ゲームの舞台袖①
ああ、なぜこんな編成に。クラスのグループワーク、先生によって決められた班編成にさっきから心の中で溜め息ばかりついている。
王子の周りは安全な人で固めるって……。
広い教室のわりに一クラスの学生数はそれほど多くないので、一グループ四人。王子ノアとブラッドリー、そして私ともう一人の女性。机の配置は私の右隣が女性、正面に王子だ。机とイスはあらかじめ魔法がかけられていて念じるだけで簡単に動かせる。そうじゃなければ一人では運べないくらい大きい。
教室は無数にあるので一学年のクラス数は多い。
ゲームはほとんどヒロイン視点だから、クラリスが普段何をしているかなんて描写されるはずもなく。
ゲームの記憶なんて全然役に立っていない。
同じグループのもう一人の女性も婚約者がいる。ただでさえ可憐な印象なのに、緊張しているのか顔が青ざめている。
ポーラ・エアハート伯爵令嬢だ。婚約者は一回り年上の騎士団員だったと思うけど、この時期に婚約者がいるなら大概は恋愛だ。王子を目の前にしてこんな顔なのがいい証拠。普通は玉の輿を狙うはずだもの。彼女は首都から遠い自身の領地に住んでいたらしいし、こんなグループに選ばれて可哀想だ。
王子妃を狙おうとする人を避けたのだろうが、彼女にとってはたまったものではないだろう。
「大丈夫?」
震えている手の上から手を重ねる。
「は、は、はいぃ……」
全然大丈夫じゃない。お気の毒に。彼女を安心させるようにゆっくり話しかけながら作業を進めた。あまり王子やブラッドリーとは話さないようにする。どちらかのルートに入っているなら応援のために情報収集したいが、そうじゃないならレイが憤慨するだけ。いいことはない。
そういえば、会わせていないけどリリーはレイを遠目で見たことがあるらしい。校舎は同じだから可能性はある。今のポーラのような顔をされながら話された。怖い人だ、と。
「怖いというかおっかないというか……クラリスの話とはちょ、ちょっと違ってて……あの、本当にあの人がクラリスの婚約者なの?」
私に遠慮しているのか声は小さめだ。
レイったら、何をしていたのかしら。
「黒髪に赤い瞳だったんでしょう? うん、レイだと思う。大丈夫、優しくてすごくいい人よ」
「……クラリスの前ではそうなのかな?」
それはあるかも。私以外の人には冷たいことが多いから。私にはずっと昔から優しかったけど……なんだか、何も言えなかった。でもそう思ってるならレイのルートはないわよね。
「クラリス、大丈夫?」
心配そうな顔。どうしてリリーがそんな顔をするの?
安心させたくて、笑いながら庭園のそこら辺にある雑草を手に取ると魔法を使って百合の花を作ってみせた。リリーが笑顔を見せてくれて満足する。
「すごい……魔法ってこんなこともできるのね」
「うん。これは変化魔法ね」
質量保存の法則とか科学的なこととは違うが、さすがに魔法でも無から有を作り出すことはできないので魔力以外にも元となるものはいる。よく魔法でいきなり炎が、とか言われるけどちゃんと空気中の酸素を使っているし、何なら環境に配慮して二酸化炭素を使って出すこともできる。すごく難しいらしい。
長年使っていたから魔法の種類ならよく知っている。私が得意なのは義弟ルートで覚えることが必要な、家で使う魔法中心だ。学園では上級生が選択科目で習う、難しいけど便利で、必須ではないもの。
話していないだけで義弟ルートかと思っても、リリーはそういう類の魔法はあまり覚えていないようだ。
学園やテストで使う攻撃魔法、防御魔法、回復魔法等の精度はとっくにリリーに越されている。魔法を磨き上げている姿は王子かディーンルートっぽいのに。
お父様が自然治癒派だから、私は回復魔法が大の苦手だ。できることは治るまでの痛みと、かさぶたができたときの痒みを抑えるくらい。レイは私が怪我をすると自分が死にそうなほど真っ青な顔をするのであまり会いたくないのだが、会わないと告げてしまうとさらに血の気が引いた顔になるので悩ましい。
今思うと会わないとか、私自分で自分の首絞めてる。躊躇はするだろうけど、今なら絶対に言わない。レイに会えないなんていやだ。
レイがあまり私を外に出したがらないのは怪我をしてほしくないから、という理由もあると思う。私も外に出たいと思わないからいいんだけど。
攻撃魔法もそんなにできない。家の教育方針で、防御魔法だけならリリーと王子に次いで三位だった。他がひどすぎるから実技試験の結果自体はそれほど良くない。筆記は頑張った。
「お願いクラリス、その魔法教えて」
「もちろんいいわよ」
リリーって魔法にはすごくやる気よね。
将来の夢が魔術師というわけでもないし、何でだろう。
* * *
と、すっかりリリーのことばかり考えていた。目の前に攻略キャラが二人もいるんだから仕方がない、と思っておこう。
ポーラは彼女の婚約者の話を聞けば嬉しそうに答えてくれた。
「私からお願いしたんです。彼は次男で、私は一人娘だから婿養子はどうかって。最初は頷いてくれなかったんですけど、学園入学前に婚約できることになって……!」
本来は積極的な女性らしい。とても楽しそうに話してくれる。何というか、誰かに話したくて仕方がなかったという感じで口が止まらない。手も止まっていないのでそれもすごい。
「クラリス様も卒業後すぐに結婚なさるんですよね? 私もなんです! もう楽しみで仕方がなくて……今からウェディングドレスどうしようとか相談しちゃって呆れられることもあるんですけど、私には分かるんです。彼本当は嬉しそうにしてるって……」
もう頷くことしかできない。幸せそうで何よりです。
「うん」「そうね」「良かったわね」と応じていると淡々とした声が聞こえてきた。
「そういえばお前の婚約者はレイモンドだったな」
レイ、ということは私よね。ポーラに向けていた視線を王子に向ける。声そのままの表情だった。ポーラの話がぴたりと止まる。王子空気読めない。せっかく明るく戻っていたのにまた青くなっているじゃない。
「はい」
「よくあんな冷ややかな男の婚約者がやれるな」
お父様といいレイといい、私に見せる姿と違いすぎない? 王城ってそんなに厳しいところなのかしら。まあだからこそそういうところが見られたらいいと思うんだけどね。また仕事しているレイが見たいな。
「レイは優しいですよ」