夏休みに期待を持って(レイ視点)
クラリスとお昼も一緒にいられることになった。幸せだ。抱きしめてクラリスの顔を隠しているかわりに僕を驚愕の目で見てくる奴がいるけど睨みをきかせればそれもなくなった。
しかしクラリスとあの女が二人きりで会うことはある。女性二人だけの話もしたい、ということだ。本音を言えばついていきたいがそんな時間はないし、あの女はまだ僕や時折昼が一緒になるディーン相手に緊張しているようだから彼女を大切に思うクラリスが遠慮してほしいと言うのは理解できる。ムカつくけれどクラリスからのおねだりなんて滅多にない。あの女関連ばかりだが言ってくれたことは叶えてあげたい。
それでももし僕がいない間に彼女のほうがクラリスを笑顔にさせているのだとしたら許せない。クラリスに秘密にしたいと思っている割にまったくできていないけど、大概僕は心が狭い。大好きな恋人は独り占めしたいというのが本音だ。クラリスは我慢しなくていいと言ったものの、さすがに限度があるのは分かっている。
「独占欲の強い男は嫌われるぞ」
「うるさいな」
「たった三年間だろ? むしろ見せびらかそうとか思わねえの?」
美人なんだから、といらないセリフがあったので同じクラス、果ては隣の席にいるディーンをぎろりと睨みつける。今は昼休みを終えもうすぐ次の授業が始まる時間だ。せっかく今日もクラリスに会えて気分が良かったのに。
「まったく思わない。僕以外の誰もクラリスを見なくていい」
「こっわ」
誰かが彼女を見初めるなんて考えただけで吐き気がする。成人すると同時に結婚して閉じ込めてしまいたいという気持ちはあった。けれど学園に通うのは義務だし、一緒に通えることを喜んでいた彼女の顔を曇らせたくはなかった。婚約はしたのだ、彼女の笑顔のためならば我慢なんてどうってことはない。
「……君が彼女と仲良くなればいいのに」
そうすればあの女がクラリスから離れることが多くなる。
「才能は気になるけど好きになるとかそこまでじゃねえよ」
「ふーん」
まあ彼も公爵家の跡取りだ。慎重になるのも無理はない。
「てめえは婚約者に追跡関係の魔法とかかけてそうだよな」
「もちろんしているけど?」
屋敷にいる時ならともかく僕が傍にいない間にクラリスがどこにいるか知っておくのは当然だろう。あの時も位置を知っていたからこそ迷うことなくクラリスがいる庭園まで行けたのだ。本当なら会話も聞きたい。
「おおう……」
引かれたがどうでもいい。
「それてめえの婚約者知ってんのかよ」
視線を逸らせばさらに引かれた。嫌がられるとは思っていない。だけどクラリスは受け入れる時の発言がちょっと過剰なので、僕の理性のために言わないほうがいいと思う。
教室で話しているものの、僕達の傍に近付く無謀な者はいない。常に不機嫌で近付くなオーラを放っている自分と口が悪くて俺様なディーン。公爵家なのだから王家以外に遠慮する必要はない。文句を言う奴は言わせておけばいい。実力で黙らせるだけだ。社交性? そんなものが必要か?
