ルート確定
月曜日。レイにお願いして、お昼に庭園においてリリーとだけで食べた。リリーが何か話したいことがあると言ったから、一番時間の取れる昼休みにした。いつも以上に周りには誰もいない場所を選ぶ。
レイは「僕が聞いたらいけないこと?」と不満そうな顔をしていたけど最終的には聞き入れてくれた。
私も内容が分からないのだから一人で聞きたい。リリーは未だにレイやディーンには緊張しているようなのでなおさらだ。
お弁当を食べ終え私は聞く態勢を取ったが、リリーは一昨日と同じく口に手を当て考えるように俯いている。そんなに言いづらいことなのかしら。リリーの空いた手を両手で握る。
「内容は分からないけど、心配しないで。リリーも言ってくれたでしょ? 私なら変に思わないって。リリーがそう言うならきっと私にとってはそうなのよ」
憂う表情は見たくない。何を言われても受け入れてみせる。例えレイが好きだと言われても、受け入れた上で正々堂々と戦おう。そう覚悟を決めて見つめる。
「もちろん言いたくないならそれでいいけど……」
「う、ううん。聞いてほしいの」
私が握っている手に上から重ねるようにもう片方の手を置く。
「あ、あのね……」
「――何で手を繋いでいるの?」
え?
聞こえた声のほうを向けばレイがわなわなと震えていた。
えー、なんでこんなにタイミング良く出てくるの? リリーが話したいことってそんなに私が知ったらいけないこと?
「それはさすがにダメ」
足早に近付いてくるとリリーの手を引き離し、私の手を持って立ち上がらせ抱き寄せるとリリー相手に咎めるような視線を投げた。
「君はさっさと他の友人でも恋人でも作れ。クラリスは僕の婚約者だ」
あ、あれ? 後半のセリフってディーンルートじゃなかった? 何なの、どうなってるのよ。
「レ、レイ? どうしてここに?」
「やっぱり気になって。クラリス、僕以外に触らせないでよ」
気になってって……ここ学園の中でも広い庭園なんだけど。どうして居場所が分かったの?
「分かった? 女性でも関係ないからね」
頬を包まれ顔を近付けられる。レイって、ここまでやきもち妬きなんだ。それだけ愛されていることだと思えば嬉しいけど、今はリリーの話を聞きたかったのに。そしてこれ、頷かないと離してくれない。
食堂で抱き寄せられてあーんされていることを思えば恥ずかしがるのも今更かもしれないが、外でのスキンシップに慣れるのはもう少し待ってほしい。
私が困っているとリリーが口を開いてまさかの発言をした。
「クラリス、可愛い」
……はい? リリー? 確かに今まで私の惚気も笑顔で聞いてくれていたけど、何故そんなことを?
「そりゃあクラリスはいつでも可愛いよ」
レイ? なんで答えてるの? 真面目な顔して頷かないで。
「はい、そう思います。いつも仲良くしてくれて感謝しています。この前も私が図書室で困っていたら助けてくれて……」
「クラリスのいいところは君より僕のほうがたくさん知っている。例えば彼女が5歳の時……」
「レイ! リリー! 何の話をしているの!?」
近くで声を張り上げたのにレイは何も気にしない。むしろ私を抱きしめる力が増した。
「ああ、僕としたことが。クラリスの自慢話を他人に話そうとするなんて。対抗意識を燃やしてしまった」
「聞きたいです」
「断る。クラリスの可愛いところは僕だけが知っていればいい」
「やめて! どっちもやめて!!」
何これ!? 別の意味で二人に仲良くなってほしくないと思う日が来るなんて。
「叫んでいるクラリスも可愛い」
にこにこしながら頭を撫でられる。う、嬉しいと思ってしまう自分が憎い。
「黙っているクラリスも可愛いよ」
「か、勘弁してください……」
「敬語のクラリスも可愛い」
「レイ!!」
こういうところはゲームの通りなのね! 幸せよ!
