オープニング~幕間~
「入学式はどうだった? 変な奴に言い寄られなかった? 誰と話したの? 担任は誰? 教室はどこ? どんなスケジュール? クラスメートに男は何人いる? 名前は?」
屋敷に来たレイに矢継ぎ早に質問される。事細かい説明を求められたのでソファーに移動しながら一つ一つに答えた。
レイと一緒じゃない外出は初めてだけど心配しすぎではないかと思う。
男性とは話していない。担任教師は女性だったし、今日は連絡事項を告げられたのみ。会話したのは昔からお茶会に来てくれた友人数人の他にはリリーだけだ。
「ふーん。友達になったの?」
「うん!」
「リリー・シーウェル……伯爵家の養子になった娘か」
口元に手を当てながら考える様子を見て思わず口に出していた。
「レ、レイは会っちゃダメだからね」
「え? なんで?」
まさかそんなことを言われるとは思わなかったというように驚いた顔をされる。
「もしリリーがレイを好きになったらいやだもの」
隠しルートはいや。そのためにはまず二人を会わせないのが一番だ。わがままでもこれは言わせてもらいたい。返答を待っていると急に抱きしめられた。引っ張られてソファーに少し倒れるような斜めの姿勢になりながら胸元に引き寄せられる。胸元が上下しているから嬉しそうに笑っているのが分かる。
「クラリス……それって嫉妬?」
「なんでそんなに嬉しそうなの」
「嬉しいよ。だってクラリスが嫉妬してくれるの初めてだもん」
「……嫉妬するような場面がそもそもなかったと思うわ」
レイと私以外の女の人が一緒にいるところを見たことがない。お茶会に来る私の友人に会う、くらいだから私は当然その場にいるし、レイと友人は挨拶をするくらいなので嫉妬も何もしようがない。
「うーん。でもさすがにずっと会わないのは無理かな。クラリスの友人として相応しいかどうか見る必要があるからね」
つい先日お父様から聞いたことを思い出す。
私が友人に会うといったらお茶会くらいだけど、レイは私がお茶会に初めて招く人全員に私の友人として適正かどうか審査をしていたらしい。公爵令嬢という地位目当ての人間がいたらもう二度と会うことはなかった。それまではお父様が何かしていると思っていた。お父様なら何をしても不思議ではない。
お父様曰く「彼は私よりも選定に厳しいからね。私はすべてのお茶会に顔を見せることができないからほとんど任せていたよ」とのことだ。
「僕をどう思おうとどうでもいいよ。クラリスを大切にしてくれるなら傍にいるのも許可する」
うーん。隠しルートだからいやなんだけどなあ。後半についてなら。
「リリーなら大丈夫よ」
「クラリスの見る目を疑うわけじゃないよ。ただ僕が安心したいんだ。君を傷つけるような奴を君の傍に置きたくない。君を大切に思って守ろうとしてくれる人じゃないと安心できない」
本当に心配性だなあ。
守ろうって、私そんなに弱いのかしら。外を知らない箱入り娘な自覚はあるけれど。もっと前世の記憶があればよかったのかな。今まで何事もなく平穏に過ごせていたのはレイのおかげね。顔を上げてレイと顔を見合わせる。
「じゃあ、レイはずっと守ってくれてたのね」
「……褒めてくれているんだろうけど、君の交友関係を思いきり制限しているから本来あまり褒められたことではないよ。僕が君を溺愛しすぎっていう噂が出回っているしね」
「それって悪いことなの? レイはいや?」
不安になって聞くとレイはまさか、と首を横に振った。
「僕がいやなわけないじゃん。もっと噂が広まってクラリスに近づこうとする人間なんていなくなればいいと思っているよ。そのうち独占しすぎ、縛りすぎになるかもね。……クラリスは、僕に縛られていやになっていない? そこだけが心配だよ」
「ううん。全然。私はレイの婚約者なんだから、構わないわ。私のためを思ってしてくれているんでしょう?」
「……婚約者になる前からなんだけどね」
「じゃあやっぱりずっと守ってくれてたってことね。ありがとう」
「感謝されることじゃないよ。徹頭徹尾、僕が君を独り占めするためさ」
