ルートが分からない
いろいろ話していく中で、やはりリオンのことが気になってしまう。
うーん、聞いてもいいものか。でもリオンは本当に人気だから私も噂は知っているし、聞くのも大丈夫よね。
「リリー。あの、今日は義弟さんは?」
「リオン? ああ、彼は今家庭教師が来て勉強中だったから。お昼には合流できると思う。クラリスもリオンのこと気になるの? ……って、そんなわけないよね、ごめん。あの婚約者さんがいるもんね」
んん? どういう意味だろう。気になるのは彼本人ではなくゲーム関連だけだけど……ああ、レイのやきもち妬きなことか。
確かに、私がリオンの人気ぶりが気になると言ったらレイは頬を膨らませそうだ。ここにも来させてくれなかったかも。そんな心配はいらないのに。頭の中のレイは満足そうに笑っている。良かった。
リリーの部屋の本棚には魔法関連の図書がたくさんある。図書室で借りてた物も何冊か。さっきもほとんどは魔法について話していた。テーブルの上に三冊ほど本棚から持って来ている。メモするためのノートもあるし、週末もたくさん勉強しているんだ。
「リリーって、魔術師は目指していないのよね?」
女性でも魔術師なら王城での仕事に就くことができる。リリーくらい実力があるなら卒業後に誘われるかもしれない。
リリーは首を傾げ考えるように目線を上に向ける。
「今のところは考えてないかな。とにかく魔法を学ぶのが楽しいの」
「すごい。リリーはとても勉強熱心だものね」
「ありがとう。……でも、それだけじゃないの」
はにかむも、次の瞬間には何か考えるように口に手を置いて下を向いてしまう。他の理由は話しにくいことなのかな。リリーを安心させるように微笑めば決心したように顔を上げた。
「っ……クラリスなら変に思わないでくれると思う。私……」
その時。
「――お義姉様、少しいい?」
ノックの音とともに声がする。二人して扉のほうを見つめた。
「僕もクラリス様にご挨拶したいのですが……お時間を取ってもらえないでしょうか」
リリーと顔を見合わせる。私が頷けば扉へ向かった。私も立ち上がって迎える。
「どうぞ」
「ありがとう」
扉が開くとともに出てきたのは……うわあ。想像していたけど、現実はそれ以上だ。
私の近くまで来ると胸に手を当て、礼儀正しく腰を折る。
「初めまして。リオン・シーウェルと申します。リリーお義姉様がいつも大変お世話になっております。本日はすぐにご挨拶ができず申し訳ありませんでした」
大丈夫よ、と言いつつ放心していた。二歳年下とは思えない。柔らかそうな栗色の髪に、瞳の色は紅色。レイとはまた違った鮮やかな色だ。
ゲームの何倍も色気がある。フェロモンが出ているのかしら。香水っぽくないのにいい匂いもする。
いいなあ、羨ましい。私が12歳の時と比べて何たる違いか。そんな色気があったならレイも子ども扱いしなかっただろう。私ももっと色気が出ないものか。
これで性格が男前なの? そりゃあモテるわね。ゲームでもすごかった。
ヒロインをびっくりさせようと内緒で学校に来て、いじめをする令嬢達に本気で怒った後それを内緒にしていたヒロインに
「どうして秘密にしていたの? 僕のせいでお義姉様が傷ついていてそれを知らなかったなんて、とても寂しいよ」
と初めて甘えるように抱きしめる。最後、学園を卒業するまで成長した彼に初めて名前を呼ばれプロポーズされるスチルには黄色い悲鳴が飛んだ。
「リリー、やっと言える」
と名前で呼ぶけどプロポーズの言葉は
「どうか、僕と結婚してください」
と敬語。これも評判が上々だったはず。
顔を上げた彼は私を見つめ朗らかに笑う。
「とても美しい方ですね。貴女にお会いできて光栄です。それに笑顔がとても優しかったと皆が言っていました。僕もぜひ見る機会があったら、と思います」
その顔でこういうことを言われたらほとんどの人は赤面するだろうな。笑顔が優しいかどうかは私には鏡がないと分からないけど、あの騒ぎが怖がってのことじゃないなら良かった。
……それよりも。
「リオン、もう家庭教師の先生は帰ったの?」
「ううん。今は休憩中。時間はあるからご挨拶だけでも、と。ではクラリス様。突然失礼いたしました。お昼にはご一緒できるのを楽しみにお待ちしています。義姉を今後ともよろしくお願いいたします」
リリーを見つめ、もう一度私に頭を下げると部屋から出て行った。
今の会話の二人の表情。好意はあるけど恋愛感情とは違うような気がする。
ええ、義弟ルートも違うの? 私ディーンの時と違って何も邪魔してないわよね?
確か義弟の個別ルートへ行くには「学校で何か困ったことはない?」と聞く彼に対し「相談に乗ってくれる?」を選ぶことだ。断る場合は「何もない」である。
うーんと心の中で考えるも何も出てくるはずはなく。もうゲームのことは忘れようかしら。
溜め息をつくとそれを勘違いしたのかリリーが首を傾げて心配そうに私に顔を合わせてくる。
「クラリス? 大丈夫?」
首を縦に振って応える。
「大丈夫よ。義弟さん、とても色気がある方で末恐ろしいわね。彼が義弟だなんて、改めてリリーが大変だと思ったわ」
「ああうん、あそこまで人気があるとは思ってなかったからびっくりしちゃった。でもリオンには言ってないの。クラリスのおかげで何もないし、内緒にしてくれる?」
「リリーが望むならもちろんそうするわ」
そもそも令嬢達がリリーを責めるのはお門違いだ。義弟ルートで両想いとか片想いとかならともかく、二人の雰囲気は完全に兄弟のそれだった。むしろリリーに良くしたほうがリオンの好感度も上がると思うのに。なんでそう思わないのかしら。
……ん?
――クラリスのおかげで何もない
……いやいや、私がしているいじめへの対処はゲームでもしていたこと。関係ないわよね? ね?
そういえば、まだお話の途中だった。リリーが言おうとしてくれたのに、ちょっとタイミングが悪かった。改めてリリーを見つめる。
「あの、リリー。さっきのお話だけど……」
「あ……あの、やっぱりげ、月曜日に言う。それより見て、この本の魔法なんだけど……」
視線を彷徨わせると慌てたようにソファーに座り直し本を開いて見せてくる。うーん、やっぱりタイミングを逃すとダメね。言いにくいことなら言ってくれるまで待とう。私にだって言いにくいことはあるのだから。
私も座って本を見てみる。良かった、私に分かるものだ。
「ああ、これね。この魔法は……」