何とかしてレイと別れても真っ赤になっている私を慰めるようにリリーが頭を撫でてくれた。うううっ。私がお助けキャラクターなのに。結局聞けなかったし、私が照れくさいだけじゃない。なんでシナリオが発生したのよ。
* * *
あの後もなんだかんだと先延ばしになり、リリーの話を聞けないままだ。もう明日には夏休みになってしまう。夏休みには寮にいる人も実家に帰り学園にいる人は少なくなる。図書室とかは開いているけど補習もないし、わざわざ学園に来る人は滅多にいない。夏休みのどこかでリリーを家に招こうかな。
ゲームに関してはもうお手上げだ。私の記憶に何か間違いがあったとしか思えない。ノーマルエンドは全員に断りの返事をして勉強を頑張る、とかなり最初の時期で終わるはずだが、そもそもリリーは王子と話したこともないと言うしブラッドリーともあの図書室の前でだけ。あれを会話とは言わない。
そもそも寡黙な側近ルートへ行くにはヒロインのほうから図書室で話しかけないといけない。放課後にクラリスがいないため魔法を聞く相手がいなくて、たまたま目が合ったブラッドリーに「すみません、この魔法について聞きたいんですが」と発言することから始まる。彼のほうも王子との件がありすでに注目していた女性のため断らない。「ありがとうございました」と去れば終わるし、「もう一つ」とさらに押していけば側近ルートだ。ゲームでもクラリスはヒロインに魔法を教えているし、まず王子とぶつかってないんだから側近ルートに行かないのも私関係ないわよね?
一体何が何なのか。レイに秘密にしてたのもバカみたいだ。今日帰ったら話そうかな。話してもこの状態じゃ何故隠していたのかすら理由が不明瞭だ。どうして私は思い出してしまったのか。
放課後一人リリーとの待ち合わせの空き教室へ向かっていたら歩く先に二人の姿を目にする。
リリーと……あ、担任教師のハミルトンだ。
絵師さんのお気に入りと言われただけあって、華麗な人。深紫色の髪を伸ばしていて、ゆったり前で一つに結んでいる。葡萄色の優し気な瞳も素敵だ。大人の余裕を感じさせる美貌に、ヒロインを安心させる笑顔が人気だった。生物教師なので白衣を着ていることもあり、少し低めの声が色気を出している。大人っぽくていい。
って、あれ? 話しているリリーの顔……。
ハミルトン先生が私に気付き軽く頭を下げる。ふわりと優しく笑った。
「おや。初めまして、クラリス・イシャーウッドさんですね? 生物教師のハミルトン・ワイズと申します」
「初めまして、ハミルトン先生」
近付いてこちらも軽く礼をする。私のクラスの生物担当は違う人だから初めましてだ。学生の名前は担当しない平民の分まで全員覚えているというすごい人。
学園の教師は公爵家だろうが王子だろうが敬語なしが認められている。学生は反対に身分関係なく教師には敬語をつけなければならない。身分を気にして教育などできるかと昔の王様が法律で決めてしまった。だから教師は敬語である必要はないのだけど、ハミルトン先生は敬語を使う。もっとも強制的な「様」とつけるな、というのは守っている。
「ああ、もうこんな時間ですか。それではリリーさん、また。今度は始業式でお会いしましょう。クラリスさんも。良い夏休みをお過ごしください」
「はい。また」
「ありがとうございます」
時計を確認するとリリーと私を順番に見つめ、恐らく生物学教師用の準備室へ行ってしまった。
リリーの視線はハミルトン先生をずっと追いかけている。彼が見えなくなっても変わらない。
「リ、リリー?」
もしかして……。
私が名前を呼べばはっと我に返ったように私を見つめてくる。その頬は少々赤い。まさか……。
「あ、あのね、その、クラリスに言おうとしてたのはハミルトン先生のことなの。先生、元平民の私を気遣ってお昼や放課後に魔法を教えてくれていて……変かもしれないけど、私、先生のことが好き」
ぽかんと開いた口が塞がらない。
え。
担任教師は隠しルートなのに? なんで?
でも確か、担任教師だけは個別ルートへの選択肢を選ぶと一気に夏休み以降にストーリーが飛ぶ。ずっとレッスンを受けていた、という説明付きで。
まさかの担任教師ルート!?
レイじゃなければいいと思ってたけど、どうしてそうなったの!?
というわけで、タイトル「隠しルートには行かないで」結果は
(レイモンドルートに)行かなかった
(ハミルトンルートに)行った
の両方でお送りしました。