ゆっくり頭を撫でられる。申し訳なさそうに言うけど、私はいやじゃないからいい。レイがいやな思いをしなくて済むなら、そのほうがずっといい。
* * *
そうだ。リリーに出会ったときのことで一つ確認しなくちゃいけないことがあった。
「あの、レイ。……私って顔怖い?」
「は?」
何を言っているんだとばかりに目が点になっている。
リリーに会ったときの説明をもう一度する。初めて会った人達だったのに一言言っただけで逃げられたと。
「私の顔を見たら皆すぐに逃げて行ったわ。……もっと笑顔の練習とかするべきかしら」
「いやだ。しないで。クラリスの笑顔を見るなんて僕だけでいいのに」
「でも印象が悪くなるでしょ?」
「いいじゃん別に。そんな奴らに愛想よくすることなんてない。それに、それはクラリスが公爵令嬢だからだよ。イシャーウッド公爵に盾突くなんて命知らずな真似をしないよう一応躾けられているんじゃない? それと僕がクラリスに会う前に脅し……牽制したものも多いから、怖がっていたなら僕のことだったかも」
はっきり脅したと言ったわよね。小声でもなかったし、さすがにこの距離は聞こえるわよ。でも牽制もそんなに変わらない気がする。レイったら、男の人だけでなくて女の人にまで厳しかったのね。呆れるように笑えば安心したように目が細まる。
それにしても、いつの間にそんなことをしていたのかしら。
「レイ。忙しいのにそんなことをしている暇あるの?」
「もう大丈夫だよ。ほとんどし尽くしたから。今回のように養子になったばかりの女性を見落としていたから、僕もまだまだだね」
実ににこやかな笑顔だ。さっき心配と言っていたのは気のせいだろうか。私が否定したから? 目はあまり笑っていないから微妙だけど、それでも笑顔のほうがいい。
「レイは忙しいんだし、もうしなくてもいいと思うけど」
「やだ。絶対いやだ。知らない人間がクラリスに近づくなんて耐えられない。本音で言えば誰も許可したくないんだ」
「学園で友達が0は寂しいわ」
「うん、そうだよね。学園に在学中は友人がいると思ったから数人は許可したよ」
友人の顔を思い出す。本当に数人だ。信頼できる人ってそんなに少ないの? それともレイが厳しすぎるせい?
そういえば全員同い年だ。リリーと同い年で良かった。
頬に手を添えられて、じーっと見つめられる。
「怖いなんてあるわけないじゃん。クラリスは外見は綺麗なのに中身は可愛いんだから。外見は公爵令嬢っぽく近寄りがたいオーラもあるんだから、せめてそれで防いでね」
何を?
そんなオーラがあるのか。いいものかどうかも分からない。
「クラリスは本当に可愛いんだから。だからあんまり話したり笑顔になったりしてほしくない」
「欲目が激しい」
「事実だよ。クラリスの可愛い部分なんて僕以外は知らなくていいんだ。本当に気をつけてね」
「うん」
頷く。頷かないとレイは納得しないだろう。
レイが嫌がるなら、よく知らない他人の印象が悪くなるくらいいいか。また会うかどうかもわからないのだし。
それにしても、レイはずっとご機嫌斜めだ。朝みたいに笑ってほしい。そう思いながら頬にキスを送る。
「気をつけるから。レイ、笑って?」
朝レイがしたみたいに、両手で口角を上げようとしてみせる。
あ、この顔結構面白い。レイはよく私の顔を見て吹き出さずにいられたわね。
「ふふっ」
ごめんなさい、私は耐えきれなかった。
私の笑う顔を見て、手首を握り手を離させてから小さく息を漏らす。次の瞬間には私の好きな表情をしてくれた。
「可愛いなあ、もう。クラリスがいるならすぐに笑えるよ」
頬にキスを返された。手首を握られたままなので何も反応ができない。レイはそのまま自分の首に回すように引っ張って、自身の腕は私の腰に回される。甘えるように髪の中に顔を埋めてきた。
「クラリスが笑ってくれるなら、僕はどんなことがあっても笑えるよ。クラリスの笑顔は僕のいやな気持ちをすべて吹き飛ばしてくれるからね」
「そうなの? じゃあレイの前ではいっぱい笑うわ」
「うん、そうして」
そのまま二人で顔を合わせて笑い合った。