる。
「気にしなくていいんじゃないですか? 食べる量など個人によります。私の家は貧乏ですから、そういう方だと食費が浮いて助かりますし。……あ、すみません。失礼でしたか?」
「い、いいえ」
慌てて首を横に振って否定する。あっけらかんと言う様子はまったく不快に感じない。二人とも私のことをすごく肯定してくれる。
お昼を食べても今日はクラリスと会う予定はない。
先生は昼休みが終わるまでここにいていいと言ってくれた。手持ち無沙汰なので勉強することにすればまた褒めてくれた。
ハミルトン「私がお教えしましょうか?」
→「いいんですか?」(ハミルトンルートへ) 二学期にワープ
「いえ、もう少し自分でがんばってみます」(個別ルートの選択肢に戻る)