初めてのおうち訪問
週末の前日。朝リリーに言われたことを思い出し、わくわくしながらうちで書類と格闘しているレイに聞いてみた。王城でないとできない仕事の他は比較的こうして放課後に来てくれる。
「ねえレイ。明日リリーのところへ遊びに行ってもいい?」
リリーに言われたのだ。「もし良かったらうちに遊びに来ない?」と。家の人に聞いてみる、とは言ったが私がまず先に聞くべきなのはレイだ。ゲーム以外のことまで秘密にしたくないし、できることならあれ以上レイを傷つけたくない。
書類から顔を上げたレイは私の顔を見つめるとこくりと頷いてくれた。
「いいよ。クラリスにそれだけ期待を持って見つめられたら断れないよ。明日は僕仕事でここに来れないしね」
「レイは来ないの?」
「僕は誘われてないでしょ。不安だからシーウェル家まで送って行くし、迎えに行くつもりだけど」
「ありがとう」
良かった、そこまでは一緒にいてくれるんだ。シーウェル伯爵の屋敷は行ったことがない東エリアにあるから心配してたのよね。
にこにこ笑っているとレイは眉を下げて表情を誤魔化すように紅茶に手を伸ばす。
「我ながら重いと思っているんだけどなあ。本当に、僕が好きになったのがクラリスで良かったと思うよ」
「そんなこと言わないで。レイが私以外を好きになったらいや」
「ごめんね。でも大丈夫だよ、クラリス以外なんてただの物体にしか思えないから」
物体って……何気にひどい言い方だ。生物ですらないのか。
しかし、忙しいレイに手間をかけさせてごめんなさいと思うけど私も会えて嬉しいし、送り迎えくらいでレイの不安がなくなるなら軽いものだ。今まで外出する時はずっと一緒だったから寂しいくらい。
シーウェル家ということはリオン。リリーは何も言ってなかったけど、もうルートとしてあり得そうなのは舞台が家になる彼だけ。今のところそれっぽいところはないがいずれにせよルートに入っているかどうか確認することはできる。
それに友達の家に行くなんて初めてだ。非常に楽しみである。
ふふふ、と顔のにやけが止まらないでいるとレイの腕が伸びてきて抱きしめられ、頭を撫でられた。
「ご機嫌なクラリスは本当に可愛い。リリー・シーウェルは仕方ないとして、彼女以外の人とはあまり話さないでね」
分かったと頷けばほっと息をつく。もちろん挨拶はするけど、レイは結構嫉妬深いみたいだから気をつけよう。
両親にも了承をもらい、リリー宛てに手紙を書いて送った。
* * *
門の前でレイと別れ、シーウェル家の執事に招き入れられる。レイは玄関先までエスコートしたがったが執事が戸惑っていたのでやめてくれた。帰りの時間を確認して、そのまま王城へと向かう馬車に手を振る。伯爵家の中では広いほうだと思うけど特に魔法は使っていないらしく玄関までそのまま歩いて行き、玄関を開けてもらえばリリーが待っていた。その後ろにリリーの養父と養母、そして使用人達がずらりと並んでいる。
……ちょっと多すぎない? 屋敷にいる全員じゃないわよね? 私相手にそんなこと必要ないのに。
ぺこりと淑女の礼をした。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。リリーさんにはいつもお世話になっております」
「い、いいえ。わ、私こそ……その、ありがとうございます。ま、まさかイシャーウッド公爵令嬢がご、ご友人になってくださるとは……」
しどろもどろだ。直立不動で緊張しているのが分かる。恰幅が良く優しそうな感じの人。養母は背が高く艶やかな美人だと思うが今は男性の後ろで自信なさそうに俯いて大人しくしている。
これは、恐らくお父様のせいね。不正する人を罰する時に怖いだけなんだけど、噂って変なほうに盛り上がるらしいから。お父様が嘆いていた。
「クラリス。来てくれてありがとう」
リリーが一歩前に出て笑う。私もつられて笑ったらざわりと周りが騒ぐ。……何故?
養父が慌てた様子で静かにするようにと言っていたがまあいいや。
「こちらこそ。週末にまでリリーに会えるなんて嬉しい。手紙にはぜひ体験してほしいことがあるって言っていたけど、何かしら?」
「クラリスはこっちに来たことがないって言っていたから。東エリアにしかない食べ物を食べてみてほしかったの。あ、でもお昼の前にいろいろ話したいから私の部屋に行こう?」
いいですかお養父様、と言うリリーに対しこくこくとシーウェル伯爵が壊れかけた人形のように動いていた。
「大丈夫かしら。私、本当に来てよかった?」
歓迎されているというより失態しないよう緊張しているという接し方に、リリーの部屋に来て丸いテーブルの周りにあるソファーに座りメイド達がお茶の仕度を終え出て行ってから口を開いてみた。さっきもお茶を用意してもらったことにいつも通り「ありがとう」と告げたらすごくびっくりされてしまった。何故?
リリーの部屋は二階の東側、日当たりのいいところにある。窓からの景色もいい。調度品もリリーが養子に来ることが決まってから買った物のようで女性らしい可愛い色で統一されている。
これだけでもリリーがこの家で良くしてもらっていることが分かって嬉しい。
「クラリスはすごく美人だから緊張したんだと思う。その……後、何かしたらクラリスのお父さんと婚約者さんが怒るかもしれないって……」
ああ、やっぱり。レイもか。
リリーに美人だと褒められるのは嬉しいものの、あそこまで緊張されるとこちらのほうが謝りたいくらいだ。
「お父様は不正をする方に怖いだけよ。そりゃあ見てしまったら対象の方でなくとも震え上がるほど怖いけど……リリーのご家族が私に何かするとは思ってないわ」
「クラリスは温厚だって言ったんだけどね。今度は温厚な人がキレるのが怖いって言われちゃって」
「お父様……」
本人も嘆いていたから何も言えないが、私も同じだと思われているのか。
「ごめんね。クラリスが誤解されたままで……笑顔を見たから大丈夫だとは思う」
笑顔と大丈夫に何の関係があるのかよく分からないけど、私は首を横に振る。
「私のほうこそ。ご両親にはごめんなさいって伝えておいて。私はリリーに会いに来ただけだし、怒るようなことは何もないわ。……それよりも、早速話しましょう。すごく楽しみにしていたの」
リリーもはにかんで応えてくれた。
ただ紅茶を飲んだリリーが一瞬眉を寄せて、首を傾げながらテーブルに戻したのが少し気になった。
そういえばリオンは今日はいないのかな。