気分は彼女次第(レイ視点)
昼が終わりそうなので教室に向かってコツコツと廊下を歩いて行く。下級生で僕が誰か分からないのか不躾な視線を送ってくる女は無視した。愛想などどうでもいい。優しくしたいのは一人だけだ。
最初にお菓子に嫉妬したせいかクラリス以外は女に見えないどころか邪魔な物体にしか見えない。もちろん社交のためにある程度の特徴は覚えているがそれでもそういう形の人形というか、どこか生物という認識は乏しい。嫉妬してくれるのは嬉しいけど僕に限ってそういう心配はいらないと思う。
せっかく一年間は一緒の学校に通えるんだから、そこはありがたく利用させてもらおう。僕という婚約者がいるのにまだクラリスにちょっかいを出そうとする男はあぶり出して撲滅せねば。
しかし。
最近の僕の機嫌は悪い。クラリスと会っている時はともかくそれ以外では基本不機嫌だが、それを抜いてもむしゃくしゃする。原因は僕を置いてクラリスを独り占めしている女だ。
リリー・シーウェル。
あの人間のどこにクラリスが惹かれたのかまったく分からない。魔力が高いとか、分かりやすいところなら対抗できるのに。「リリーは可愛い」と言うクラリスのほうがよっぽど可愛い。やっとお菓子に勝てたと思ったら同年代の同性が出てくるとか。
クラリスなら元平民なんて全然問題にしないというのは分かる。外見を聞く限り王族に似ているようだし、魔力が高い平民であれば腫れ物のような扱いを受けていただろう。何も気にしないどころかそれを美点とするクラリスに惹かれても納得はできる。
だから何だ。
学園へ行ってからクラリスは悩むことも増えて、僕に全部を話すこともなくなってきた。あの女との時間が多くなって、お昼を一緒にできたと思ったらすぐさようならになることもある。悔しい。学園に入学する前ならずっと僕と一緒だったはずなのに。あんな女のどこがいいんだ。
僕が知らないクラリスが増えるのはいやだ。彼女が教えてくれないなら透視も盗聴もしたい。何とか我慢できているのはこの学園内では法律で禁止されているからだ。犯罪者になったらクラリスと結婚できない。クラリスを犯罪者の妻にするわけにはいかない。万が一の誘拐を避けるために位置が分かる魔法は使えてよかった。
この日も食堂にいる僕を置いて図書室に行ったクラリス。きっと隣にはあの女がいるのだろう。
クラリス。
お願いだから、早く卒業して僕だけのものになって。ずっと屋敷にいて、帰ったらすぐ抱きしめて。誰の目にも届かないところへ。閉じ込めて、僕だけを見るように。そんな風に願ってしまう。
暗くなる気持ちを振り払うように首を横に振る。ダメだ、今日も彼女に会いに行こう。彼女からの愛情を感じれば、笑顔を見れば、こんな気持ちは吹き飛ぶ。
クラリスだって僕に秘密にしていることに躊躇しているんだ。いつか絶対話してくれると確信できるから、待てる。
週に二日お昼を共にする。事前の手紙を書かなくなり顔パスができるようになってからは毎日のように放課後もクラリスの屋敷に赴いているが、たったそれだけだ。
お昼のお弁当だって僕が作った物ではない。太りにくいならまだしも食べなければすぐ体重が落ちてしまうからたくさん食べてほしいけど、他人が作った物なんか口にしてほしくない。食べさせてあげるのはダメかなあ。外でするのは恥ずかしがりそうだ。僕の膝の上に乗ってあーんができるなら許せそうだけど、さすがに嫌がるかなあ。クラリスに嫌がられるのはいやだ。くそう。
放課後だ。放課後、会いに行こう。どうしても王城に行かなければできない仕事はないはずだ。だから大丈夫、クラリスに会える。王城で新しい情報を確認したらさっさと出よう。
そしてその昼起こっていた出来事を聞いて僕はプッツンした。
* * *
クラリスが庇っていることにもいらっとくる。なんでそんなに大切なの。
僕で占めていてほしいその心に後ろの人間が侵食してきている。苛立ちを隠すことなく表に出していたらクラリスに怒られてしまった。
へこむ。
記憶を遡ってみても彼女に怒られたことなんてちっともない。僕が他人に冷たいのを見ても心配性だな、と安心させるように笑っていてくれたのに。彼女の知らない相手ばかりだったから当然といえば当然かもしれない。
後ろの物体なんてどうでもいい。クラリスの怒りを鎮めることが大事だ。
悪い人間ではないと分かったら、クラリスがほっとしたように笑ってくれた。ああ、その笑顔には弱い。
ムカつくけど、あの女を認めたほうがクラリスは笑ってくれると思ったら認めざるを得ない。惚れた弱みだ。
あんなにクラリスが興味を持つ対象なんて、初めて会った時一緒にいたらすぐに引き離したのに。今引き離したらクラリスは悲しむ。それは僕の望むところではない。
嬉しそうに裾を掴んで上目遣いで「ありがとう。お願いだから不満なことは言って。我慢なんてしてほしくない」と言ってくるから思わず腕の中にしまい込んでしまった。嫌がることなく恥ずかしそうにしている様子を見て溜飲が下がる。
外でもくっついていいかな? いいよね、嫌がってないんだから。我慢しなくていいと言ってくれた。真っ赤になっちゃって、可愛い。クラリス。僕の。僕だけのもの。瞳を潤わせて見上げてくるのは煽っているだけだと少しは自覚するべきだと思う。
もちろん外に出すことはいやだけど。学園の間だけ。たった三年だ。クラリスが僕の傍にいて僕だけを見てくれているなら近くに他人がいても多少は構わない。
クラリスは会ったらダメだと言ったけど、早く会いに行けば良かった。クラリスに愛されていると分かればその他の物体なんて恐れるに足りない。
学園に在学中の間くらいなら少しは彼女の心を貸し与えてやってもいいという気持ちになれる。後で絶対返してもらう。
放課後の約束を得、打って変わってご機嫌な自分を見てディーンが溜め息をつく。
「なんつーか、てめえ本当あの女によるな」
「ありがとう」
「褒めてねえよ。人殺ししそうな目だから心配してついてきてみりゃあ……アホらし」
即座に返されるが今の自分は何を言われても許せる。やっぱりあーんもしよう。クラリスの赤い顔を他人に見せるのはいやだから場所を選んで、抱きしめ方も工夫しないと。どうしようかな。ああ、楽しみだ。
僕の顔を見た何人かが驚いたように二度見してくるがどうでもいい。
とってもいい気分に水を差すようにディーンが口を開く。
「てめえ結婚したら自分の屋敷の男ども全員解雇しそうだぜ」
「まさか。そんなことをしたらクラリスが悲しむでしょ。僕はクラリスのマイナスの感情の表情なんて見たくないんだよ。彼女が嫌がることはしたくない」
悲しい顔も怒った顔もいやだ。笑顔が見たい。泣かれたら自分を許せない。
ちょっと限界になりそうだったけど、さっきパワーを思いきりもらった。今ならどんな面倒事もさっと片付けられる気がする。
帰ったらいっぱいキスしよう。
そのためにも。ディーン相手ににっこり笑みを深めると、僕が何を言おうか察したのかディーンの頬がひくりと引きつった。