認めてくれる?
「で、クラリス。隣の人は?」
自然な感じでレイが首を傾げる。リリーは慌ててもう一度礼をした。
「は、初めまして。リリー・シーウェルです」
「……へえ」
レイの目がリリーのほうへ向く。その視線は冷たく凍えていて、彼女を評価している瞳だった。リリーが震えたのが分かって、彼女を庇うように立つ。
リリーと初めて会ったことを話した時に私の友人として相応しいか確認すると言っていたのがこれなの? 私を心配してくれているのは嬉しいがここまで冷たくなくてもいいではないか。男性ならともかく、お茶会に来た女性達にこんな視線はしなかったはずだ。私が気付かないくらい自然にしていたのに、今は敵意をむき出しにしている。
昨日のことをまだ根に持っているのか。いや昼食のことか。独り占め? レイより優先させたこと? ……ダメだ、今考えるとレイがリリーを嫌う心当たりが多い。しまった。
「私の友達にぶしつけな視線はやめてよ」
「ごめんね」
口では謝っていたけれども悪いとは思っていないみたいだ。むしろガンをつけている。
私が鈍感と言われているので気にかけてくれるのはありがたいが、未だに挨拶も返さず睨みつけるのはちょっと失礼すぎる。悪いのは会わせなかった私だし、昨日もリリーは何も悪くない。そう言ったのに。
私、失礼なことしたら怒るって言った。
頬を膨らませると、レイは目線を私に移して驚いたように目を見張った。
「もう。最初は挨拶からじゃないの? いくら何でもリリーに失礼よ」
私がむっとしたのが分かったのだろう。怒気は消えて八の字に眉を下げたレイが私の傍に来て頬に手を当てる。
「ごめん。僕が悪かった。怒らないで。クラリスに怒られるのはへこむ」
「はっ、弱っ。てめえでもそんな顔するんだな」
「うるさいな」
「ディーン様も。早く挨拶してください」
「あ、悪りい。えーと、オレディーン・アリンガムだ。一応公爵家」
「……レイモンド・ロングハースト。同じく」
よし、と頷く。リリーが怖がっていないかと心配する。けれど、リリーのほうが私達の会話を聞いて安心したように肩の力を落とした。
どうやらリリーはリリーで心配してくれていたようだ。そういえば怖い、おっかないと言っていたし「大丈夫?」と何度も心配された。
そしてその様子を見てレイも友人だと認めてくれたのか一瞥する時に悪意はなかった。見定めるのが早いのは早いで不安になる。レイがリリーを好きになるかもなんて思ってないけど、リリーが思い直して好きになってしまったらどうしよう。
でもその前に。
「ありがとう、レイ」
これからもリリーと仲良くしていいんだ。やきもちを妬いてても認めてくれたことにレイの裾を引っ張って見つめ合ってから感謝する。
「あのね。私鈍感なの分かってるから、お願いだからこれから少しでも不満なことは言って。私のせいでレイが不機嫌になるのは申し訳ないわ。我慢なんてしてほしくない」
言えば、すぐさま腰を引き寄せられた。レイの胸の中にすぽりと納まる。
ええっ!?
抱きしめられるのは嬉しいけど、ここ外よ!
「ちょ、ちょっと待って。が、学園内よ。リリーとディーン様もいるし」
「我慢しなくていいんでしょ? じゃあ今は僕だけを見て」
合わされた瞳の中にある熱に顔が真っ赤になる。
「は、はい……」
大人しく抱きしめられるしかなかった。ご機嫌になったならいいけど、これラブラブカップルどころかバカップルじゃない? ううっ。幸せ。
「バカップル」
思っていたらディーンに呆れた声で言われた。私の赤い顔を隠すように抱きしめられているから私からは見えない。
「羨ましいなら君もさっさと恋人を作れ」
「羨ましいなんて一言も言ってねえよ」
リリーにも呆れられてないかな。でもごめんなさい、この腕の中から抜け出すのは無理。したくない。
レイの服をぎゅっと握りしめているとレイの手が私の頬に移動する。
「可愛い。ねえクラリス、キスしてもいい?」
抱きしめるだけじゃなくて!?
「こ、ここ外!」
「うん、だから?」
だから? え、いや、それが理由なんだけど。えーと。
「ふ、二人も見ているし」
「大丈夫、見ないフリしてくれるよ。表情は隠してあげるから」
あ、これは止まらない。確かに我慢しなくていいって言ったけど、恥ずかしいことは恥ずかしいのに。私の許可をもらうかのようにゆっくり近付いてくるレイに、諦めたという気持ちを込めて目を閉じた。唇に少しかさついた感触がする。離れたと思ったらまたくっついてくる。
待って、二回!? しかも二回目が長くない!?
「一日でバカップルが加速してやがる」
レイに集中していた私にはディーンの声なんて聞こえてなかった。
「あんたも避難するか?」
「え? え??」
はっ。リリーを困らせてる。とんとん、と胸を叩くと名残惜し気に離された。
「えー、もっと……」
「い、家に帰ってからにして」
「うん、分かった。言質を取ったから、楽しみにしているね」
言質って……レイの機嫌が良くなってよかったと喜ぶべきだろうか。私? 嬉しいに決まってるじゃない、聞かないで。
でもせめて周りに人がいないときにしてほしい。
「ご、ご迷惑をおかけしました」
「う、ううん、大丈夫」
ディーンがジト目でにこにこ顔のレイを見ているがリリーは手も首も横に振ってくれた。ああ、こんなバカップルにも優しい。レイは私の腰を引き寄せて密着している。幸せだ。
「あんたこのバカップルに何とも思わねえのか」
「え、えーと……クラリスが幸せなら……」
「はー、すげえな」
「クラリスが初めて自分から友達になりにいった子だからね。多少はすごいかもしれない」
「てめえは何分か前の自分の言動思い出せや。いや、“多少”の時点でそれほど変わってねえか」
本当よもう。私を抱き寄せている手の甲を抓るとごめん、と私だけに聞こえるくらい小さく呟く。
「まあ彼女は魔力が高くて養子に入って、定期テストでも殿下を抜かし一位を取った実力の持ち主だからね」
「なんでレイ知ってるの?」
私以外の女性について詳しいのはちょっと不安になる。私言ったっけ?
「……会わせてくれないなら外から責めようと思って情報は集めた」
責める? 字違わない?
もう一回抓ろうかと手を持って行こうとしたらディーンが納得したようにリリーを見た。
「ああ、そっか。あんたテスト一位の奴だ」