ルートが折れる
「すげえよなあんた。養子になったのも入学の少し前だろ? それで一位って。どんな勉強したんだ?」
「え? えっと……」
ディーンが何かリリーに興味を持っている?
本当はテスト前に出会うはずだったけど、ヒロインの才能に目をつけるのは同じだ。
リリーは戸惑っている。助けを求めるように私と目が合ったので何か言おうとしたが実は私もよく知らない。
ゲームとは違って彼女は自分で一から努力するしかない。魔力は高くても子どもの頃から家庭教師をつけている面々をどうやってごぼう抜きしたのか。特に英才教育を受けていてプライドも高い王子を抜くなど並大抵のことではない。何か聞けるかな、と反対に期待を持ってリリーを見てしまう。
「……が、頑張りました……」
私に向かって何か口を動かそうとしたもののディーンに視線を移すと一言だけ返す。違和感に首をひねる私をよそにディーンは「へー」と感心していた。
「それでも貴族になったばかりなんて大変だろうしな。何かあったら言えよ、力になるぜ」
おお。いきなり個別ルートへのセリフ。出会いが飛んだから進みも早くなったのか。
ここでヒロインが肯定すれば先輩ルートへ……。
「だ、大丈夫です」
え。そのセリフを選ぶともう一回キャラを選ぶ選択肢に戻る。
固まる私をそっちのけにして話は進んでいく。
「そっか。なんだか大丈夫そうだな。じゃあな」
とディーンはリリーから離れた。
「おーい、そろそろ授業始まるぞー」
レイに向かって喋りながら校舎のほうへ向かっていく。ルートが完全に折れてしまった。
ディーンを目で追っていたらレイに顎を掴まれて彼のほうを向かされる。怒るかと思ったが先ほどのキスのおかげか未だご機嫌だ。
「残念だけどまたね」
レイは頭にキスを落とすととても満足そうに去っていった。
リリーのほうへ歩いて行く。
「えっと……い、いいの?」
自分でも何がいいのか分からない。けれどこれでディーンルートはなくなった。後は義弟? えー?
私の混乱した発言にもリリーは頷いてくれる。
「うん。わざわざ公爵家の方の手を煩わせるわけには……私にはクラリスがいてくれるでしょ?」
「うん!」
即答してしまった。だってあの上目遣いで見られて否定できる人が世の中にどれだけいるのよ? その人には血が通っていないに違いない。……いや、レイは私以外には手厳しそうだ。レイは除外しよう。
良かった、とほっとしたように胸をなでおろすリリーも可愛い。私達も校舎に戻ろうと歩いていく。
「あの……ごめんねクラリス。私誤解してた」
「……? 何を?」
「婚約者さんのこと。あまりに怖くて……あの人がクラリスを騙してるとか、財産目当てとか、そんなこと思ってた」
レイも結構財産あるんだけどね。私は公爵家の一人娘だし心配するのは分かる。レイという婚約者がいなかったらそりゃもう地位や財産目当ての人間には格好の餌食だっただろう。
そういう意味ではレイに感謝だ。王子といい、レイって私以外に厳しいから誤解されやすいのかも。
「ありがとう心配してくれて。でも大丈夫よ」
あそこまで見たなら嫌でも分かってくれたと思うけど。確かに怖いところもあるが私に向かうことはない、私にはいつも優しいと説明したら少しだけ安心したように笑ってくれた。
良かった。リリーには笑顔でいてほしい。
私はお助けキャラクターなのに、私のことで心配させるのは申し訳ないもの。
それよりも。
やっぱりノーマルエンドなのかしら。だとすると私が前世の記憶を思い出した意味って一体何だったんだろう。お助けキャラクターとしての役割を果たせずに終わっちゃうのかな。
* * *
屋敷に帰るとレイが待ち構えていたように出迎えてくれた。私の部屋に入ると早速ぎゅっと抱きしめられる。
ちょっと待って。なんでいるの? いつもなら授業が終わっても王城じゃないの?
聞けばディーンに任せたとのことだった。
「快く了承してくれたよ」
快く、を強調される。嘘っぽい。けれど私に確かめる術はないので黙って頷いた。
「……もう怒ってない?」
恐る恐るといった感じで話しかけられる。びっくりして目をぱちくりとさせた。まだそれ続いてたの?
「あれはリリーに失礼な態度を取ったからで、すぐ直してくれたじゃない。なんでまだ怒ってるって思うの?」
「そう、良かった」
頬にキスされる。
「クラリスに怒られるなんてほとんど初めてだから本当にへこんだよ」
「そうだっけ?」
もう片方の頬にキスされる。
「うん。可愛く拗ねたりびっくりされたりはするけど」
「か、可愛くって……。私が怒るようなことをレイがしてなかっただけでしょ」
額にキスされる。
「そう? それなら良かった。彼女がクラリスに大事にされているのはムカつくけどね。地位目当てじゃないし、僕とクラリスが両想いだって分かってほっとしたってことは彼女もクラリスを大切に思っているって分かったから」
鼻にキスされる。
「でも僕を優先してね? もうお昼の件もいいでしょ? 僕を一番にして」
「一番というか一人だけ特別よ」
「うん、嬉しい」
目尻にキスされる。
「レ、レイ?」
あの、さっきから。
顎にキスされる。
「~~~~~っ。い、意地悪しないで」
「しているつもりはないよ。いっぱいキスしたいだけ」
我慢しなくていいんだよね、と言いながら耳にキスされてびくりと震える。
み、耳!?
言ったけど、外じゃないけど、恥ずかしいことは恥ずかしいんだってば!
紅潮する頬はいつものことだと手で耳を覆っていると視線を合わせるように屈んできた。
「ねえ、もっと好きになってくれた?」
リリーをいい子だって分かってくれたら、のことか。
もう、レイったら。不安にならなくても答えは決まっているでしょ。
「ええ、もちろん」
答えれば満足そうに笑い、やっと唇にキスしてくれた。