ルートが始まらない
「すごいリリー、一位だわ!」
テストの結果が廊下に張り出される。隣にいたリリーに声を上げた。
「ありがとう」
照れくさそうににこっと笑った顔が可愛い。まさにヒロイン! って感じ。二位はやっぱり王子だった。これで王子が怒ってリリーに喧嘩を売れば王子のルートだ。理不尽すぎてちょっと呆れるけど。王子を探すも、彼は結果を見るなりすぐにブラッドリーと立ち去ってしまった。
うそ。スルー?
「クラリス? 王子様がどうかしたの?」
言われた言葉にびっくりして振り返る。
「え? 知ってるの?」
「……? 王子様のこと? う、うん」
「あの、リリー。あの人とぶつかったことは……」
「何言ってるの、そんなことないよ」
「そ、そうよね……」
えええー?
出会いイベントすらなし?
どうなってるの?
共通ルートすら始まらないってどういうこと?
「大丈夫?」
と心配そうに聞いてくるリリーに頑張って頷く。王子のルートは消えたのかしら。
とにかく今はリリーを褒めよう。相当な努力をしなければ一位が取れるわけないのだから。だが褒めすぎて顔を真っ赤にしてもうやめて、と言われてしまった。私言葉を選ぶのが下手だ。
でも、その後も。図書室に行ってもブラッドリーと話す様子はない。ブラッドリーはいつも遠くにいてこちらを見ることはなかった。
この二人のルートは消えたってこと?
ディーンに至っては会ってさえもいないし、もう何なの。
義弟? でもリリーからリオンの話なんて最初に会ったときの説明以外はされたことがない。ルートに入っていたら話すはずだ。
レイのルートにはいかないわよね。
いやよ。いくらリリーが可愛くて一緒にいて楽しくても絶対いや。
「どうしたの?」
屋敷に帰ってテーブルに突っ伏していると、やってきたレイが声をかけてきた。
「……何も聞かないで」
「何かいやなことがあった? 大丈夫だよ、僕がいるから」
ぽんぽんと頭を撫でてくれる。頭を上げれば優しく抱きしめてくれるのが嬉しい。
うううっ、レイに何も言えないのが心苦しい。
何で? もう個別ルートに入っていてもおかしくない時期なのに。
もしかして何もないノーマルエンド? ゲームって何だったの? 私の前世の記憶ってひょっとして本当にただの夢? それにしては内容が具体的だったし、会っていない人物の名前も外見も合っていたし……ああもう、訳が分からない。
何か思い出していないゲームの内容があるのかしら。実はもう一人攻略キャラがいるとか。
でも今リリーと一番会って親しくしているのは私よね。短い休み時間にも会っているし、昼休みだってレイとご飯を食べた後会いに行ったり、リリーと一緒にご飯を食べたりしている。放課後はレイから言われたし私の門限のせいで会える時間は短いけど、それでもリリーから他の人と約束があるから、などと断られたことは一度もない。むしろリリーのほうが積極的に会おうとしてくれている。
「何だか気後れしちゃって、クラリス以外の人とはあまり親しくないの。だからクラリスに会えるの嬉しい」
とも言ってくれた。私に会うと嬉しそうに笑ってくれるのが幸せ。私がヒーローならメロメロね。思わず抱きしめちゃった。
クラリスルートなんてあったっけ? もしあったとしても私にはレイがいるし……。
レイは何も聞かずに頭や背中を撫でてくれている。レイの温もりに安心する。
そうよ、ゲームに固執することはない。大事なのはリリーの気持ち。私が無理矢理ルートに入らせるのは違う。彼女に好きな人ができたら、攻略キャラじゃなくても応援する。ただそれだけ。レイじゃなければいいの。甘えるようにすり、とレイの肩に額を擦りつける。うん、それでいいわよね。
「ありがとう。レイのおかげで元気出た」
顔を上げてお礼を告げれば、レイは目を細めた後にこりと笑みを浮かべる。
「じゃあ、ご褒美をちょうだい」
言うなり目を瞑った。
ど、どういうこと? でも目を瞑っているなら多分キス、の催促よね?
ちゅ、と頬にキスしてみても不満そうに眉を寄せるだけで目を瞑ったまま動かない。
うー、やっぱり唇ってこと?
いいわよ、するわよ、だって頭撫でてくれたもの!
気合いを入れて唇を押し当てる。
レイは満足そうに笑って目を開けてくれた。
もしかして、これから頭を撫でてくれるたびご褒美って言われてキスを求められるの?
は、恥ずかしい。
「レイからしてくれればいいのに」
「分かった、じゃあそうするよ」
呟いた言葉に返事がきて良かったとほっとする。でも、あれ? その場合私ばかりもらっちゃってない? ご褒美になってる?
やっぱり私からする、と言おうとする前に顔の後ろに手がきてぐいっと引き寄せられた。再度唇が重ねられる。
「…………」
な、長い。
ちゅっとわざとらしく大きな音を立てて唇が離れた。
「君からしてもらうのも好きだけど、僕からするのもいいよね」
レイは嬉しそうだけど、してもらうばかりじゃやっぱりダメよ。背伸びして再度唇を合わせた。気持ちちょっとだけ長く。
「や、やっぱり私からする。レイにしてもらってばかりじゃずるいもの。だ、だから頭撫でるのもやめないでね」
子ども扱いっぽいけど、安心するし気持ちがいいから好きなのよ。
顔は真っ赤だろうが気にしていられない。レイはじっとこちらを見つめてくる。
「……何言ってるの、頭を撫でるのなんて初めて会ったときからしているよ」
「私はそれを覚えてないんだけど……」
3歳のときと言われてもなあ。でも確かそのときも私からキスしたのよね?
「……何も聞かないでって言われたから聞かないけど、ちょっと悔しいからご褒美をもらいたくなったんだ。僕も君の頭を撫でたいからいつもねだったりはしないよ」
そう言いながら早速頭を撫でてくる。
ああ、私もレイに話したい。こんなことなら、前世の記憶なんていらなかったかも。
「ありがとう、レイ。も、もっとしたほうがいい?」
「クラリス……そういうことばかりすると僕に丸呑みされちゃうよ?」
丸呑み? そんなキスがあるの? ど、どのくらい激しいのだろう。
でも。
「レイがすることならいいわよ。したいこと何でもして。レイにされるなら嫌じゃないから」
「………………そうか、僕の忍耐は限界まで試されるのか。がんばれ僕」
あ、あれ? レイの表情にはなぜか苦悩の色が浮かんでいた。
したいことをしていいと言ったのに。
私がまだまだ未熟だから? 早く大人になりたい。なんで前世で子どものまま死んでしまったんだろう。いや、記憶が曖昧だからどうか分からないけど。
別に手を出してくれたっていいのに。
この世界では結婚前にそういうことをするのはあまり推奨されないけど、婚約者なのだから関係ない、はず。
もしかして私魅力ない?
胸もくびれもあるのに。