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隠しルートには行かないで  作者: アオイ
一章 ゲーム開始前~レイ×クラリス~
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そしてゲームへ(レイ視点)

 クラリスに初めて会ったのは彼女の3歳の誕生日を過ぎてすぐだった。

「いくつ?」

 と聞く自分に少し舌足らずな声で「さんさい」と言いながらも指はすべて広げられていた。

「そうなんだ、えらいね」

 頭を撫でる。ただ挨拶をしただけだが、なぜかそれだけで僕は懐かれたようだった。ずっとにこにこ笑って僕の後ろをついてくる。怪我をしては困るし、仕方がないから傍にいてあげた。

 僕が家に帰らなければならなくなると服を掴んで泣き始めた。

「また来るよ」

 いい加減離してほしくて言った言葉を理解していたとは思えないけど、泣いていた顔が一転にこりと笑うと突然キスされた。びっくりしたが幼児のしたことだ、その時は何とも思わなかった。

 けれどそれから一か月後。ようやくまた来れたと思ったら、あれだけ僕に懐いて笑っていた彼女は僕が来ても何の反応もしなくなっていて、目の前にあるお菓子に夢中になっていた。

 うん、あの時はかなりショックだった。

 こちらが話しかけてもまるで初めて会ったかのような表情で見てきて、たいした興味も湧かないとばかりに再度お菓子に目を向ける。すごく幸せそうに頬張る彼女の視線はまったくお菓子から離れなかった。

 お菓子と自分の間には確かなヒエラルキーが存在していて、それから何度か会ってもそれは変わらなかった。

 僕が最初に嫉妬した相手はお菓子だった。あの笑顔をお菓子から奪い返す。もう一度僕に向けさせる、いや僕だけに向けさせると決心した。初めて会った時落ちていたのは僕だったというオチだ。お菓子よりも好かれることが自分の目標だったことは彼女は知らなくていい。だから彼女の最初の「好き」の一言は本当に嬉しかった。


 あの時を思い出すと今でも悔しくてならないので、それは言わずにキスされて別れたところで話を終えた。

「もちろん恋愛感情じゃないっていうのは知っていたけどね。笑顔で僕の後ろをついてくる君はとても愛らしかったよ」

 今自分をまっすぐ見つめてくれている彼女を見つめる。最もムカつく対象だったお菓子に手を出してまでクラリスの心を掴んだことに後悔はない。自分が作ったものだと思えば嫉妬も収まる。

「私その頃からレイのこと好きだったの?」

 違うと言いたくないので黙っていると、都合のいいことに彼女は肯定と捉えたようだった。顔を真っ赤にして突っ伏す様子は非常に可愛い。嫌がられないのをいいことにずっと抱きしめていた。




 *   *   *




 本当はいつから好きになってくれたのか分からない。


 髪紐のことだってそうだ。

 髪を伸ばしていてうっとうしいと耳にかけていたらクラリスが「切ればいいのに」と言ってきた。

「でも君、僕の髪好きでしょ?」

 だから伸ばしていた。照れるかな、と期待を持って言ったが、彼女はにこりと笑うとこともなげに

「うん。レイの髪、好き。ツヤがあって綺麗」

 と言ってきた。唖然とする自分をよそに自身の髪紐を取り渡してくる。それで結べばじっと見つめてきて

「うん、レイに似合う。レイの瞳と同じ色だからお気に入りだったけど、レイがしたほうがいいわ。大切にしてね」

 そう微笑まれればこの髪紐は当然宝物の一つになった。


 そんな風に、彼女は自分に対して恋愛感情があるような、思わせぶりなことばかりする。二回目に会ったときのことがなくても積もり積もったそれでいつか彼女に落とされていただろうし、今も僕の好きという気持ちばかりが強くなっている気がする。彼女に惚れてほしいのに、いつも惚れ直す羽目になる。「デートしよう」という言葉にも嬉しそうに頷くし、なぜ両想いでないのか不思議だった。

 もし僕にすることを他の男にもしていたら嫉妬で爆発すると思うし、他の男が彼女を好きになることも僕には許せなかったので彼女が僕以外の異性と接触することのないように徹底的に邪魔した。僕にするような思わせぶりな言動を取れば簡単に男は落ちるだろう。それは許さない。想像でも彼女を汚されるのはたまらない。

 それも限界になったのはもうすぐ自分が成人し、学園に通わなければならなくなったときだ。彼女に会う時間が取れなければ邪魔することもできなくなる。何より、彼女も成人すれば否応なく同年代の異性がうじゃうじゃいる学園に通わねばならなくなるのだ。それを阻止することはさすがにできない。学園に通うのは魔法を使える者の義務だ。

 だから婚約を申し入れた。クラリスが僕を好きじゃなくても構わない。まずは形だけでも僕に縛りつけないと安心して学園生活を送らせることなんてできない、そんな気持ちからだった。


 僕に会いたかったと言ってくれた時に無自覚だと確信できてから彼女自身が自覚するまで結構短かったが、かわりに笑えるほどにヘビの生殺し状態を味わうことになった。

 手は出したくとも出せない。何せ彼女は未成年だ。もし手を出したらイシャーウッド公爵に何をされるか分かったものではない。自分とクラリスの間に娘が生まれたときの仮定をすればそりゃあもう地獄の苦しみを味わわせるつもりなので自重する。今更結婚できないなんてことになったら後悔してもしきれない。一時の欲望のために彼女との一生を棒に振るなんて話にならない。結婚するのは卒業後だと決まっていて、もう覆ることはない。

 それでももう接触しないというのは無理だ。我慢していたものを一度出してしまったら二度は難しい。最後までじゃなければいいだろう。彼女を抱きしめるのも彼女とキスするのももう我慢したくない。




 *   *   *




 けれどやっぱり、と溜め息をつく。最初から成人すると同時に結婚にすればよかったと今更ながら後悔し始めた。いよいよ来年度から彼女は僕と同じ学園に通うことになる。今までは昼も会えると嬉しがったが令息令嬢が多い中で僕以外の誰かと仲良くなる可能性に危機感が募っていく。

 あれから成長した彼女は本当に綺麗になった。今までももちろんずっと可愛かったけど、柔らかいウェーブを描いた茶髪はふんわりとしていて動くたびに揺れて触りたくなる。髪の量が多いからと一部を髪紐で結んでいる。綺麗な瑠璃色の瞳は見ているだけで吸い込まれそうだ。僕の瞳を宝石のような、と表してくれる彼女こそ宝石みたいに輝く瞳をしている。首にかけられているのは、彼女の12歳の誕生日に渡したネックレス。自分の瞳と同じ色の宝石が埋め込まれているそれを見るたびにぞくぞくと独占欲が満たされる。気品溢れる顔立ちはまさに公爵令嬢に相応しい。それなのに穏やかで素直なのも話せば親しみやすいのも変わっていない。地位や富に固執する連中には恐れ多くて近づきにくいだろうし、そんなうっとうしい連中に嫌気が差している男達にはとても眩しく映るだろう。

 だがクラリスはもうすでに僕のだ。見つめるのも近づくのも、触るのなんてもっと許さない。

 何があろうと離すつもりはまったくないが、これからの三年間を平和に過ごせますようにと僕は願った。

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