もう限界
しばらくは背中や腕を撫でていてくれたけど、私の震えが止まると腰に腕を回される。
「クラリスに身の程をわきまえず何かするような人間は全員潰したはずなのに、まさかリリー・シーウェル関係で出てくるとはね」
何気に怖いこと言ってるー。そっか、全員潰したんだ。すごいなー。
本当、私が平穏に過ごせていたのはレイのおかげなのね。
って感心してるところじゃない。この雰囲気はダメだ。顔を上げてレイを見つめると今度は恐ろしいほど無表情だった。
「リリーと友達をやめろとは言わないわよね?」
「クラリス、そんなにリリー・シーウェルが大事?」
じっと見つめられるも負けじと見返す。
「リリーは可愛くて優しくてとてもいい子よ。変なことを言う周りが悪いんだから」
「さあ。僕はリリー・シーウェルを知らないから。彼女がクラリスに害をなすなら君が何と言おうと離れさせるよ」
冷たい言い方だ。なんでこんなにリリーに当たりが強いの。
「会ったらダメだと言われたけど、明日会いに行くね。いやだとは言わないでね?」
私の頬を包む手は温かい。だけど瞳は冷たい。
隠しルートがいやだなんて言ってる場合じゃない。このままだとリリーに会えなくなってしまう。ゲームがどうなるのかも心配だけど、それ以上にリリーに会えなくなるなんていや。
「いくらレイでもリリーに失礼なことしたら怒るからね」
「……本当に大事なんだね」
す、と目が細まる。あ。もしかして。
「レイ、嫉妬してる?」
「……今分かったの?」
呆れたように溜め息をつかれた。だ、だって。
「リリーは女性よ?」
「だから?」
「嫉妬なんてする必要ないのに」
背中に腕を回せば抱きしめる力が強くなる。
「――するよ。するに決まっている。ずっとクラリスを独り占めして。知らない人間といるなんて耐えられないって言ったでしょ。何で僕よりあの女を取るの」
「と、取るって……。そんなつもりじゃ……」
お昼のことも許してくれたと思ってたけど、ずっといやだったんだ。態度が変わらないから気づかなかった。
「クラリスが僕以外と仲良くなるのもくだらない人間にいやな思いをさせられるのもそれを助けたのが僕じゃないのも、全てが気に食わない。学園に入る前には絶対なかったのに」
「……うん、それが学園だものね」
うんうん、と頷けばむっとされる。
「クラリス、もうちょっと慰めてよ」
「だってこれからこういうことが一度もないほうが無理だと思うの。レイなら私が入学する前に分かっていたと思ったんだけど、違うの?」
レイを傷つけてしまったのは申し訳ないと思うけど、彼がこういうことがあると分かっていなかったとは思えない。だから学園に行かせたくないと何度も言われたのだろう。それでも義務だとはいえ行かせてくれているし、私の望む通りリリーと二人きりの時会いに来なかった。彼なりに納得しているはずだ。
そう指摘すれば顔が歪む。
「もう、それでもいやだって言ってるのに。……ああもう、本当に早くクラリス卒業しないかな」
「気が早いわ」
レイがもうすぐ入学する時も私の入学の心配をしていたことを思い出す。
だが、レイがいやだと言っているならもう私のわがままはやめよう。二人を会わせて、今度からは堂々と一緒に会いに行こう。
「レイの嫉妬するところも好き。リリーに会っていい子だって分かってくれたらきっともっと好きになるわ」
背伸びをしてちゅ、と頬にキスを送る。しばらく呆気に取られていたが目尻を下げてくれた。
「……敵わない……」
肩に頭を置かれたので手を伸ばして頭を撫でる。身長差もあるし膝枕したとき以来だ。
「クラリス。もっと」
頭を撫でることかと思ったのに、私の頭の後ろに手を添えるとぐっと引き寄せてきた。
ちゅ、とキスされる。離れたと思ったらまた重なる。三回、四回と連続でキスされる。
「ん、もうちょっと」
待って。何回くっつけるの。顔を固定されて逃さないとばかりに口づけが降ってくる。
「やだ。まだ」
今度はなーがーいー!
ひとしきり時間が経ってようやく離してもらえた。酸欠でくらくらする。
「鼻で息をしてね」
ちゅ、と最後に鼻にキスされた。れ、練習しておこう。レイを嫉妬させたらこうなるのね。…………いやいや、キスはしたいけど嫉妬させるのはダメよ。
* * *
翌日。朝リリーに事情を話し、昼休み庭園にレイが来ることを伝えた。
「ご、ごめんなさいクラリス。私ばかりがクラリスと一緒にいて……婚約者さんが怒るのも無理ないね」
「リリーはまったく悪くないわ」
首を横に振る。それを選んだのもレイに会わせなかったのも私だ。お昼を週に二回レイと食べることをお願いしたとき、リリーはすぐに了承してくれた。
レイが心配性すぎるだけなのだ。嫉妬深いというのも分かった。
「でも、私あの人に認めてもらえる自信ない……というか、クラリス本当に大丈夫……?」
「……? 私は大丈夫だし、リリーも大丈夫よ。リリーに失礼なことしたら私がレイを怒るからね」
「え……あ、あの人に……? クラリス、怒れるの……?」
「リリー?」
どうやらリリーの中のレイのイメージは良くないらしい。遠くから見ただけなのに、レイはどんな態度をしていたのか。私に関わることか。そうだとしたら言ってくれないと分からない、私を鈍感だと言ったのはレイなのに。我慢しなくていい、我慢なんてしてほしくないって、会ったら言おう。
「クラリス」
お弁当を食べ終わり談笑していた時。声が聞こえた方角を見るとレイがこちらに向かって片手を上げ歩いてきた。庭園、としか言ってなかったはずだけどよく分かったわね。どこにいるのかと聞かれる連絡を待っていたのに。隣にはディーンがいる。リリーと二人して立ち上がり礼をした。
「会いたかったよ、久しぶり」
「昨日会ったわよね?」
「うん。だから久しぶり」
どういうこと? ちょっと前まで一か月会えなかったのが普通だったのに。うーん、私への態度はいつも通りだけど。
それよりも、なぜここにディーンもいるのだろう。
首をひねればそれに気づいたのか
「勝手に付いてきたから無視していいよ」
と言われた。隣のディーンが呆れかえっている。ゲームでも、確かクラリスとレイモンドのラブラブカップルぶりには呆れていたけどいつもは俺様だったのに。
ああ、私クラリスだった。じゃあこの顔ばかり見るのは当然か。
リリーを見るとディーンに会うのも初めてなのかぱちぱちと瞬きをしている。
…………あ。
そうだ、思い出した。
ヒロインとディーンとの出会いはクラリスとレイモンドを通じてだった。
それじゃあ、ディーンとの出会いが遅れたのって私のせいだ。ごめんなさいと謝りたくてもゲームのことは話せないから訳が分からないだろうし。今からでもルートが始まらないかな。リリーはディーンをどう思うんだろう。