彼女一人とその他なんて比べるべくもない。クラリスがいてくれるなら他の人間が生きようが死のうが知ったことか。
* * *
家にまで行きたいのか。今まで家に呼ぶことはあっても彼女から行ったことはなかった。同性に嫉妬しているなんてと言われるかもしれないが正直老若男女関係ない。許せるのは彼女の両親くらいだ。こんな心の狭い自分だとは知られたくない。と思っているのに。
「レイがすることならいいわよ。したいこと何でもして。レイにされるなら嫌じゃないから」
あの時は危なかった。もう少しで彼女を襲うところだった。恋人になる前から彼女はそういうところがあったけど、恋人になってからは格段に僕への許容が半端ない。軟禁宣言までしたのに
「友人を家に呼んでもいいなら別に……」
だ。ディーンよ、独占欲の強い男は嫌われるというのは嘘だ。監禁したいと言っても嫌がられない自信がある。さすがにそんな自信はいらないんだけどなあ。
シーウェル伯爵家ということは、リオンか。あの魔性と称される男に会ってクラリスがメロメロになってしまったらどうしよう。……と、途中まで考えてないな、と即座に思ってしまった。自分でも分からない。根拠はない。愛されているからとか、年下だからとかいろいろ考えてみたがどれも決定的なものとしてはピンとこない。一番納得できたのが、彼女は面食いではない、だ。リオンを含め美形と評された人物に彼女が興味を抱いた試しはない。
一度恐る恐る王都の噂が気にならないのかと聞いてみたことがあるが、自分の顔をじっと見られ
「どうせ見ても一番かっこいいのはレイよ」
と言われた。絶対結婚すると何度目かの決意をしたことを思い出す。
性格に惹かれることも考えられるが、そもそもそんなに会わせる気はない。この一回で十分だ。それに、婚約者がいてもリオンを好きになる女性はいるかもしれないがリオン自身は婚約者がいる女性を取るような性格ではない。万が一好きになったとしてもまず男性のほうに堂々と宣戦布告をして、婚約が破棄されて初めて女性にアタックするだろう。なので脅されようが死にかけようが何をされようと婚約破棄など絶対にしない自分が心配することは何もない。
それよりも問題はリリー・シーウェルだ。あんなにクラリスと仲良くなるとは思わなかった。非常に悔しい。男だったら問答無用で潰しているが、あの人間もクラリスを友人として大切に扱っているので無下にできない。卒業したら会わなくすることはできる。もっと他に何かないものか。クラリス以外の友達とか恋人とか作ればいいのに。
僕が嫌がったらクラリスは行かないと思う。今はそのくらい想われている自信がある。しかしそんなことを言ったら彼女は落胆するに違いない。自分のせいで元気をなくした彼女なんて見たくない。了承すれば笑顔が見られると分かっているのに了承しないという選択肢は僕の中になかった。
「いいよ」
ほらやっぱり。可愛い。彼女の笑顔を目にすればいやな気持ちなんてすぐなくなる。心のままに手を伸ばして抱きしめた。
* * *
まさかシーウェル家に行った次の日に丸呑み発言を蒸し返されるとは思っていなかった。
クラリスに性知識がほぼないのは知っている。彼女は僕だけじゃなくイシャーウッド家からも愛されて守られて生きてきた生粋のお嬢様だ。
それでも僕を受け入れようとするんだから、まったくこっちは理性と戦うのが大変だよ。僕が欲望を出したのがいけなかった。
どういう意味の「がんばる」発言なのか分からないが、多分クラリスは自分がどのくらい誘惑しているか自覚がないんだろうな。僕が自制するしかない。まあいい、片想いだと思っていた頃に比べれば嬉しい悩みだ。結婚したら覚えていてよ、と思うことも多々あるけど。
こちらに招くことを提案したら楽しそうに予定を考えている。他の男と卒業後に会わないようにして二度目の外出も禁止したのにまったく気にしていない。
「何をしたら喜んでくれるかしら?」
そうやって頬を赤く染めながら微笑む姿はまるで恋する少女。普通そういう顔って僕を想って出すものじゃない? 最強の敵はリリー・シーウェルか。たかが数か月でクラリスの好感度をここまで得るなんて、やっぱり僕以外の人間と毎日会える場所は危険だ。けれどまあ、クラリスの機嫌がいいなら僕だって優しい気持ちになれる。
何故か翌日は二人きりでご飯を食べたいと言われて、気になって行ってみれば。友達ができるのはいいんだけど、ちょっと仲良すぎないかな。手を繋ぐのは恋人の僕だけでいい。
「クラリスは僕の婚約者だ」
僕のクラリスをあまり取らないでほしい。友人なら仕方がないという気も起きなくなる。
ああ、早く結婚したい。名実ともに彼女を僕だけのものにしたい。卒業してから結婚するなんて本当に言うんじゃなかった。
とりあえず夏休みになる。リリー・シーウェルと会うことは減る。二人きりでめいっぱいいちゃいちゃしよう。