オープニング:ヒロインとクラリス③
さて。お昼に関してはちょっとひと悶着があった。
レイとリリーを会わせたくない。リリーと私はお弁当だから食堂には行かない。つまり、お昼にレイと会えると思っていたのに全然会えていないのだ。初日からリリーと食べているから当然レイはご立腹だった。
「僕と一緒じゃないの?」
とレイに言われたのでリリーに謝って週に二日はレイと食べることに変えた。
「何で彼女のほうが多いのさ」
「だってレイはディーン様という友人がいるし、他の人とも仲がいいでしょ? リリーはまだ貴族社会にも入ったばかりなのよ。お弁当なのも貴族がたくさんいる食堂が使いづらいかららしいし、人が多いところは緊張して苦手みたい。友人として今はなるべく一緒にいてあげたいの」
少食で食堂で出されるすべてが食べられないから、という理由もあるらしいけど慣れていないことを前面に出す。
レイは納得できないというように目を閉じて眉間にしわを寄せている。腕組みされた手にも力が入っている。
私と知らない他人の交流を許す。お昼だけとはいえ、自分よりも優先させる。
レイにとっては受け入れがたい要求なのは分かっている。
ああ。私の嫉妬でどちらにも迷惑をかけている。
「レイ。お願い。夏休みまででいいから」
「…………。何で……僕よりも……」
何か小さな声で呟いているがよく聞こえない。手に力を入れすぎて腕が傷ついているように見えて、近づいて両手で包み込むようにする。目を開けて私を見つめるレイの瞳は傷ついていた。
「ごめんなさい。わがままでごめんね」
「っ……。謝らないで。君に悲しい顔はさせたくない。少しも許せなくてわがままなのは僕のほうだ。…………夏休みまで、だよ? お昼だけ。授業が終わったらすぐ帰ってきてね。放課後と土日は僕を優先して」
「レイ……」
何とかして説得しようと思っていたから、まさかすぐに許可が出るとは思わなかった。
悔しそうに視線を逸らして唇を尖らせるレイに腕を伸ばせば組まれていた腕を解いて受け止めてくれた。とても大切なもののように優しく抱きしめられる。
「ありがとう。大好き」
「弱いなあ、もう。僕もクラリスが大好きだよ。夏休み過ぎたら絶対変えてよね」
「うん」
夏休みまでには個別ルートが確定してるはずだ。リリーと選ばれたキャラの交流を邪魔するわけにもいかない。
個別ルートに入ったらレイと会わせよう。
相手がディーンだったら、一緒にお昼もできるかもしれない。
義弟リオンの場合は、一緒でいいかレイに聞いてみよう。お茶会は許してくれたんだし、どうかな。
ごめんね、レイ、リリー。
* * *
リリーと話すのは楽しい。それぞれのクラスで起こったこととか授業内容とか学校での出来事はもちろん、彼女が養子に入ったシーウェル伯爵家は首都の東エリアに屋敷を構えているので食事の内容を聞いても興味深い。食と言えば東エリアだ。海産物が多くて、なんと刺身やお寿司も食べたことがあるらしい。この世界にも和食があることにびっくりだ。和菓子があるんだから当然といえば当然なのかもしれないが、生の卵や魚が食べられるなんて信じられない。西エリアには流通していないのが残念だ。いつか食べてみたいと思う。
これだけ書くと私がまるで食いしん坊みたいだが食べている量は普通であると主張したい。好き嫌いなく、食べなければ簡単に痩せるだけだ。料理に興味があるのは事実だしスイーツは大好きだけど。
養子に入る前のことはあまり話してくれない。金髪が父似、緑色の瞳が母似だった、ということくらいだ。話したくなさそうだったので無理に聞き出すつもりもない。想像した通り、あまりいい思い出ではないのだろう。
シーウェル伯爵家の人達はいい人らしいから良かった。
私もあまり友達がいるほうではないし、外にも出ていなかったので話題は少ない。我ながらレイのことばかりだ。会わせたくないのに話してるのはいいのかな、と思わなくもないけど、リリーも嫌がらず聞いてくれるし。
この日もとても温かい顔をしてくれた。
「クラリスはその婚約者さんのことがとても好きなのね」
「うん。幼馴染なの。私長いこと無自覚だったけど、ずっと前から好きだったと思う。婚約者になれてすごく嬉しい」
後三年で結婚して、ロングハーストになる。お父様やお母様とも屋敷が近いから会えるはず。何よりレイがずっと傍にいてくれる。いい奥さんになろう。
そう決意しているとリリーがぽつりと呟く。
「恋愛っていいね」
わ。まさにゲームの展開だ。
「リリーは今誰か好きな人いる?」
「私はいないよ。まだ慣れるので精一杯」
さらっと答えられた。
そうなんだ。そろそろ共通ルートで攻略キャラと出会う時期かな。お願いだから、レイ以外を選んで。そしたら誰だろうとお助けキャラクターとして応援するから。
本日はもう一つあります。