オープニング:ヒロインとクラリス①
パロディア魔法学園は学生が来やすいように中央エリアから少し南、貴族エリアと一般エリアの境に建てられている。私やレイは西に屋敷があるから普通に通学するけど、首都以外から来ている学生は寮に入ることが多い。魔法の扱いに長けていれば魔法を使って遠くから通学する学生もいる。
学園は学園で周り一帯に魔法がかけられていて、学生証が許可証の役割を持っている。
入学式だからといって親が来る、なんてことはない。そんなことをしたら今年は王様が来ることになってしまう。身分でも校舎が違うのだし、入学式も始業式もクラス単位で行われる。そのクラス分けも身分による。
公爵家である私は王子と同じクラスだ。侯爵家の側近ブラッドリーとも一緒。伯爵家までいるものの、ヒロインはいない。彼女は違うクラスだ。
クラリスは同じクラスだからこそ身分の違う二人とヒロインの仲を取り持つことができる。
お茶会に招く友人が二人同じクラスにいてよかった。他のクラスにいた友人とも話せた。
教科書やスケジュールを確認して、一日目は終わり。
レイは三年生。校舎は同じだけど、始業式とともに授業もあるはず。もう授業中だから会えないわね。
ヒロインとはいつ会えるんだろう。確かヒロインとクラリスが出会うところからゲームが始まる。
屋敷に帰る友人と別れて帰り道を歩く。安全は確保されているから一人でも大丈夫だが、頭の中にレイが目くじらを立てている顔が思い浮かぶ。うーん、心配性。でも私が誰かといても険しい顔をするのよね。どうしたらいいの?
わざとヒロインと会おうとしなくてもきっと会えるはずだから、レイを心配させないようになるべく最短ルートを歩くことにした。
ふと何か声が聞こえてくる。聞こえてくる場所を見れば曲がり角の植え込みに隠れるようにして誰か一人を四、五人で囲んでいた。
まさか入学式からいじめ? 令嬢ともあろう者が何をやっているのかしら。
「貴女達、何してるの?」
近づいて声をかける。それだけなのに、私の顔を見ると皆そそくさと逃げて行った。
えー!? 私そんなに顔怖い?
頬に手を当てる。特にきつい口調じゃなかったのに。ショックだわ……人とあまり会っていない弊害がこんなところに。学園に通う間に何とかしよう。せめてクラスメートとは仲良くなるべきかしら。いや、でもそんなことを言ったらレイはいい顔をしないだろうし、どうしよう。
って、今は私の顔よりいじめの被害者よ。
「大丈夫?」
囲まれていた女性に声をかける。俯いていてよく分からなかったけど、私の声に反応して顔を上げてくれた。
「あ、ありがとう」
うわ。可愛い! さらさらのストレートヘアで色白で肌もきれいだし、目は大きくてぱっちりしてて鼻筋も整っている。小ぶりな唇も可愛らしい。
心の中でテンションが上がっているとぺこりと頭を下げられた。
「リリー・シーウェルです。その、今日パロディア魔法学園に入学することになりました。よろしくお願いします」
名前を聞いてびっくりする。もしかしたら、と思ったけどヒロインだ。デフォルト名なのね。
ヒロインってスチルでも顔があまり描かれていないから一目では分からなかったんだけど、とっても可愛い。そうよね、顔を見て名前が分からないんだから貴族ではないけど、ここは貴族エリアで平民は違う校舎なんだから。養子に入ったヒロインの可能性が高くて当たり前だ。
「敬語はいらないわよ、私も一年生だもの。私はクラリス・イシャーウッド。仲良くしてね」
にこりと笑いながら手を差し出せば戸惑いながらも手を取ってくれた。
手も小さくてすべすべだ。さすがヒロイン、素敵。
ただ。
金髪なのは知っていたけど、瞳の色が緑なのは知らなかった。
金髪も緑色の瞳も少なくないけど、両方の組み合わせは珍しい。王族に多い組み合わせだ。顔が整っているせいで王族の隠し子と言われても納得してしまう。今の国王夫妻は仲睦まじいから誰も信じないだろうが、もし違っていたら悪徳貴族に利用されていても不思議ではない。本人も気にしているのか前髪が長い。綺麗な瞳なのにもったいない。
「ちょっと待ってて」
ポケットを探りつつ魔法を使う。右のポケットは私の部屋のアクセサリーケースと繋がるようにしている。お目当ての物を見つけて取り出した。
「前髪、いいかしら?」
きょとんとしているが嫌がられていないので前髪を横に流してヘアクリップをつける。うん、可愛い。
「え……?」
「それあげる。せっかく綺麗な瞳なのにもったいないもの」
クリップも緑色だからよく映える。彼女の髪飾りの少し小振りな百合の花にも合う。ゲームの中のヒロインはしていなかったと思うけど、すごく似合っていた。満足気に頷いて微笑む。
目を見開いたヒロインは慌ててクリップに触る。
「もらうわけには……」
「そう? すごく似合ってるわよ。あ、鏡!」
見ないと分からないわよね。左のポケットは特に繋がるところを決めていない。私の部屋にある手鏡を出して見せる。
「ね、いいでしょ?」
「…………」
びっくりしたような目で見られる。それはそうよね、小さなポケットから顔ほどの大きさの鏡を出したんだから。ポケットから繋がっていると魔法の説明をすればもっとびっくりされた。
「そ、そんなに魔法使ってるの?」
「うん。貴族なら大体それが普通だと思うわよ。貴女もこれからそれが普通になると思うわ」
安心させるようににっこり笑ってみせる。
「え、あの……」
「貴女シーウェル伯爵の養子になった子でしょ? 違う?」
答えは分かっているけど一応聞く形を取ったら、ためらうように俯かれた。さっきのいじめの令嬢に養子だからとかなんとか言われたのかしら?
「魔法を使うのはいや?」
首を横に振ってくれたことにほっとする。ゲームだとヒロインの養子前のことは描かれていなかったけど、ゲームで何とも思っていなかったからって現実でもそうとは限らない。
「養子になったということは魔力が高いんでしょ? この学園で一緒に勉強しましょ。そうすれば魔法を使うのも普通になって、楽しいと思うの」
ぱっと弾けるように目を見つめられる。ぱちぱちと瞬きして、何かを考えるようにまた俯いた。でもさっきの憂うような表情とは違う。顔を上げると、気が晴れたような顔になっていた。
「ありがとう。うん。私、楽しんでみる」
可愛い。私がヒーローなら惚れる。ゲーム関係なく私が守らねば、と思ってしまった。あ、でもレイとのルートはいやだけどね!
「私のことはクラリスと呼んで」
「クラリス。私のことはリリーって呼んで」
柔らかな声で笑ってくれた。ゲームもヒロインの顔描けばよかったのに。もったいない。
笑い返したら、はっとしたように再度クリップに触った。
「あ、でもこれは……。た、高いんじゃ……」
「ううん、大丈夫。安物よ」
私が持っている中では。うん、嘘はついていない。
「ダメ? 私あまり使わないし、リリーに使ってもらえたら物も喜ぶと思うんだけど」
手を合わせてお願いしてみる。少し戸惑っていたようだったけど、照れたようにはにかんでくれた。
「あ、ありがとう」
あー、可愛い。レイ以外となら、誰との恋愛も応援するわ!